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「師として」

 カンソウは宿の裏で、腕立て伏せをしていた。こんな地味なことをしなければならないと、友に追いつけない、だが、彼らも鍛えているだろう。差は埋まらないのでは無いだろうか。そんな疑念が脳裏を過った時、ゲイルが帰って来た。

 カンソウは弟子に無様なところを見せてしまったかと赤面した。

「負けたの、師匠?」

 答え難い問いであった。師としての誇りが邪魔し逡巡するが、カンソウは正直に述べることにした。

「一回戦突破すらできなかったわ」

「なら納得できる」

 ゲイルが言った。カンソウは身を上げながら思わず弟子を見た。

「師匠ですら通れないんだ。俺が通用しないのも分かる」

「ゲイル、俺とお前は実は同等の実力差かもしれん。だが、時の違いがある。俺は老い、お前は成熟してゆく」

「そりゃ、確かにそうだけど。師匠、打倒フレデリックでしょ? こうなったら二人で猛特訓しよう」

 ゲイルはカンソウの隣に並び腕立て伏せを始めた。

 そんな弟子を見ながら、カンソウは己が不甲斐無く思った。どこの世界に弟子の同情を買う師がいるのだ。

「ガザシーさん、少し心を開いてくれたみたい」

 弟子が嬉しそうに隣で身を上げ下げしながら言う。

「お前は良い奴だからな。良いか、ゲイル良く聴け」

 師弟は腕を着いたまま、顔を見合わせた。

 カンソウは言った。

「嫌な奴だけにはなるな。お前が真っ直ぐである限り、他人は答えてくれる。だからガザシーもいずれはお前を受け入れるだろう」

「うん」

「俺はずっと腐っていた。根性が曲がり、弱者を嘲笑っていた。だから、孤独だった。誰も俺に心を開こうとはしなかった」

「今は違うんでしょう?」

「どうだろうな……」

「違うよ。師匠は真面目で立派な男だ」

「そうなるためには、その真正直な心根と博愛の精神を持つのだ。勿論、勇敢さも忘れてはいけない。筋肉は身体を成長させるが、心を成長させるのは親しくなった友人と呼ばれている者の他に居ない」

「師匠にとってフレデリックやヒルダ姉ちゃんがそうなのか?」

「そうだ。彼らが居なければ俺は……」

 惨めで孤独で誰にも愛されない男になっただろう。コロッセオに戻って来た時にフレデリックが声を掛けてくれた。正直、どれほど嬉しかったことか。そして療養の旅の間はヒルダが文書だったのにも関わらず手厚く弟子を預かってくれた。

「つまり師匠はさ、俺に友達を作れっていうの?」

「その通りだ。戦友を作り、共に励め。その戦友は気付きを教えてくれるかもしれない。あるいはお前が友を見て気付くことができるかもしれない。俺では教えに限界がある。もっと外の世界に興味を持てゲイルよ」

 カンソウは弟子のいつになく生真面目な面を見ていた。

「師匠の言うことは分かった。明日から戦友になれそうな人を見つけるよ」

「まずは、ガザシーか?」

「違うよ、ガザシーさんは恋人にするんだもの。戦友じゃない」

「忘れるな、ガザシーは戦士だ」

「……覚えておくよ」

 師弟は再び腕立て伏せを始めた。カンソウは己の気持ちを素直に伝えたのだ。あんなに嫌な自分を変えてくれたのは、間違いなく心を開いてくれた友の支えと刺激があったからこそだと。 

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