「洗礼」
ゲイルは暗い道を案内の女の後ろについて行った。のだが、案内の二十五、六の娘にすっかり熱を上げていた。
この案内の姿が正に男にとっては刺激的な姿だった。黒いレオタードだ。ついでにうさぎの耳も着けている。まぁ、案内の娘達も猛者達をあしらって仕事をしているのだ。ガキの一人ぐらいにどうこう騒ぎ立てたりはしないだろう。
カンソウは段になった観客席へ上がり、そこの三段目に空きを見つけた。
剥き出しの広い大地の上に一人の戦士が待っていた。あれは誰だろうか。午後の部に出るのだからそれなりに実力を持っているのだろう。果たして、ゲイルが入場してきた。両手持ちの木剣をブンブン振り回し、各方面に愛想を振りまいている。
カンソウは溜息を吐いた。客達は子供の登場に興味津々であった。
「頑張れよ、小僧!」
あらゆる方角から小僧コールが飛んだ。
審判が両者の間に歩み寄って来た。間合いはやはり昔と同じ六メートルのようだ。
「第二回戦、セーデルク対、挑戦者ゲイル、始め!」
試合開始の宣言がされた瞬間、ゲイルは剣を振り上げて馳せて行った。
セーデルク、思い出した。自分が現役だった頃も、午後クラスに居た猛者の中の猛者だ。カンソウはそのまま成り行きを見守った。
「怒羅あっ!」
ゲイルが振り下ろす剣風と声とが重なり合った。
セーデルクは余裕の風体で得物を向けて受け止め、しばし、剣でゲイルを遊ばせていた。
ゲイルは律儀にも、いや、猪突猛進というのだろうか。まるで遊ばれていることに気付いている様子は無く、声を上げ続け、相手の剣を打っていた。
観客達も目の肥えた者ばかりが多く、セーデルクが遊ばせていることに気付いていた。あちこちで、この勝負は明らかだなと、囁き合っていた。
カンソウはあえて何も言わなかった。勝負の世界の最初の一回だけは好きにさせよう。そう決めていた。無様に負けても慰めるつもりも無い。まぁ、まず負けるのだが。
セーデルクが剣を薙いだ。瞬間、ゲイルは弾き飛ばされ、後方によろめていて倒れた。
「小僧、お遊戯の時間はそろそろ終わりだ!」
セーデルクの宣言が轟く。
「怒羅!」
真っ正直に突っ込んで行ったゲイルだが、セーデルクは剣を避けると、すれ違い様にゲイルの頭を片手で掴み、軽々と持ち上げて、地面に叩きつけた。
カンソウはセーデルクという男を思い出す。かつてフレデリックと戦った時もそうだが、やり過ぎる嫌いのある男である。
ゲイルは呻いて立ち上がろうとする。
その横面を蹴られ、ゲイルは吹き飛んだ。
「さっきまでの元気はどうした!?」
「舐めるなよ!」
ゲイルは即座に立ち上がり、セーデルク目掛けて剣を流すように構え、突撃した。
「怒羅あっ!」
「そらあっ!」
ゲイルの剣が空を斬り、セーデルクの拳が少年の顔面に叩きつけられた。
観客達は、憐れむような声を出すものもいたが、こういう派手で凄惨な場面に魅了される者達もいる。
ゲイルは背中から倒れ、起き上がらなかった。
審判がカウントを取った。これは初めて見たルールであった。後で追加されたのだろう。
カウントが六を数えてもゲイルは起き上がらなかった。
カンソウは叫びたいのをこらえていた。
カウントが十になると、審判はセーデルクの方へ行き、宣言した。
「勝者、セーデルク!」
会場が一気に沸いた。
担架が現れ、ゲイルの身体を乗せていた。
カンソウは席を後にし、コロッセオ内の医務室へと歩んで行った。