「弟子の試合」
聴けば弟子は毎日、午前の部に出場していたという。
自分が居ない間に勝ったことはあるのか? と、問うと、まるで面白いことを訊いてくれたと言わんばかりの良い表情で、「無い!」
と、答えた。
新しい一日が始まる。例によって一番鶏が鳴く前に目覚めたカンソウはせっかく取り戻した左腕をしごかんばかりに剣を縦横無尽に振るい、力ある切れが意外と早く戻りつつあることに安堵していた。やがてゲイルも起き出してきて、師弟は揃って鍛練を始めた。
ゲイルは重いはずの両手持ちの剣を以前より軽々振るい、試合に影響するといけないと気付いたカンソウが慌てて引き留めた。
「鍛練なら負けた後、すれば良い」
「いーや、今日こそ勝つから」
そう上手くいくまいが、新人クラスの大人ならゲイルの方が上だろう。敗退し躍起になって稽古に励むのも良いが、勝って新たな誇りと自信を得るのも大事だ。
コロッセオに着くと、カンソウも午前の試合に出るつもりだが、まずは弟子の力を確認するため、観覧席へと上って行った。
ゲイルはもう受付嬢を口説いたりしなかった。思い出す、あのガザシーとかいう女に本当に熱を上げてしまっているのだろう。そこで、ゲイルが既に彼女を破り、コロッセオで一勝をしていたことを思い出した。
そして二勝目を上げたプレートメイルの戦士、ゲントを前に入場してきたのはゲイルであった。ゲイルは各方面に相変わらず愛想を振り撒いての登場であった。
両者が並ぶと、審判が宣言した。
挑戦者ゲイルはすぐに動いてゲントに打ち込んで行った。
怒羅という弟子の威勢の良い掛け声が響き渡り、ゲントが防ぐのに若干苦労しているのをカンソウは見抜いた。
これはゲイルが腕を上げたのもあるが、試合に慣れた証だろう。ゲントの反撃は一度きりだった。弟子はスライディングし、重たい鎧に身を包んだ相手の虚を衝き、背後で素早く跳躍する。
「竜閃!」
木剣が鉄の兜を叩いていた。その一撃は相手をよろめかすほどでは無かった。しかし、勝ちは勝ちなのだ。
「勝者ゲイル!」
会場が沸いた。
ゲイルも声援に応えて手を振っていた。
次の相手が入場してくる。
黒装束に黒頭巾、紛れもなくガザシーであった。
ゲイルが駆け寄ろうとすると、審判が注意した。
両者は大人しく位置に着き、審判が告げる。
「第二試合、ゲイル対、挑戦者ガザシー、始め!」
ガザシーは縄の付いたモーニングスター系列の武器を頭上で振り回した。近づかなければ勝利はできない。
ゲイルは一気に駆け出した。
ガザシーのモーニングスターが地表すれすれを行き、横から錘がゲイルを打とうとしたがそうではなかった。縄の半ば、ガザシーへ三メートル付近で、ゲイルの左足が縄にグルグルと拘束される。倒れるかと思ったゲイルだが、体勢を戻し、縄を引きずってガザシーへ踊りかかったが、縄を引かれ、宙で体勢を崩し、転んだ。
ゲイルはすぐさま回転するが、それが逆方向であったため、縄が何重にも巻き付いてしまった。
あの阿呆が。
カンソウが呆れていたときだった。
ゲイルが左足を思い切り引き、ガザシーが踏ん張った。その間にゲイルはガザシー目掛けて転がり、観客を大いに困惑させた。
しかし、ゲイルはガザシーの眼前で倒れたまま足払いを仕掛けた。見え見えの技にガザシーは跳んで避けたが、ゲイルを結ぶモーニングスターの縄が短くなっており空で引っ張られ、無様に倒れた。
ゲイルが起き上がり、ガザシーへとどめの一撃をくれてやろうとすると、ガザシーは武器を放して急速離脱した。
ゆったりとした黒装束の袖口を振り、目にも止まらぬ速さで、短剣が幾本か飛んだ。
ゲイルはその全てを剣で弾き返した。
無手となったガザシーがゲイル目掛けて駆けて来る。
飛び蹴りをゲイルが避けると、着地し、モーニングスターを握り足払いをする。ゲイルは引っ掛かり転んだ。ゲイルに巻き付き、縄が短くなっていたのをガザシーは利用したのだ。
そして地面に落ちた短剣を拾い、バク転し起き上がったゲイルの鼻先に突き付けた。
だが、ゲイルは腕を横から掴み取り、短剣を握る手を捻り上げた。
聴こえないが、ガザシーは呻いているだろう。嫌な予感がした。
突然ガザシーが動き、ゲイルの顔面に掌底をぶつけた。
ゲイルはまともにのされ、背中から倒れた。
審判がカウントを始めた。ゲイルは動かない。ガザシーは格闘技の姿勢を取り、武器を取らず、ゲイルからまるで目を離さなかった。
カウントが十となり、今回はガザシーに軍配が上がった。
歓声の中、カンソウは席を立ち一人医務室へと向かったのであった。




