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「闘技戦士」

 たった三か月離れていただけなのに、こうもこの宿場町が懐かしく思えるのは、これから自分がコロッセオに出ようと赴いているからだろうか。

 武者震いと緊張、そして無様な負け方をするかという不安が三分の一ずつ気持ちにあった。それでも、宿場町の光景はカンソウを安心させてくれる。

 路地から飛び出て来た子供達が木剣を手にし駆け回っている。カンソウは自分が剣に憧れていた頃はいつだったか、思い出そうとしていた。

 労働は嫌いだった。べリエルとの国交がまだ断絶し、戦争状態だった頃は、ここイルスデン帝国の傭兵として食い扶持にありついていた。しかし、カンソウも見たが、白き賢き竜の導きで、戦争は終結した。あの日、死んだ者は生き返り、ケガを負った者は回復していた。全てが、竜と共にあろうとする国イルスデンの伝承の竜が起こした奇跡であった。

 竜乗りにでもなるべきか、だが、和平後、竜乗りへの道は倍率の激しいものへと変化していた。志したのは、カンソウと同じ、かつて傭兵として働いていた者達であった。

 カンソウは潔く諦め、用心棒として少ない稼ぎを得て暮らしていた。

 そんな不遇で不満たらたらのカンソウの耳に入ったのがコロッセオのことであった。

 剣が告げる。魂が燃える。コロッセオでチャンプになろう。

 カンソウはそうしてコロッセオへ出向いたが、やはり上には上がいるものだ。そのうち午後ランクには裕福で金に余裕のある戦士達が重鎮、あるいは中核として不動の位置を決めていた。カンソウは彼らに遠く及ばなかった。

 年は重ねた。老いからの体力の低下は歯止めが効かないところもあった。だが、剣を振るい、己の心を奮い立たたせ、恥も外聞も無く、弱者集う、不人気の午前の部へと出て、幸いそこで稼ぐことができた。

 今、コロッセオがカンソウを見下ろしている。

 よくぞ、戻ったカンソウ。

 コロッセオがそう自分を歓迎してくれたような気がした。

 カンソウは感慨がこみ上げるのに任せながら、久しく出向いていなかった挑戦者の受付へ顔を出した。

 年は重ねたが、それでもまだ若い馴染みの受付嬢が目を丸くした。

「カンソウさん?」

「兜をかぶった方が分かりやすかったか?」

「そうですね、兜をかぶってこそのカンソウさんです。挑戦なさるのですか?」

「そうだ」

「ということは腕の方は?」

 カンソウは頷いた。

「完治した」

「おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 自分を覚えていてくれる人がいる。こんなに嬉しいことがあるだろうか。

 武器を預けると、黒いレオタード姿にウサギの耳を頭に着けた案内の女性が出て来た。

「カンソウ?」

 ジェーンと言う案内人で、こちらもまだまだ綺麗だった。

「案内してくれ」

「勿論よ」

 ジェーンに案内されて薄暗い回廊を行き、どこに取っ手があるのか不明瞭な景色の中、案内嬢は慣れたように扉を開いた。

「あなたが居なくなって、少し寂しかったわよ」

 ジェーンが言った。

「それは悪いことをした」

 カンソウは籠の中に詰まった木剣の中から両手持ちの物を選んだ。

 柄を握り締め、闘志が静かに燃え上がるのを感じた。

「ゲイル君も頑張ってるわ」

「ああ。そうか」

 後でヒルダの屋敷を訪ねて礼を述べねばなるまい。だが、ゲイルはどうやら挑戦を続けているらしい。彼の夢に火を着けたのは間違いなく自分だ。俺はまたゲイルを鍛える。

 扉が叩かれ、出番が告げられた。

「頑張ってね。あなたはもう昔の嫌な奴じゃないから応援するわ」

 ジェーンが言い、カンソウは思わず笑った。

 そうだったな、昔の俺は嫌な奴だった。

 回廊の向こうに陽光で煌めく会場への入り口があった。

 カンソウは歩み出す。

 入り口はカンソウを歓迎するように輝いていた。

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