「師弟の約束」
観客席から下りて来たカンソウは、ちょうど受付で武器を返却して貰ったゲイルと出会った。
「何が悪かったかは分かってるから」
ゲイルは生真面目な目でそう述べた。
「そうか」
カンソウはこう返事するしかなかった。もう、自分程度の闘技戦士に教えることなど何もない。結局、どうすればゲイルが今より強くなれるのか、このまま地道に鍛えて行くならカンソウなどもう要らないことになる。これは自分の意志を引き継がせるためにと育てて来たカンソウにとっては意外な出来事であった。そう、カンソウ自身が大して実績も無い、闘技戦士であることをすっかり忘れていたのだ。
だが、弟子は慕って尋ねて来た。
「あそこでは足払いが正解かな?」
「そうだな」
カンソウが頷くと、ゲイルもまた二度首を縦に振った。
二人は午前の宿場町を歩いて行き、適当な食事を取って、泊っている宿の裏手へ来た。
ゲイルは剣を抜き、カンソウを見た。
「足払いの練習をさせてくれ」
「良いだろう」
もはや、奥義なども無い自分などに出来るのはこの程度のことだ。だが、教えられるのならそうするまでだ。
両者は刃を競り合わせた。両手で剣を握るゲイルの力はなかなかのもので師として手一本で押さえることにカンソウは必死だった。
それでも忘れてはいない。ゲイルは足払いの練習をしているのだ。
ゲイルの身体が動いた瞬間、カンソウはその足を踏みつけた。
「見え見えだ」
「そりゃあ、足払いをするって師匠が分かっているからだよ」
「夢中にさせて見ろ、競り合いに」
「おう!」
二人は再び剣同士をぶつけて力比べを始めた。
ゲイルの筋力は上がっている。十四の少年にしては立派なものだ。カンソウの脳裏を再び悩みが過った。もう、教えられることは何も無い。稽古に使われる藁人形の方が俺より役に立つ。その瞬間、足が浮き、カンソウは身をよろめかせていた。そこにゲイルが体当たりを仕掛けた。
カンソウはどうにか踏ん張ったが、ゲイルの突きがカンソウの鎧の胴を打っていた。
「今の、咄嗟に思いついたんだけど、いい線いけそうかな?」
「ああ。よくぞ仕掛けた」
カンソウは不意を衝かれたとはいえ、弟子の連撃の良さを素直に認めた。
半ば茫然と弟子を見ていたカンソウの脳裏に、あの老医者の姿が過った。
腱と腱を繋ぎ合わせるだと。隣国まで出てようやく掴んだ医者の言葉だった。当時は信じられず、腕がこれ以上、駄目になると思い込んで憤慨したが、どうせ動かぬ腕ならば試してみても良いかもしれない。
「師匠?」
ゲイルが怪訝そうにカンソウを見ている。
「ゲイル、これからはしばらくヒルダの世話になれ」
「え? 何で?」
「俺は……」
闘技戦士に戻りたいのだ。
カンソウの目頭が熱くなった。弟子を導けぬ己の不甲斐無さに思わず落涙したのだ。弟子の前で何という無様な姿を見せてしまったのだろうか。
「お前は俺の誇りだった。が、俺自身の戦士としての誇りがそれに甘んじることを許さなかった。しばし、さらばだ、ゲイル。俺は腕を治して必ず戻って来る」
ゲイルは呆気に取られていたようだが、頷いた。
「分かった。でも、あんたは俺の師だ。これだけは変わらない」
「ヒルダへの手紙を書こう」
カンソウはそう言って宿に入ると机に向かい、書面をしたためる。
身体が急いていた。あの老医者だけが希望だ。あの時の罵詈雑言は竜の神に謝ろう。生きていてくれ。
カンソウは手紙を持って弟子のもとへと向かったのであった。




