「顔に傷のある女」
カンソウが観客席の階段から下りると、そこはすぐに受付で、二人の戦士が距離を取り向かい合っていた。一人は剣を背に収め黒い覆面を返そうとするゲイルと、もう一人は頭上で鎖と鉄の錘を振り回すガザシーであった。ガザシーはすぐに横合いに現れたカンソウを睨んだ。
金色の綺麗な髪をしている。だが、顔の右頬には剣で抉られたと思われる深い傷跡が走っていた。年の頃は若い部類だろう。二十五、六ほどか。
「ガザシー、いや、お姉さん、覆面を忘れてるよ」
「私の顔を見たな?」
ガザシーは低い声で凄むと、ゲイルと、そしてカンソウまでをももう一度睨んでいた。
本来の武器を手にした彼女がどれほど強いのかは分からないが、今、彼女は殺気立ち、自分達師弟を殺そうと考えていることは手に取る様に分かった。ここで剣を抜くのは良くない。女の殺気に熱を更に注ぐようなものだ。ゲイル自身が剣を収めていることもあり、カンソウは落ち着かせようと言葉を探そうとしたが、弟子の方が早かった。
「綺麗な顔じゃん」
ゲイルはまるで場の空気が分かっていないようなことを言った。
「ゲイル!」
カンソウが声を上げた瞬間、ガザシーの鉄球が飛んできた。
ゲイルはそれを避けた。鈍い音を上げて鉄球は石畳を穿ち砕いていた。
「覆面なんてかぶることないよ。イケてるよ、お姉さんの顔」
「イケ」
ガザシーが思わず声を出し、慌てて止めた。
「お前に何が分かる、小僧!」
ガザシーは憤慨するように声を上げた。
「傷が酷く痛かったというのは分かった。だけど、それも含めて、お姉さん、カッコいい顔だよ。もうね、俺と結婚しない?」
「結婚だと……この私と?」
のんびりした口調で熱を上げながらの突然のゲイルの告白にはカンソウでさえも驚いた。
我に返ったガザシーが鎖を放つ。鉄球がゲイルに迫った。
ゲイルは避けずにそれを受け止めたので、ガザシーだけでなくカンソウの方もまた驚いた。ゲイルは厚手の布鎧だ。鉄球の勢いを止めず、ぶつかるなら受け流すべきだった。しかし、それをせず、ニッコリ微笑む弟子を見て、カンソウはゲイルの告白が本物であることを悟った。
「戯言を!」
ガザシーは鎖を引っ張る。鉄球を掴んだままのゲイルがそのまま引かれて行く。
「放せ!」
ガザシーが声を上げる。
「だったら、俺と付き合ってくれる?」
「先ほどから戯言ばかり! 生意気な小僧! ここで殺してやる!」
ガザシーが鎖から手を放し、石畳にその音が小さく反響すると同時に投げナイフを構えた。おそらく、得意にしているだろう。一方、ゲイルはどうだ? 半日がかりで師の拙い投擲を捌いてきた。技量の差は歴然としている。
「ゲイル、それ以上、その女を刺激するな! 相手はただただ混乱し殺気立ってるだけだ!」
「だって、好きなんだもん」
と、ゲイルが答えた瞬間、投げナイフが目にも止まらぬ速さで飛んだ。
カンソウは目を見開いた。
丸腰のゲイルはまるで動かず、その布鎧の胸元にナイフが五本突き立っていた。
「ゲイル! 馬鹿者が!」
カンソウはついに駆けて、弟子と合流した。
「ケガは?」
「無いよ。お姉さんが手加減してくれた」
ゲイルはカンソウに微笑みを向けると、ナイフを引き抜いて、ガザシーの方へと歩んで行った。
「近寄るな! 本当に殺すぞ!」
ガザシーは目に見えて狼狽していた。
「ここに覆面と、ナイフを置いておくから、今度会ったらまた戦ってね」
ゲイルはそう言うとカンソウを振り返った。
「行こう、師匠、今度はヒルダさんとの戦いに備えて特訓しなきゃ」
「あ、ああ」
カンソウはどう反応していいものか逡巡し、それだけ答え、弟子の後に続いた。
後ろを振り返ると、そこには既にガザシーの姿は無かった。




