「帰還、そして」
カンソウらはリザードマンのランガーに油断無く睨まれながら、セーデルクが出て来るのを待っていた。
一体セーデルクに何の用なのだろうか。カンソウは思案した。キマイラを殺したからだろうか。ギガンテスにとどめを刺したからだろうか。スキュラの場合はゲントだが、ゲントは呼ばれていない。スキュラが生きているとでもいうのだろうか。
下の方からの竜達の声を聴きながら待ち続けていると、ようやくセーデルクが姿を見せた。
「待たせたな」
セーデルクは余裕の表情であった。
「俺らもあんたも何か叱られるようなことしたか?」
デ・フォレストが問う。すると、セーデルクは黙って微笑み、かぶりを振った。
「運が良ければ帰り道で分かる。そうじゃなければ俺は迎えに行かなければならない」
「誰を?」
デ・フォレストが再度問うが、セーデルクは無視して先に歩き始めた。
「行こうぜ」
セーデルクにはぐらかせられながら一同は山を下り始めた。
竜達の聖域を行き、ギガンテスの亡骸を通り過ぎる。山を下りるまで三日は野営した。だが、カンソウの背中でゲイルは相変わらずのままであった。白き竜はハッタリだったのか。カンソウは疑わしくもなって来たが、口には出さなかった。
そうして山をようやく山を下りた時だった。一人の人間が立っていた。
レンジャーがここまで来たのだろうか。あるいは密猟者か? だが、違った。慣れぬ足取りで近付いてきたのはデルピュネーであった。
「セーデルク、待っていた」
彼女はそう言った。
「あんた、脚が?」
デ・フォレストが驚いて言うと、セーデルクは咳払いし、デルピュネーの隣に並んだ。
「彼女は俺と共に道を歩むことになった。白き竜はデルピュネー、いや、ミラの任を解いた。財宝は隠せたか?」
「いいえ、あなたの力が必要です」
「分かった」
デルピュネーのミラに向かって頷くと、セーデルクはこちらを振り返る。
「そういうわけだ。先に町に戻っていてくれ」
「そういうわけ? どういうわけだよ?」
デ・フォレストが納得できない態度で言うと、フォーブスが若者の肩を叩いて、頷いた。それだけでデ・フォレストは折れて引っ込んだ。
確かに洞窟ではデルピュネーに一人入れ込んでいた。セーデルクはデルピュネーに恋をし、そしてデルピュネーは受け入れたのだ。
背を向けて先に森へと入る二人の背を見て、カンソウは、思った。もし、白き竜がデルピュネーの任を解かなければ、セーデルクはここで生活することに決めていただろう。恋をしているカンソウには痛くそのことが分かるような気がした。
その時、背中で動いた。
「おい、カンソウ!」
デ・フォレストがまた驚きの声を上げる。
「ゲイルが、ゲイルが目を覚ましたぞ」
フォーブスも驚愕して行った。
「何だここ?」
それが長らく待ちわびていた弟子の第一声であった。
2
宿場町へ戻り、カンソウは寮長としての役割を果たしつつ、ゲイルの出番に付き添った。
ルドルフ党はついに解体を迎え、多くの闘技戦士達で寮は賑わっていた。ジェーンとブラックラックらがしっかりと彼らを受け入れてくれたのだ。
そしてある日、ブラックラックが言った。
「寮長殿、建物の裏手にゴミが落ちてます」
「ゴミ?」
わざわざ知らせて来るとは何だろうか、余程の粗大ゴミだろうか。
ブラックラックに警護されて行くと、そこにはすっかり外面までも薄汚れてしまっていたルドルフが壁に背を預け、か細い息をしていた。
「ルドルフ?」
「カンソウ……助けてくれ。飯を食わせてくれ。麦粥で良い……」
知らぬ間に貴族のお抱えを首になったようだ。あれだけ稼いだお金はきっとカンソウらが自然公園に挑んでいる間に使い込んでしまったのだろう。
「闘技戦士に戻るのか? 努力するのか、お前が?」
ブラックラックが呆れたように尋ねると、ルドルフは首を縦に振った。
「信じられんな」
ブラックラックが判断を求めるようにカンソウを見た。
カンソウの心は決まっていた。信じてやらなければ何も始まらない。
カンソウはルドルフを抱えてブラックラックと共に寮へと引き上げた。
3
午前の部に出る者達もこれで引率する必要が無くなった。カンソウは弟子ともに鍛練に励んでいた。
ゲイルはもう大人の身体つきになっていた。それでも動きやすさを武器にするため、軽装である。
カンソウではゲイルを追うことは難しくなっていた。だが、ゲイルはカンソウを求めている。あれからセコンドとしてゲイルと組んだが、現チャンピオンのドラグフォージーとサラディンを破ることは難しかった。ゲイルにとっては自分が一時の幻のチャンピオンになれたことを口にすることは無かった。それならそれで良かった。ひた向きに剣を振るい、動いてカンソウを大きく圧倒してくる。
そんな折、四十人近くも増えた闘技戦士達に剣を教えるべく、採用されたのが鈍色卿であった。寡黙な男だが、自ら貴族の剣術指南役を辞したことだけは述べた。闘技戦士達は、かつてのわだかまりがあったようだが、徐々に鈍色卿を受け入れた。そうして強く逞しくなってゆく。
カンソウは現状に満足していた。だが、賢しい弟子はそれを見抜き、ロートルに向かって鞭を振るうように剣を持って欲しいとせがむのであった。
「剣は持つが、私はもう戦えないぞ」
するとゲイルはカンソウの尻を強く叩いた。
「そんな弱気でどうするんだよ。ガザシーさんと約束したんだよ。師匠が五連勝できたら正式に俺と付き合ってくれるって」
「何故、私が勝たねばならぬのだ?」
「そうでもしなきゃ、師匠は腑抜けたままだ。ほら、俺のためにも頑張って」
カンソウは呆れて息を吐いたが笑みがこぼれた。
「ならば勝たねばならぬな」
「そうだよ! 行こう、師匠!」
「よし」
唯一無二の弟子のためにカンソウは剣を握る。
師弟はコロッセオへ向かって並んで歩み始めたのだった。
カンソウの弟子 fin




