「対面」
カンソウは立ち止まっていた。洞穴の入り口を見詰め、そして駆け出した。
「カンソウ、待て!」
逸るカンソウにセーデルクの声が届いたころには、洞窟の入り口を塞ぐ、武装した人のような者が立ち塞がった。
相手の全長二メートルはいかないが、カンソウよりも大柄で剣と盾、兜をかぶり、鉄製と思われる胸当てをし、その他、所々防具で武装していた。
そいつは尻尾を持ち、森で出会ったドラゴンモドキを彷彿とさせる顔立ちであった。その竜、あるいは蜥蜴のような顔にある黄色の双眸を見開いて身構えている。
「この先へ進むのはまかりならぬ!」
相手は言った。
仲間達が追い付いて来た。
「あなたはリザードマンだな? まさか実在するとは……」
フォーブスが驚きと関心のあるような声を上げる。
「その通り、我はリザードマンのランガー。一族の中の選ばれし者にして、神竜の守護者なり!」
リザードマンが明確に人の言葉を喋って見せたので仲間達は驚いていたがカンソウだけは違っていた。
「つまり、その穴の中に白き竜が居るということだな?」
カンソウの問いにリザードマンはギョッとした顔をすると、牙を鳴らし剣を向けて来た。
「ここから先は通さぬ」
リザードマンが断固とした態度で一同を睨んだ。
「ならば、決裂だ。私は白き竜に用があるのだからな」
カンソウはゲイルを背負ったまま背嚢を置くと、腰から刃引きした競技用のクレイモアーを引き抜いた。
だが、その時、洞窟の入り口から優しい声が流れ出て来た。
「ランガー、その人間達を招待したのは私です。速やかにお通しなさい」
「白竜様!? はっ」
リザードマンは道を退けたが疑り深い眼差しでこちらを見ていた。
「何か粗相があれば、貴様らは死ぬと思え」
カンソウらはランガーの隣を抜け、洞窟へと足を踏み入れた。
そして驚いた。
洞内は明るく、クリスタルが剥き出しになってまるで草のように生えて来たか、虫のように湧いて来たかのようだった。
「こりゃあ、すげぇ」
デ・フォレストが思わず感嘆の声を漏らしていた。
「妙なマネはするなよ」
セーデルクが若者を注意し、カンソウに先に行くように促した。そうだ、もう守ってもらう必要など無いのだ。俺達は旅の終着地点にいるのだから、あとは白き竜に会い、ゲイルを復活させてもらう。
クリスタルだらけの洞窟をカンソウは速足で進んでいた。
そうして巨岩のクリスタルに囲まれた奥地に、白き竜が二本の脚で立っていた。
ギガンテスよりも大きな圧倒的な体躯だった。
「白き竜よ、あなたの神託通り、私はゲイルと共にやって来ました。何卒、白い奇跡を起こしていただきたい」
カンソウはそう言い、屈んでゲイルを抱えていた紐を緩める。落ちた弟子を受け止め、白き竜に捧げ上げた。
「何卒」
カンソウが首を垂れると、白き竜は言った。
「あなたは私の言う通り、ここまでゲイルと共にやって来た。心強い仲間と共に。そしてあの主無き宝の番人、デルピュネーの祝福まで受けている。予想以上によくやりましたね」
白き竜の言葉にカンソウは岩の大地に目を向けたまま頷いた。
「ゲイルを置きなさい」
白き竜は柔らかい声で言った。
カンソウは言われるがままゲイルを目の前の地面に横たえた。そして白き竜の神聖なる顔を見て、驚いた。隣でもう一つまるで闇の中で目を開いたような双眸がこちらを睨んでいた。
カンソウは知っている。戦争の折り、サラディンや多くの兵馬を殺戮した暴竜である。
何も起きねば良いが……と、気が気では無かった。だが、黒い竜は言った。
「白き竜よ、あまり人間達にほだされるなよ」
それだけ言い目を閉じると、寝息を立て始めた。
「ゲイルよ、狭間へ渡りし魂よ、今再びこの身に宿れ!」
白き竜が穏やかだが、先ほどよりも凄みのある声で言う。
水晶に反射しているのだろうか、輝く塵芥のような細かい吹雪がゲイルの全身に降り注ぎ、衣服越しに身体へと消えて行った。
「少しすれば彼は戻ります。さぁ、カンソウ、あなたはここに用はもう無いはず。弟子と共に末永く人々と竜達のために生きなさい」
「誓って」
カンソウはゲイルの様子に変化が見られないのを不審には思ったが、ここは白き竜を信じることにした。
「さぁ、私が次に用があるのはセーデルクです」
それは思わぬ言葉であった。セーデルクが何故? カンソウも他の者達もセーデルクを見た。
「他の者は速やかに洞窟の外へお行きなさい」
白き竜の言葉にカンソウは頷き、ゲイルを抱えて立ち去るべく足を進めたが、そこでセーデルクを見た。罰されるのだろうか。しかし、何故?
「俺なら心配いらない。先に行ってろ」
セーデルクが言った。セーデルクには心当たりがあるらしく、表情は落ち着いていた。
「穏便にな」
「分かってる。心配すんな。戦争なんか起こしたりはしねぇよ」
セーデルクと言葉を交わし、カンソウはフォーブスらとクリスタルに塗れる洞窟を引き返して行った。




