「ガザシー」
カンソウは客席で弟子の様子を見ていた。
今、名前の知らない戦士が三勝を決めたところだ。見たところ、さほど強いわけでもない。新参者達を破ったのも新参者ということだ。しかし、この新参者とゲイルを当てるのは芳しくない。ゲイルには余力では無く全力でガザシーやヒルダの相手をしてもらいたかった。
入場口から黒装束に黒い覆面をした戦士が歩んで来る。
手には縄を持ち、当然だが、縄の先端には木でできた錘がついていた。
ガザシーと三連勝の新参が向かい合う。
審判の宣言と共に新参戦士は突っ込んで行った。
ガザシーは縄を振り回し、放った。眼で追い切れるには早すぎる技であった。新参戦士は避けきれず、縄の勢いと自分の脚の勢いのまま顔面に木の錘を受けて背中から転倒した。ガザシーの縄の勢いの方が勝っているそういうことだ。
「勝者、ガザシー!」
審判が口を開くと観客達が大いに沸いた。
カンソウは不安になっていた。自分程度の投擲では及ばぬ力と速さの持ち主だ。ガザシーに関して、危機感を強めたが、自分にできる修練方法はあれが限界であった。上がらない左手が不甲斐無さに拳を作った。
そうして入り口から意気揚々と入場してきたのは、弟子であった。
カンソウはゲイルを憐れみ、謝罪の言葉を述べたくもなった。俺程度を師として慕うにはもうお前は限界を超えた位置に居るのだ。大人しく五体満足な師を探すべきなのだ。それをあまりにも意地になり、自分の代わりとして夢を叶える材料としてゲイルを手放すのを惜しんでいた。
その時、試合会場でちょっとした出来事が起きた。
ゲイルが歩み出し、ガザシーの前に来た。審判もガザシーも茫然とその様子を見ていた。
「やっぱりいい匂いがする。お前、女だな」
ゲイルの言葉は静寂に包まれた観覧席の一部には聴こえていたようだった。あの黒服面が女だと誰もが騒ぎ始め、話は広がって行った。
ガザシーが頭上で縄を振り回した。
「小僧! ガザシーの覆面を剥げ!」
「そうだ、顔を晒せ!」
期待する男達が騒ぎ始めた。
審判に促され、ゲイルは位置に戻った。
「第二回戦、ガザシー対、挑戦者ゲイル、始め!」
試合開始の言葉と共に、ガザシーが縄を放った。
先ほどよりも早いがゲイルはこれを木剣で受け止め、仰け反った。
カンソウはガザシーをヒルダより下に見ていた己の眼力に失望した。ガザシーは明らかに上を行く存在であった。
ガザシーは次々縄を操り、ゲイルを引っ掛け、転倒させようと試みていた。
だが、予想だにしないことが起こった。
ゲイルがガザシーの武器の縄を踏みつけたのだ。
ガザシーは躍起になって引っ張るが、ゲイルの足の下から縄は少しも動かない。
「何やってんだ、小僧! ガザシーの覆面を剥げ!」
「そうだ、剥いじまえ!」
男達が再び騒ぎ出す。
ゲイルは縄の上をしっかり踏みつけながら両足で辿り始めた。
ガザシーはそれでも縄を戻そうと躍起になっていた。
その時、ゲイルが駆けた。縄の上を一直線に駆ける。ガザシーが縄を戻すことを諦め、ゆったりした左袖口を振った。
短剣が幾本か飛んだが、ゲイルは走りながらそれを的確に弾き飛ばし、懐に飛び込むと、ガザシーの顔を剣で横合いから斬り付けた。
前列の客なら見えたであろう。そこには黒い覆面を破られた若い女の顔があった。
「そこまで!」
審判が言うが早いか、ガザシーは顔を手で覆って入り口の方へと駆け出して行った。
「勝者、ゲイル!」
カンソウは嬉しかったが、一方のゲイルは喜ぶ様子は無く、ガザシーの残していった黒い覆面を拾っていた。
「ごめん、俺、行くところが出来た!」
ゲイルはそう言うと、入り口への方へと駆け出して行った。
審判もカンソウも、客も彼の突然の試合放棄に唖然とするばかりであった。
だが、カンソウはあの弟子はガザシーへ覆面を返しに行ったのだと考え、自分も客席を立ち上がり後にしたのであった。




