「山へ」
森が切れ、その茶色の裾野が出迎えたのは二日後だった。
天を衝くような切り立った断崖を見上げ、一行は呆れるような息を吐いた。
「せっかくここまで来れたというのに」
そう目の前にあるのは岩肌でどう考えてもロープやクサビが無ければ登れないところであった。カンソウは己の油断を恥じ、ゲイルを見る。デルピュネーの祝福によって顔色は良いが、ここで行き止まりである。ここさえ登れば後は白き竜と出会うだけなのだ。
「まだ諦めるのは早い。道になっている様な場所があるかもしれん。探そう」
フォーブスが励ますように言い、一行は二手に分かれて山裾を回った。
カンソウはフォーブスとデ・フォレストと共に行動した。
山のどこからか、ギャア、ギャアという狂暴じみた鳴き声が聴こえている。
「いずれ、顔合わせするんだろうな」
デ・フォレストが見上げて言った。
山は樹海の如く広大で大地に鎮座していた。これは登り口を見つけられるかどうか、白き竜が試しているのかもしれない。カンソウは思っていたし、信じていた。道は必ず用意されている。時間が掛かっても探さねばなるまい。
随分歩いたが、山が途切れることは無かった。セーデルクらとは入り口が見つかるまで合流せず、別々に夜を明かすことも提案され、そう決まった。
夜、抜けて来た森のどこからかフクロウの声が静寂に淡く聴こえた。ギャアギャア言う声も聴こえなくなっていた。眠りに入ったのであろうか。
薪をくべ、心許ない炎を囲んで三人は二交代で見張りに就くことにした。
塩気のある干し肉を齧り、乾パンを食べる。毎度続く粗食にもデ・フォレストでさえ文句は言わなかった。おそらくはここで文句を吐けば、自分の誇りを汚すだけだと思っているのであろう。
「向こうはどうなったかな」
デ・フォレストが二人に尋ねた。
「今頃は我々と同じで野宿に入っているだろう」
「そりゃ、そうか」
フォーブスの言葉に自分から訊いたというのに特に興味はなさそうにデ・フォレストは応じた。
「カンソウ、ゲイルはどうだ?」
フォーブスが問う。弟子は外套に包まらせ、その顔は安らかにも見えるがそうでないことをカンソウは知っている。小川のせせらぎの前でゲイルは待ち続けている。カンソウはフォーブスに問われたことすら忘れて、あの世での再会した時のことを思い出し、感傷に浸っていた。
そうしてその夜は何もなく無事に終わった。
2
天が目覚める前でも、視界が利いたころには、カンソウ達は捜索を再開していた。
行けども行けども急峻ばかりでうんざりしている。デ・フォレストとフォーブスも同じ気持ちだろう。カンソウは気合を入れた。うんざりしたり不貞腐れている場合では無いのだ。しかし、弱気になったり、諦め半分になる自分がいることに気付いた。二日目の捜索も上手くいかないだろう。何となくだが、賢き竜がいたずらを仕掛けたようにも思えた。ただ一瞬で次の道が見つかっては面白くない。そう思ったに違いない。これはいたずらというより、試練だ。
だが、道はあった。ちゃんと用意されていたのだ。
「あ!」
デ・フォレストが驚愕し、慌てて指で示す。そこには急峻を登る岩と土の道があった。まるで、いや、誰かが整備したような急だがなだらかで広い道であった。
「やったな、カンソウ」
デ・フォレストが言った。
「ありがとう」
カンソウも狂喜したい気分だったが、心を抑えて礼を述べた。
「ここまでまた来るのは面倒だが、セーデルク達を呼んで来ようぜ」
デ・フォレストの提案にフォーブスが頷いた。既に両チームの距離は三日ほど開いているだろう。セーデルクが諦めるとは思えないので、今も捜索にあたっているはずだ。この未知の世界に三人のうち一人を残し、二人を行かせるのも、その逆も危険なことであった。なので、カンソウらは揃って道を戻り始めた。少しでも早く頂上へ到達しなければならない。デ・フォレストもフォーブスも自分のことのように協力的だった。
山裾に沿って夜を徹して歩み始めた。動物達とは出会わなかった。そうして三日後の夕暮れに野営の準備に入ろうとしているセーデルクとゲントと合流したのであった。




