「デルピュネーの祝福」
幸い雨風は洞窟の中には吹き込まなかった。
入り口付近でカンソウらは黙して暖を取っていた。
カンソウはゲイルの身がとても不安だった。食べ物も水すらも受け付けない身体だ。横たわり、外套に挟まれて眠っているかのようにか細い身体を見て、今すぐ出立しようと、何度も訴えたかった。
仲間に遠慮している己に気付き、ここで風雨を凌いでいる自分がとても無力で愚かにも思えた。何せ、ゲイルは少しずつ体力を消耗し続けているからだ。まるでこんなところで火に当たっていてゲイルの体力を消耗させるなど、そのせいで間に合わなくなったら……。
「みんな」
「奥へ行って来る」
カンソウが口走ったと同時にセーデルクの声が覆いかぶさり、カンソウの声を打ち消してしまった。
「おい、セーデルク、宝を独り占めしようってわけじゃないだろうな?」
デ・フォレストが詰問すると、セーデルクは逆に睨み返した。年季の入った眼光に若いデ・フォレストは気圧されていた。
セーデルクは松明も持たずに言葉通り奥へと行ってしまった。
「あの化け物も下が蛇じゃ無ければいい女だったのになぁ」
デ・フォレストが溜息を吐いた。
「フォーブス、デルピュネーとか言ったか? あれは危険な存在なのか?」
セーデルクが行ってしまったため、出立の意思を伝えられなくなったカンソウはそう尋ね、焦る自らを振り切るように話題を切り出した。
「本ではもっとおぞましい姿だった。宝の番人さ。例え宝の主が居なくなっても命続く限り財宝を守り続ける、それがデルピュネーという生き物だ。それまでしか分からん。だからデフォ、あれだけの宝を前に変な気を起こすなよ。相手はまだまだ未知の存在だ」
「分かったよ。しかし、セーデルクの奴、何で奥へ行ったんだろうな? やっぱり宝を少し分けて欲しいとか頼んでるんじゃないか?」
「セーデルクは誇り高い戦士だ。そんなことはせんよ」
カンソウは宝に執着心を見せるデ・フォレストに少しだけ危機感を募らせ、断言した。
そして一人火に当たらず素顔を見せないゲントは入り口の前に誰も頼んではいないのに番人のようにずっと佇立していた。
その時、奥からセーデルクの声が聴こえた。
「カンソウ! 小僧を連れて来い!」
「何故だ!?」
カンソウも思わず声を上げて応じた。
「彼女が診てくれる!」
「うむ?」
カンソウは驚いた。セーデルクはデルピュネーに魅了されて、ゲイルを餌にするつもりだろうか。先ほど、セーデルクを大丈夫だと言った途端に不安になった。
「止めとけ、カンソウ、蛇女が食おうとしているだけだ。セーデルクはきっと宝と交換にそう仕向けるつもりだろう」
デ・フォレストが言った。フォーブスを見ると、困ったような顔をしていた。
「デルピュネーが人を食べるかは分からんが……ある意味で、この森に生きる生物たちは神がかりと言っても過言ではない。スキュラやヒュドラまでいるのだから、太古の魔法じみた力を持っているとしてもおかしくはない。賢き竜の例がそれだ」
フォーブスの言葉に、カンソウは弱って行くだけのゲイルを振り返り、立ち上がっていた。デルピュネーがゲイルを食べるつもりなら、阻止すれば良いだけの話だ。だが、デルピュネーの未知の力に懸けてみたい。そうも思った。事実、雨が降り出すもっと前からゲイルの顔色は悪かったのだ。
「おい、カンソウ?」
デ・フォレストが正気を疑うような感じに尋ねて来たが、カンソウは頷いて、外套ごとゲイルを持ち上げた。
「ゲント、念のためカンソウについて行ってやれ」
フォーブスが言うと、ここ最近、武力に置いて目覚ましい活躍を遂げている鎧戦士ゲントが頷きもせず、歩んで来た。
カンソウはゲントを後ろに洞窟の奥へと再び歩んで行った。
2
神々しい光り。金銀財宝の眩しさに目が眩む。
セーデルクとデルピュネーはそこにいた。
「ゲントも来たのか。まぁ、仕方ねぇか」
セーデルクが言った。
カンソウは緑色の強い視線を見返してゲイルを抱えて片膝を着いた。
「デルピュネー殿、これは我が弟子ゲイルです。診て下さいますか?」
「勿論!」
そう自信満々に答えたのはセーデルクであった。
「こちらへ。お見せなさい」
デルピュネーは落ち着いた声で言い、カンソウは立ち上がってゲイルを差し出した。
デルピュネーは目を瞬かせた。
「まだ幼い。ゲイル。ゲイル」
デルピュネーは愛し気にそう呼ぶとゲイルの頭を自ら顔に近づけ、口づけをした。
それは長い長い口づけであった。煌びやかな世界なせいか、神々しくも見えた。
デルピュネーが口づけを終えると、彼女は憂うような表情で言った。
「私に出来るのはこの子供に力を送り込むだけです。この子を起こすことはできませんでした」
デルピュネーがゲイルを差し出し、カンソウは受け取った。そして少しだけ暗い場所へ行き、ゲイルの顔色が驚くほど良くなっていることに気付いた。
「な? カンソウ?」
セーデルクが言った。
「ああ」
カンソウはデルピュネーを振り返った。
「デルピュネー殿、ありがとうございます。貴女のおかげで我が弟子の顔色が良くなりました」
「セーデルクから聴きました。白き竜の元へ行くのだと。それまでは十分力は残っているでしょう」
「ありがとうございます」
カンソウはもう一度心から礼を述べた。そしてここでの自分の番は終わったことを何となく察し、ゲントと共に入り口へ戻って行った。その最中、背後からはセーデルクが楽しそうに語らう声が聴こえたのであった。




