「洞窟での出会い」
茂みを踏み倒し、枝葉を振り払う音がする。それは本当に自分達が立てている音なのか、それともドラゴンモドキのような森の脅威の方なのか、カンソウは疑心暗鬼になりながら足を進めていた。
この天蓋の如く空を塞ぐ樹海の中でも強烈な風が吹き抜け、木の枝がしなり、そこに現れた灰色の天空から物凄い量の雨がここぞとばかりに一同の身体を冷やした。
カンソウは外套を背中のゲイルに掛けると、鎧姿になり、先を行くゲントとセーデルクに続いた。
それから歩き通しだったが、急にゲントを残してセーデルクが戻って来た。
「どうした?」
カンソウが問う頃には、後衛のフォーブス、デ・フォレストも合流していた。
「洞窟を見つけた。この雨風では自然に適応してる連中の方が有利だ」
つまり、樹海での脅威となる生き物達にとって冷たい雨で身を震わせ、大声を上げなければ聴こえない風のざわめきは有利になるということだ。
ゲントがこちらを見ている。
「私は賛成だが」
フォーブスが言った。
「カンソウ、ゲイルの身を冷やすわけにもいかぬだろう。しばし、暖を取ろう」
弟子のために先に進みたいという心境をフォーブスは見抜いていたようだ。
「カンソウ!」
煮え切れないカンソウをデ・フォレストも説得するように声を上げる。
確かに、風邪など引けばここでは助けが無い。
「分かった」
カンソウは頷いた。
「だが」
「分かってる。森の連中のねぐらかもしれねぇ。可能なら一戦交えるぞ」
カンソウは注意深く進言しようとしたが、セーデルクにはお見通しであった。
意気揚々と歩んで行くセーデルクとデ・フォレストの背を見ていると、フォーブスが、肩を叩いた。
「ゲイルの心配も分かる」
「ああ、行こう」
カンソウもようやく心を決め、フォーブスと共に歩み出した。
2
濡れぬようにカンソウ以外の者が外套の下に薪を庇って持っていた。
丘の下をくり貫いたような洞窟は大きな生き物の住処なのか、予想よりも幅も高さもあり、松明の光りが追い付かなかった。
フォーブスとカンソウを残し、セーデルクとゲント、デ・フォレストは更に奥へと進んで行き、やがて灯りも見えなくなった。
「随分、深いようだな」
カンソウはあの三人では心配だと思っていた。セーデルクとデ・フォレストは、スキュラの罠に掛かった程だ。しかし、それを退治したゲントもいる。思えば、ここに来てから、沈黙の戦士ゲントの活躍が目覚ましい。ならば大丈夫か。
その時、洞窟の向こうから、足音が慌ただしく反響し松明りが一本だけ戻って来るのを見て、カンソウとフォーブスは目配せして腰の武器を手にし緊張状態に入った。
誰が戻って来たのかは知らないが、残り二人はやられたのだろうか。
戻って来たのはデ・フォレストだった。
「すげぇ! すげぇぜ、フォーブス!」
若者の顔はギラギラした目を見せ興奮しきっていた。まるで魔性にとりつかれたかのような表情であった。
「デ・フォ、落ち着け、セーデルクとゲントは?」
「女と話してる」
「女!?」
カンソウとフォーブスの声が重なった。
セーデルクはまたも女でやらかしてしまったのだろうか。
「だが、それよりもすげぇのは、金銀財宝さ。あんな数、一生に一度見られるかどうか!」
未だ興奮気味に話すデ・フォレストを置いて、カンソウは洞窟の中を駆け出した。
「あ! こら、カンソウ! 財宝は山分けだぞ!」
デ・フォレストの声が響いて聴こえたが、カンソウとしてはセーデルクとゲントの身が心配であった。
遠く、幾つもの神々しい光りが浮かび、二つの松明の灯りを覆い隠すほどであった。だが、安堵した、戦いは始まっていない。カンソウに言えることは、その女とやらは人ではないということだ。神話に出て来るエルフだろうか。
しかし、合流して見て、無事なセーデルクとゲントの間から女の姿を見て驚いた。
煌びやかな灯りが女の冷淡そうなだが美しい顔立ちと細い腕と胸だけを隠した華奢な身体を照らす。が、下半身は蛇の胴体と尾であった。真っ赤な鱗を見て、カンソウはそれでも半人半魔の女を斬る気は失せていた。
女は厳しい顔でカンソウを睨んだ。女の姿を映し出しているのは、背後にうずたかく積まれた財宝自体が光りを発し合い輝いているからであった。
デ・フォレストとフォーブスが合流すると女は言った。
「ここから去りなさい。私は宝の番人」
堂々とした声は顔の通り若々しかった。スキュラと言い、言葉が通じるとは思わなかった。
「デルピュネーだ」
フォーブスが言うと女はそちらを睨んだ。
「宝に用はない」
セーデルクが言った。
「ただここで雨を避けさせてはくれないだろうか?」
セーデルクにしては丁寧な言葉で述べていた。
「ならば、人間達よ、ここへは足を踏み入れるな。先へ戻れ」
「分かった、戻ろう。行くぞ、お前ら」
セーデルクが言い、先に歩み始める。
「でもよ、こんなに宝があるんだぜ?」
デ・フォレストが慌てたようで言った。
女はエメラルドの瞳を向けて若者を睨んだ。
「小僧、俺達は盗賊じゃない。ゲイルを助けに来たんだ。行くぞ」
セーデルクが厳しい声で言い、フォーブスも頷くとデ・フォレストは、不満げな顔をしたが、全員で引き上げて行った。背後から女のエメラルド色の強い視線を感じながら、男達は洞窟の入り口付近まで戻ったのであった。




