「森のヌシ」
木々を薙ぎ倒し、小山が突撃してくる。
カンソウらは散り散りになって、迷い込んだと思われるベヒモスの突進を回避していた。
「おい、でたらめな奴が、でたらめなことしてやがるぞ!」
デ・フォレストの声が聴こえた。こいつはカンソウらの手に負えない相手であった。これよりも小柄なドラゴンモドキの方が可愛いくらいだ。
また木が圧し折れ、大地を鳴動させベヒモスが突っ込んで来る。
その狙いはカンソウであった。カンソウはゲイルを背負いながら回避の体勢に入った。
だが、その両者の間にゲントが悠然と割って入った。そしてほぼ広場となりつつある場所でトマホークを振り上げ、駆け抜けて来たベヒモスの頬を思い切り殴りつけた。
ベヒモスは短い声を上げてその場に倒れて落ち着いた。
「すまん、ゲント、助かった」
カンソウが歩み寄った時だった。
突然、地面がうねり、次の瞬間太い弦がゲントの身体に絡みつき、締め上げた。
「ゲント!」
カンソウは驚いて叫び、邪悪と言えど植物の弦なら千切れないことも無いと思い、歩み出そうとした。
「まて、カンソウ! こいつは化け物だ!」
「悪意のある植物だろう?」
フォーブスの制止にカンソウはそう尋ねたが、次の瞬間、ゲントを持ち上げ、地面に叩きつけたところで、その細い顔が下りて来た。黄色の眼球にある縦長の瞳孔がこちらを睨む。
「我が寝所をよくもこうもやってくれたものだ」
細い顔はまるで蛇であった。いや、蛇でほぼ間違いない。違うのは小さな翼が生えているだけである。
「人の言葉を喋るのか!?」
カンソウが動揺しながら思わず問うと、翼の生えた大蛇はフンと息を鳴らした。
「人間ども、我が領地に何用で入ったか?」
仲間達は近くに居たが散開している。後ろでゲントが起き上がる気配を感じ、カンソウは畏怖を覚えながら言った。
「背中の少年を助けるために山脈へ向こう所だ。そこで白き竜に会い、治して貰うのだ」
「また竜を目覚めさせようというのか。たかが、人間一人のために。気安く神々を愚弄するな」
大蛇はそう答え、尻尾を地面に叩きつけて音を出した。
「あと、三回鳴らす前にここから失せろ。無論、竜の方角へは行かせん」
「人の言葉を理解する大蛇よ、あなたにとってはたかが一人の人間の命かもしれない。だが、私にとっては、とても大切な人間なのだ。阻むと言うなら戦うまで」
「よく言ったカンソウ!」
セーデルクの声が聴こえた。
「ふむ、音を鳴らすまでも無いということだ。決裂させたのはお前達だ。恨むなら浅はかな己の決断を呪うのだな」
大蛇がするすると地を滑り、一気に鎌首を上げてカンソウに喰らい付こうとした。
「舐めるなよ!」
カンソウはその口目掛けて、それでもデッカードとの約束を忘れず、競技用の鈍ら剣で殴りつけた。
大蛇は頬を打たれ、顔を引っ込めた。
「行くぜぇ!」
セーデルクがカンソウの隣を掛けて行き、刃引きされた大剣を振りかぶった。が、そのままの形で動かなくなった。
「セーデルク?」
カンソウが問うと、フォーブスが言った。
「伝承にあるバジリスクかもしれん! 目を見るな!」
「とは言うが」
カンソウは視線を下に向けてながらセーデルクを庇った。
セーデルクは口を開け、そのまま硬直していた。
「こうなりゃゲント! 頼みの綱はお前だ! 俺が動くから、デカいのを頼んだぜ!」
デ・フォレストが駆け出し、ファルシオンで威嚇した。
「小賢しや!」
大蛇がデ・フォレストに噛みつき攻撃を加えようと、身体を走らせる。
デ・フォレストは軽快な足さばきで、大蛇を引き付け、カンソウの回りを一蹴した。
そしてデ・フォレストとゲントがすれ違う。
ゲントはトマホークを横に振り上げ、大蛇の横面をこれでもかというほど殴りつけた。
大蛇は二十メートル以上もある身体ごと茂みの中へ吹き飛ばされた。
「ゲント、様子を見に行くぞ」
フォーブスが鈍器を手に、ゲントを誘い、茂みの中へと踏み入って行く。
だが、二人はすぐさま、茂みから飛び出した。
茂みの上から大蛇が見下ろしていた。
「人間達よ、この場は譲ろう。だが、我が樹海を甘く見るな。精々、迷いのたれ死んだときに我が喰らいに行ってくれるわ」
大蛇はそう言い残すと、茂みの中に顔を沈めた。地面の枯葉や枯れ枝が鳴る音がし、それが遠くになると、一同はようやく安堵した。セーデルクも動きの途中から解放され、本気で剣を振るうつもりだったらしく、一動作を終えてこちらに来た。
「ようやく動けた。尊大な化け物だったな」
「奴の言葉から察するに、おそらくはこの森の主だろう」
フォーブスが言った。そして昏倒しているベヒモスを見る。
「行こうぜ、こんなところで止まってられねぇぜ」
デ・フォレストの言葉に一同は頷き、再び隊列を整えて茂みを掻き分け森の中を歩んで行った。




