「神託を受けし仲間達」
カンソウは荷馬車を借り受けると、二頭の馬に引かせ、自分は御者席へ、ゲイルを荷台に寝かせた。幌付きの馬車だ。太陽の光りを遮るが、雨を通さない。一日半掛かるといわれている道のりである。馬の体力もある。白き竜もそのぐらいは御目溢ししてくれるだろう。
南門へ向かう。帝国自然公園がどんなものか分からない。ただ色々な希少な動物が暮らしているとだけしか風聞には入って来なかった。
前方を見て、カンソウは思わず馬車を止めた。
四騎の馬乗り達が道を塞ぐように立っていた。
「悪いが急いでいる。退いてくれ!」
カンソウが言った時、その顔触れが目に入って来た。
セーデルク、フォーブス、デ・フォレスト、ゲントであった。
「よぉ、カンソウ、同行するぜ。例え地獄の果てまでもな」
セーデルクが言った。
「どういうことだ?」
カンソウはまるで理由を知っている様な相手の口ぶりに驚いていた。
「我々はそれぞれ白き竜から神託を受けたのだ」
フォーブスが口を開く。
「白き竜からの」
「そう、神託だ」
デ・フォレストが言い、カンソウはゲントを見た。だが、ゲントは頷きもしなかった。しかし、ここに居るということは彼もまた神託を受けたのには違いない。
全員が微笑んでいる。ゲントも兜の下ではおそらくそうだ。カンソウは自分が今まで不安でいたことに気付いていた。なので、彼らの申し出がありがたかった。例え、神託だろうが、地獄の底までついて来てくれる心意気を持った仲間達だ。
「すまんが、よろしく頼む」
カンソウは馬上で頭を下げた。
2
「ゲイルは転がって無いか?」
カンソウは出発後、時々、心配になり最後尾を守るセーデルクに声を掛けた。
「しっかり布団に固定されているよ、何度も言うが転がるようなら俺が声を出す。俺の位置から小僧の様子は真っ直ぐ見えるからな」
「分かった」
カンソウは答えると、前を行くフォーブスを見た。あの時、武器庫で選んだカッツバルケルではなく、棍棒を腰に提げていた。皆そうだが、旅姿であり、それぞれ毛布代わりの外套を纏い保存食の詰まった背嚢を手にしていた。
「なぁ、ところで帝国自然公園に行ったことある奴はいるか?」
馬車の右を走るデ・フォレストが全員に尋ねた。
「ねぇな! 興味すら無かった」
セーデルクが答える。
「希少生物を放し飼いにしているとしか聴いたことが無い」
フォーブスが振り返って応じた。
「やっぱりそんなもんだよな。竜の神様もカンソウの共に俺を寄越してるし、何が待っているのやら」
全くデ・フォレストの言う通りだった。ゲイルを抱えたカンソウ一人では白き竜のもとには辿り着けない。それほど道は過酷なのだろうと、カンソウも思った。
「日暮れだ! 馬も疲弊してるし、休憩にするぞ!」
セーデルクの声が後方から響いた。
夜、夜盗が現れる心配も無いが、それでももしも何かが起きればということで、交代で見張りに就くことになった。
だが、まずは腹ごしらえだ。保存食のビスケットのような食感の小さなパンを口に運びながら、自然と全員の視線はゲントへ向けられていた。
ゲントもバリボリと食事を食べている。だが、上げられたバイザーの下の顔は都合よく闇が隠していた。
それから、午前の部についての話を聴き、ヒルダ、ガザシー、デズーカが有力候補として観衆の目を奪っていることを知った。セーデルクとフォーブスは、それぞれの相棒を試合に出し、育てているところである。
そしてチャンピオンの話になるかと思ったが、カンソウとゲイルのたった数分のチャンピオンのことを思い出したのか、誰も触れなかった。
セーデルクとゲントが初めに寝た。カンソウも寝ることになったが、なかなか眠れなかった。
3
「師匠」
不意に酷く懐かしく思える声が聴こえた。
カンソウは小川のせせらぎの前に立っていた。大小の小石が埋め尽くし、空は厚い曇に覆われている。しかし、それでも穴があり隙間から白い光りの帯を伸ばしていた。
「師匠ってば」
右手を掴まれ、カンソウをようやくそちらを見た。
ゲイルが立っていた。闘技に出る姿である。カンソウは言葉を失っていたが、代わりに涙を流した。
「泣くこと無いじゃない。俺は師匠を信じてるよ。だから、まだこの流れの向こうには例え大切な誰かが待っていても行くつもりは無い」
カンソウは一度死んだと言ったサラディンの思い出話を振り返り、頷いた。
「絶対に渡るんじゃない。必ず私がお前を助ける」
「うん、信じてる」
ゲイルは満面の笑みで頷いた。
それが夢であり、仲間達が気を遣って朝まで寝かせていてくれたことにカンソウは感謝し、夢のことを話してみた。
「ああ、小川の話だな。有名だぜ、小川の向こうに渡った時、それは死んだことを意味するってな」
セーデルクが言った。
「おい、待てよ、ゲイルの奴は渡って無かったんだろう?」
デ・フォレストが血相を変えてカンソウに尋ねた。
「ああ、私と同じ側に居た。ゲイルは待っている」
「ならば、行こう。白き竜のもとへ」
フォーブスが言い、全員が頷き、立ち上がったのだった。




