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「それぞれの思い」

 ゲイルはよく堪えた。カンソウがまだ寮の運営に慣れず手一杯になっていることを知ってか、午後の試合に出ようとは一言も言わず、屋内演習場で一人稽古に励んでいた。

 カンソウは闘技戦士達にもしものことがあれば、というのもルドルフの報復だが、闘技戦士達が怯えてしまうだろうと思い、引率した。

「みんな、頑張って来い!」

 カンソウはそう言うと、コロッセオの外の新しくできたカフェテラスで、コーヒーを飲み、新聞を広げていた。そこには大々的に虎の子がオープンしたと載っていた。詳しい場所、そしてカンソウの名前があった。衣食住込み、闘技戦士であり続けようとする人達を歓迎します。まだまだ募集中。最後にそう記されていた。

「カンソウ?」

「ん?」

 名を呼ばれ新聞から目を上げると、そこにはセーデルクが立っていた。

「聴いたぜ、お前、寮の管理人になったそうじゃないか」

 そう言うセーデルクはどこか笑顔が曇っているようにも思えた。

「ああ。ゲントの調子はどうだ?」

「なかなか良い。だが、時間は必要だろうな」

「そうか。フォーブスやデ・フォレストはどうだ?」

「俺はあいつらの仲間じゃない」

 セーデルクはそう静かに言い切ると、真面目な表情になった。何を尋ねられるのだろうか。無意識にカンソウも身構えてしまう。

「お前、もう、戦わないのか?」

 セーデルクの問いに対する答えは難しかった。カンソウはセコンドとしてゲイルが求める限りはいるが、もう、引退した気でいた。寮の管理人の仕事は忙しくやりがいがある。

「そうかもしれない」

「……歯切れが悪いな」

 セーデルクはそういうと、舌打ちした。

「待ってくれると思ったが、一足先に引退か。確かに歳だからな」

 セーデルクの皮肉には悲しさが混ざっているのをカンソウは察した。セーデルクとの友誼もこれまでかと思われた。フォーブスもそうだが自然と集まった仲間達であった。ヒルダやデズーカとは違う友情を感じていた。

「小僧はどうするんだ?」

「ゲイルが俺を必要とする限り、セコンドには顔を出す。だがな、俺には午後は早かった。昔の様にシングルマッチに戻ってくれれば顔も出せただろう」

「お前の言い訳は良く分かった。午後の戦士どもにビビッて、昔を憂うただの年寄りだ。カンソウ、悔しくないのか? 戻って来い、午前でも午後でも、お前は満足かもしれないが俺達は勝ち逃げされた気分で落ち着かねぇんだ。お前が居てこその俺達だった。小僧と相談して良く考えろ。引退はまだ早い」

 セーデルクはそう言うと踵を返してカフェから出て行った。

 カンソウはセーデルクの真剣な熱い檄に応じてやれないのが残念だと思った。もう良いのだと思っている。フレデリックと剣を交えることができた。後は弟子の時代だ。

 ふと、外に虎の子の闘技戦士が出て来たのを見て、カンソウは勘定をして自分も外へ出た。セーデルクはいなかった。



 2



 午後は午後で、闘技戦士達の育成に当たらねばならなかった。ゲイルの姿は屋内演習場には無かった。

 カンソウは基礎的な剣の振り方を教え、後は目の前にある人の頭部と胸部を模した藁人形に正確に剣を打ち込ませた。

 ゲイルと一度話をしなければならない。

 カンソウはずっとそう思っていた。

 ジェーンにゲイルを見かけたら教えてくれるように頼んだ。ジェーンを筆頭にした住み込みの料理人組の抜擢は大成功だった。お金さえあればバランスの良い、美味い食事を作ってくれる。カンソウはキノコが苦手だが、闘技戦士達に残さず食べるように既に伝えているため、自分も噛まずに水で胃へ流し込むという子供の様な真似をして乗り切っていた。

 そして今日も夕食の時間が来た。

 ゲイルが戻って来た。

「ゲイル」

 どこへ行っていた? とは言えなかった。子供と大人の境だ、妙な詮索は癪にさわるだろう。

「何だい、師匠」

「時間が取れず悪かった。一度、話そう」

「話すことなんかないよ。師匠には師匠の役目ができたんだから、それで良いと俺は思う」

「ゲイル……本当に私達はこれで良いのだろうか?」

 玄関口でブラックラックと警備兵が遠慮して姿を消していたのも知らずにカンソウはそう尋ねていた。初めて弟子に縋ったような気分であった。よく顔を見る。少年の顔はいつの間にか大人びてきていた。

「良くない……。だけど、寮の管理人の仕事をしている師匠は戦うよりも生き生きしているようにも見える。忙しいだけかもしれないけど」

「誰か新しい相手を見つけていたのか?」

「まぁね。だけど、駄目だ。師匠、鈍色卿をやっつける目標を忘れてはいないよね?」

「勿論だ」

「だったら、午後の試合には出よう。師匠はセコンドに居てくれるだけで良い」

 やはり、俺の実力では六年前と違い、今の午後では通用しないと無意識にゲイルも思っているのだろう。カンソウは少し悲しい気持ちになった。だが、弟子が求めているのならセコンドとして立とうでは無いか。

「分かった、午後の試合に出よう。鈍色卿を打倒しなければ」

「そうこなくちゃ」

 ようやく笑い合うことができた。カンソウは安堵していた。

 食事の配膳が始まっていた。闘技戦士達がカウンターに並んでいる。

「美味そうなにおい。俺達も行こうぜ、師匠」

「よし」

 二人は久々に足並みを揃えた。打倒鈍色卿。この宿場町の治安を悪くするルドルフ党を解散させるには誰かが奴らをチャンプから引きずり下ろす必要がある。

 カンソウは満足そうに飯を平らげる闘技戦士達を見てそう決意を新たにしたのであった。

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