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「寮の完成」

 カンソウの早起きの楽しみは、無人のコロッセオの前で竜に祈りを捧げることと、自分が寮長として入る建物の完成具合を見ることだった。特に後者はどんどん形になってきているので緊張も覚えていた。

 面接も落ち着いて来たのでコロッセオへの挑戦も再び始めた。

 観客の鬨の声のような声援、煌めく太陽、踏み固められた土の大地がカンソウとゲイルを待っていた。

 カンソウは自分の出番をゲイルに譲る様になった。

 ドラグナージークの引退後、フレデリックとも剣を交えることが叶ったうえ、寮長という役目にも就くことが決まり、自然とだが、もう自分の出番は終わったのだと思うようになった。なのに鍛えることを止められない。寮長としての体面を保つためだ。希望を見失った闘技戦士達に光りを見せるために自分はいつでも強くなければならない。

 ゲイルはやはり苦戦している。一人あたりに対する体力の消耗が激しいのだ。カンソウは叱咤するが、ゲイルは殆ど二回戦で終え、三回戦へ進めば良い方であった。

 ウォーとカーラ、フレデリックとマルコ、スパークとボルト、ドラグフォージーとサラディン、今、壁となって立ちはだかっているが、決して勝てないわけでは無いのだ。しかし、疲労困憊、あるいは満身創痍になる。カンソウも驚くほど、彼らは鍛え抜かれていた。

 だが、弟子は諦めない。惚れた異性であるガザシーが上がってくるまでに立派になりたい。そう言って、カンソウを引き連れて体力作りに励んでいた。

 そんなある日、午後の試合に向かうべく支度を整えていると、顔見知りのウルドの使いがやって来た。

「カンソウ殿、お待たせしたな」

「もしや! ついに!?」

 カンソウが察すると使いの職人は頷いた。

「ゲイル、今日の試合は無しだ。寮が完成した!」

 カンソウは興奮して二階へ呼び掛けていた。



 2



 とても大きな建物であった。何故なら屋内演習場が設けられているからだ。

 部屋はさすがに少し狭いが四十もある。一階は大きなホールと炊事場となっていて、ここにテーブルや椅子がたくさん運び込まれる予定だ。四階建ての建物の意外を通り越して早い完成にも度肝を抜かれていた。それだけシンヴレス皇子が熱心だったということだ。

「ひええ、すげぇじゃん!」

 ゲイルが茫然としながら言った。

「今度から我々もここを根城にするぞ」

「ほえー」

 ゲイルは驚いてばかりだった。

 シンヴレス皇子とサラディンがその後に来た。こちらはウルド直々に迎えに上がったようだった。

「これは凄いね。コロッセオが出来た時も嬉しかったけど、道に迷っている闘技戦士達がもう一度希望を持ってくれる彼らの居場所になるのかと思うと、本当にぴったりだ。ウルド殿、皆さん、本当にご苦労様でした」

 皇子自らが職人らに頭を下げるのを見て、カンソウも倣った。

「久々の大仕事を与えて下さってこちらこそ、感謝いたしております」

 老練の棟梁ウルドが微笑んで応じた。

 それから、シンヴレス皇子に家具や寝具、調理器具など、必要なものをまとめたリストを渡し、まるで露店の匂いに誘われたかのように、小柄だが板金鎧を着こなしたブラックラックが現れ、今日から役目に着くと言った。確かにルドルフ党の奴らが何かをしに来るかもしれない。カンソウとゲイルもブラックラックと他の四人の警備兵と共に完成した寮の前で一夜を過ごすことにした。

 そしてその夜、篝火を前にカンソウとゲイル、ブラックラック他の警備兵が建物の番に当たっていると、遠くから幾つもの炎の柱がこちらへ向かって来るのを見た。

「あれが、そうか?」

 ブラックラックが尋ねて来る。

「ああ」

 カンソウは頷いた。

「幽霊じゃないのなら造作もない」

 果たして現れたのは怒りの形相のルドルフと、ルドルフ党の小悪党となってしまった闘技戦士達であった。

「ちっ、居やがったか」

 ルドルフが舌打ちする。

「ルドルフ、いい加減、逸れた道に走るのは止めろ。お前だけなら良いが、わざわざ心折れた闘技戦士達に堕落の道を共に歩ませようとするな」

 カンソウは言葉を続けて松明を手にする大勢の夢破れ困窮している闘技戦士達に向かって呼び掛けた。

「聴いてくれ、お前達! この建物はお前達のために作られた! 今一度、闘技戦士に戻るのなら喜んで迎え入れる。食べ物もベッドもある! 特別な場合を除いて闘技に出るだけで良いんだ! こんな素晴らしい計らいがあると思うか? 帝国はお前達を見捨てていない、むしろ歓迎しているのだ!」

 カンソウの言葉に小悪党達が顔を見合わせ、惑いながら囁き合う。だが、そう上手くはいかなかった。

「まさか、オメェら、拾ってやった恩を忘れたりしてねぇだろうな?」

 ルドルフが子分達を一睨みする。

「黙れ、ルドルフ! そういうのは恩では無い! 恩着せがましいというのだ! どうするかは今一度自分達で決めるんだ。差し伸べられた手を握り返すことは何も恥ずかしいことでは無い!」

 カンソウが一喝するが、ルドルフだけは怯まない。分かっているのだ、力と金の力で彼らを子分達をいつまでも縛り付けて置くことなどできやしないと。その証拠に小悪党になってしまった闘技戦士達が、互いに言葉を交わし合っていた。

「裏切りは許さねぇ! だが、まずは小うるさいカンソウ、テメェの首を刎ねてからだ!」

 ルドルフが剣を抜く。篝火で刃が赤く煌めく。

「ルドルフ」

 カンソウが剣を抜こうとすると、ブラックラックに手で制された。

「ここは私の出番だ。ルドルフとか言ったな、逆に首を刎ねてやるよ。真剣を抜かれた以上、こちとら正当防衛が成り立ってくれる。ありがたい。だから、死ね!」

 ブラックラックがレイピアを突き出した手をカンソウは素早く掴んだ。

「何をする!? 寮長殿!?」

「殺す必要はない。見ろ」

 ルドルフは尻もちをついていた。

「こいつはただの小賢しい脅威だが、脅威には変わりない。放っておくと害になる」

 ブラックラックが言ったが、正にその通りである。こうして夜襲を狙って来るような男だ。色々と今後も面倒な手段を高じて来るだろう。だが、カンソウは望みを抱いていた。ルドルフの後ろにいる小悪党達が改心すれば、ルドルフは一人になる。一人でちょっかいかけてくるほどの度胸は無い。

 ルドルフは立ち上がり、青ざめた顔で手下達の中へ紛れ込んだ。

「覚えてろよ、カンソウ!」

 そう言って今宵はルドルフ党は引き上げたのであった。

「師匠、良いのかい? ブラックラックさんならルドルフを殺していたけど」

「ゲイル、人の命はそう簡単に奪われて良いものではない」

 カンソウはそういうと、篝火を振り返り、あの日を思い返していたのであった。

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