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「強い警備兵」

 新たに清掃員を募集に増やしたが、やはり、給与の額面が未だに出ない以上、志望者はなかなか現れなかった。最初に来た数人の履歴書を読み直し、いずれも前向きで頼れそうだと判断してはいたが、まだ待つことにした。

 ジェーンは年齢的に案内嬢の恰好をするのが自分でも厳しくなってきたと言っていた。そんなことは無いとカンソウは熱烈に思った。レオタード姿のジェーンはまだまだ若々しく綺麗だ。しかし、ジェーンは微笑んで、私達で立派に運営しましょう。と、言ったのであった。

 このところカンソウは試合に出てはいない。志望者が訪ねて来る可能性があるからだ。ゲイルには試合を観て来いと言ったが、弟子はカンソウに同情したのか、宿の裏で鍛練に励むと言って、一日中、剣を振ったり、技を磨いていた。

 午後の部が始まるのだろうなと、窓から見えるコロッセオの影を眺め、うずうずしていた。

 堕落しているとすればそうかもしれない。しかし、その腑抜けた具合は一気に吹き飛ぶこととなった。

「たのもー!」

 そう明朗な声が響き渡り、扉を三度ノックされた。

「どうぞ、入って下さい」

 カンソウも面接官の顔になり、声を掛けると、そこには板金鎧で身を包み、腰にレイピアと、これまた珍しい、ソードブレイカーを同じく提げて、バイザーの下りたフルフェイスの兜をかぶった、騎士と見まがうほどの戦士がいたが背は低かった。

「こちらで警備兵を募集していると伺ってきたが」

「ええ、そうです」

 カンソウは努めてニコニコしながら頷いた。

「まだ定員に達しては?」

「おりませんね」

 カンソウは笑顔の下で相手を鋭く観察していた。何せこれほどの武装だ。採用されるために盛ってきたという可能性もある。

「どうぞ、お座りください」

「ああ、失礼する」

 相手は慣れたように腰を下ろした。

 普段から甲冑は着ているようだな。と、カンソウは好印象を持った。しかし、警備兵志望者にだけは特別な試験が用意されている。カンソウは紙に書かれた丁寧な文字を眺めつつ尋ねた。

「私塾の塾長を破り、師範の免許を持っていると記されておりますが、剣には自信が御ありですか?」

 といいつつ、刃の無い突くことだけに特化したレイピアを見ると、心細くなる。

「いかにも」

 堂々と相手は答えた。

「遅れましたが、お名前はブラックラックさん」

「その通りだ」

 尊大な態度だな。だが、ルドルフ党の数だけ見て顔を青くされる心配はなさそうだ。

「何故、こちらの警備兵を志望されたのですか?」

「金が欲しいからだ。そちらはまだ給与について掲示物には書き記してはいなかったが、それならば警備兵など私一人で十分だ。その代わり、給与は弾んでもらうつもりだ」

「大きく出られましたな。では、面接は終わりにして採用試験を受けていただきましょうか」

「そんなものがあるのか?」

「警備兵ですからね、強くなければ頼りにはできません」

「成程。では手っ取り早く剣で試そうでは無いか」

「話が早くて助かります。裏へご案内致しましょう」

 カンソウが立ち上がると、ブラックラックも椅子から腰を上げた。



 2



 ゲイルが愉快気に見守る中、カンソウはブラックラックと共に剣を抜いて睨み合っていた。

 レイピアは本物だ。ソードブレイカーも。一方こちらは競技用の両手持ちの剣である。

 レイピアなど貴族の嗜みの様なものだ。戦とコロッセオで磨いた我が剣が負けるなどはよもや無いだろう。カンソウはそう思いつつ、少し小柄な相手を見ていた。一つ感じるものがある。強いか弱いかの部類で言えば強い方だろう。ブラックラックは完璧に鎧を着こなしていた。

「ゲイル、審判を頼む」

「分かった」

 ゲイルは頷くと続けて言った。

「試合開始!」

 ブラックラックが悠然と踏み出したと思った瞬間、甲冑を鳴らして突っ込んで来た。レイピアでカンソウの胴を狙ってきたが、カンソウはこれを剣で受け止めた。

 そのまま競り合いながら剣越しにブラックラックが問う。

「剣を圧し折るが良いか?」

「は?」

 カンソウは訳が分からずそう返した自身を次の瞬間、間抜けだと自らを罵った。

 ブラックラックは左手で、頑健なノコギリ刃のあるソードブレイカーを取り出したのだ。

 ソードブレイカーは文字通り、剣を圧し折るための短剣だ。しかし、カンソウの握っているのは頑健な大剣クレイモアーである。その刃を圧し折れるわけがない。

 と、思った瞬間、ブラックラックはソードブレイカーをこちらの剣にぶつけ、面妖な刃に噛ませると一気に引いた。

 激しい金属の断末魔の悲鳴が轟き、カンソウのクレイモアーは半ばから断たれたのであった。

「すげぇや、師匠どうする?」

「あ、ああ。……合格です、ブラックラックさん」

「我が腕を認めて貰えて光栄だ。できればもっと戦いたかったが」

 ブラックラックはそう返す。

「そんなに強いのにコロッセオには出ないのかい?」

 ゲイルが尋ねるとブラックラックは言った。

「我が剣術は見せ物ではない。必要のあるときだけの引き抜かれるものなり」

「かっけー」

 ゲイルが拍手した。

「では、ひとまず、建物が出来上がるまでの支度金をお渡しする、部屋へ来てくれ」

 カンソウはそう言いながら、世界の広さに驚いていた。世界の強者はコロッセオに夢中だと思ってばかりいたが、そうではないのが此処に居たのだ。

 ルドルフ党を相手にする際は大いに役に立ってくれるだろう。

 部屋に戻り、契約書に署名を貰うと、カンソウは皇子から預かった支度金を手渡した。警備兵は確かに締め切りにしても良いだろう。

 カンソウはゲイルと共に再び町中の掲示板を回って、警備兵の募集を締め切った旨を書き加えたのであった。

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