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「失意のゲイル」

 医務室には医者も看護師もいなかった。よほどのことで無いと現れない者達であった。今は、ベッドが並ぶ広い室内にゲイルが一人きりで横たわっていた。

 ゲントに負け、ヒルダの一撃を受けてこの弟子は何を感じ取っただろうか。何せ十四歳だ。カンソウは実践が早かったのかもしれないとも思うようになっていた。

 ゲイルは右腕で両目を隠している格好であった。

「大丈夫か?」

 カンソウが声を掛けると、目を隠したままゲイルが応じた。

「ああ」

 涙声であった。カンソウは別に驚かない。だが、確信した。実践はまだ早かったのだと。

「なぁ、師匠。ヒルダは強すぎるよ」

「だろうな」

「あんなの倒せって言うのかい?」

 カンソウは瞑目して、言った。この弟子は自信を失いかけている。

「三つ、提案がある」

「何さ」

「一つ目は目標を変えてコロッセオに挑戦すること。もう一つは武者修行をしながら各地を放浪すること。三つめは闘技戦士を志すのを辞めることだ」

 ここでガバリと半身を起こすものかと思ったが、弟子は相変わらずの姿で黙っていた。

「ヒルダみたいなのがゴロゴロいるんだろう。軽口叩いたけど本当はゲントだって強かった」

「そうだな、ヒルダみたいなのがいるのが午前の部だ。決して甘くはないということが分かったろう?」

「ああ」

「強くなるには鍛えねばならん。だが、俺の教えでは限界がある」

 カンソウは本当のことを言った。カンソウ自身もかつて午後の部には及ばない程度の闘技戦士であった。弱者が弱者に教えることなどもうとっくの昔に無くなっていたのだ。

「修練はするさ。だけど、いつになればヒルダやゲントを破れるんだい? 俺はただの小僧だった」

 思ったよりも深く思いつめている。カンソウは彼を弟子として選んだ責任を感じた。そしてどうしても勝利を味合わせてやりたくなった。今のゲイルなら三つ目を選びそうにも思えた。

「三つ目は無しだ」

 ゲイルはそう言った。

「俺は剣でのし上るんだ」

「分かった」

「二つ目も無しだ」

 意外な言葉だった。もっと迷うかと思っていた。

「何故だ?」

「簡単だよ。大陸中の強い連中が集まってるんだ。武者修行だなんて、ロクな相手も残っていないよ。旅するだけ無駄だ」

 ゲイルは言葉を続けた。

「ここで挑んでここの連中に勝つ」

 ゲイルは腕を払って、真っ赤に泣き腫らした後の顔を見せた。眼が決然とした光りを称えている。カンソウは思わず度肝を抜かれた。これほどの強い意志を弟子から感じたことは無かった。

「目標を変えるってことは打倒ヒルダじゃないんだろう? 俺にとって手頃な相手がいるのかい?」

「ああ。ガザシーと言う本来ならおそらくモーニングスターを得意とする戦士だ。ヒルダと戦って負けたが、ヒルダを翻弄する動きも見せた」

 ゲイルが手と手を叩いた。

 視線を真っ直ぐ向け彼は言った。

「よし、そのガザシーとかいうのを最初の目標にするよ。打倒ヒルダはその後だ」

「よく決意した」

 カンソウはまだ少年の弟子に対して感動のようなものを覚えた。

「そういえば、ヒルダさんだけど、結婚してるんだってさ。旦那が羨ましいぜ」

 普段の調子を取り戻し、ベッドから下りて入り口へ向かう弟子の背を見て、カンソウは対ガザシーのための修練の相手を自分で行うことは難しいことを思い出した。モーニングスターは両手で操るものだ。

 どうしたものか、悩んでいると、廊下から弟子が顔を覗かせた。

「師匠、どうしたんだ? 飯食って早く修練に向かおうぜ」

「そうだな」

 まるで対ヒルダの準備にもなるかもしれないが、縄の代わりに短剣や石を縄の如く投げてみてはどうかと思い至った。

 カンソウは弟子のもとへ歩んで行った。

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