「闘技戦士達への周知」
建物を見て来た。野原に剥き出しの土があり、そこに木組みの建物の骨組が造られていた。見たところ、それなりに大きな宿の様であった。
カンソウはシンヴレス皇子が紹介してくれた現場監督のウルドと言葉を交わし、順調であることを知ると安心して次にやらねばならぬことをしようと思い立った。
まずは前回同様掲示物に取り掛かる。何と書いたら良いものか、しばし悩んで、少しずつ書いては考え、書いては考えを繰り返した。
悪党になってしまった元闘技戦士を刺激することなく穏便にこちらへ引き入れたい。
ルドルフや鈍色卿のもとから離脱するというのは、彼らにとっても後ろめたいだろう。今まで二人の後ろ盾があったからこそ、悪党をやって来れたのだ。
まずは、表面的に正直に訴えてみることにした。生きるために不本意に悪党になっている者達もいるだろう。とりあえずは、表面から少しずつ削ぐようにして、悪党の勢力を減らすことにした。
ゲイルに手伝って貰い、再び町中の掲示板に貼り紙をしてきた。
問題が起こったのは、二日後であった。
職人の一人が駆け込んで来て、虎の子の建設現場にルドルフや大勢の悪党がなだれ込み、作業を中断するしか無いということだった。
カンソウは一人走り、建設現場を半包囲する悪党どもを見つけた。
「コラー! 何やっとるかぁっ!」
一色触発の中、カンソウは注意を自らに向けた。
「カンソウ、テメェ、俺達に喧嘩売ってるそうじゃねぇか」
ルドルフが言った。
「喧嘩なものか、皇帝陛下直々にお前達に機会を与えようとなさっているだけだ。紙に書かれていた通り衣食住、保証する。お前達、もう一度、真っ当な道で剣を持ってみないか?」
悪党どもがそれぞれ顔を見合わせる。
「黙れカンソウ! ルドルフ党に一度入った者は逃げられん。お前をぶちのめした後、その目障りなのを燃やして破壊してやるぜ! 野郎ども!」
「おう!」
悪党どもがジリジリと迫り、剣を抜いた。が、彼らもまた刑法に違反するのを恐れたか、刃引きしてある競技用の剣を抜いていた。
「カンソウ、加勢するぜ」
現場監督のウルドが言い、職人達がその前に出て来る。
「いや、それはまずい。皇子殿下自ら紹介してくれたあなた方の手を煩わせるわけにはいかない。気持ちだけで十分だ」
「ルドルフ、退け! 他の者達もよく考えるんだ。これは別に有利不利の問題では無い。もう一度闘技戦士として挑戦し続けるならば、全力を持ってバックアップするというだけの話だ」
背後で職人達が作業を始める音が聴こえた。
「黙れ、良いか、お前らもう一度言うぞ。ルドルフ党に入った者はもう逃げられない。逃げた奴は地の果てまでも俺が追って叩きのめす」
カンソウは思わず笑った。
「お前がか?」
「そうだ!」
ルドルフが応じる。
「お前の脚力が地の果てまで続くとは思えんな。心配するな、逃げられる」
「こ、この野郎!」
ルドルフが激昂し、白刃輝く剣を振り回して向かって来た。
カンソウはそれを蹴り一つで沈めた。
「ルドルフとはこの程度の男だ」
悪党達を見て言うと、倒れたままのルドルフが笑った。
「野郎ども、忘れたか、俺達の背後には鈍色卿がいらっしゃる! 現チャンピオンで、そのカンソウを軽く敗退させた経歴を持つお方だ」
カンソウは少しだけ焦った。鈍色卿に出て来られてはカンソウでも勝ち目が無いのは事実だ。しかし、幸いにしてその鈍色卿が居合わせていなかった。
カンソウは笑わず、ルドルフを見た。
「ルドルフ、これはお前への誘いでもあることを忘れるな。皇帝陛下はお前にも慈悲を掛けて下さっているのだ」
だが、ルドルフは耳を貸す様子もせず怒鳴った。
「うるせぇ! 野郎ども、出直しだ。こんな建物、必ずぶっ壊してやるからな、カンソウ、覚えて置け!」
ルドルフ達が引き上げる。それを見て、カンソウは警備兵の志願者の名簿をもう一度見直すことに決めたのであった。




