「初戦の相手」
午前の試合を観に行くことなく、軽く鍛練をし、食事を終えると、師弟は今度こそコロッセオへ向かった。
ゲイルの顔は晴れやかで良かったが、カンソウは緊張していた。
そして案内嬢がジェーンじゃ無かったことに落胆し、自分がいかに他人に「大丈夫」や「頑張って」などという慰めと応援を欲していたことに気付き、回廊で己の頭をガントレットで小突いた。
「何だい、師匠?」
「何でもない」
二人が姿を見せると、会場が更に賑やかになり始めた。観衆はきっとゲイルに興味を持ったに違いない。そう思うと、カンソウはやりきれない思いを感じた。自分もゲイル程強くならねばここにいる資格は無い。
「ゲイル!」
そこにはドラグフォージーが待っていた。ということはと、その隣を見れば、茶色の外套で身を覆った屈強なる戦士サラディンが当然いた。
「よぉ、フォージー、何回戦?」
「次が三回戦だよ。出るのは私では無いけどね」
「俺のところも、今日は俺の出番じゃないんだ」
主審がお喋りを中断させ、位置に着くように言った。
サラディン、まだ膂力しか知らんが、油断できない相手だ。何せ、ドラグナージークが後を託した男なのだ。
「第三回戦、サラディン対、挑戦者カンソウ、始め!」
二人はしばらく動かなかった。いや、動いてはいた。三歩進み、二歩迂回する。両者はそのままグルリと回って反対の位置になった。
「サラディンよ」
カンソウは声を上げた。
「うむ?」
「俺は警戒するほどの相手じゃないぞ」
「そうであったか。ならば、遠慮、無く!」
茶色の影が見えた、サラディンは鈍色卿並みの動きを見せて一気にカンソウに詰め寄った。
カンソウは虚を衝かれた。頭上から曲刀が振り下ろされる。
その単調な軌道を見切り、どうにか避けたが、サラディンの攻撃は終わらない。突き、一歩前に出て、また突く。カンソウは一歩ずつ下がったが、サラディンの突きの速度が上がって行くのが分かった。
ここいらで止めなければならない。そう思わせる。ゲイルが受けた鈍色卿の目にも止まらぬ連続突きを思い出す。
カンソウは剣を相手の剣にぶつけ、両者は、レイピアを持った騎士の如く、相手の剣を叩いては突きの速い展開を見せた。
まさか、両手持ちの剣でこんなまやかしの様な剣術を披露するとは思わなかった。カンソウにとって苦労する戦い方であった。
鉄の音が絶え間無く鳴っていたが、突然それが止んだ。サラディンが剣を引っ込め、勢いよく手を伸ばしたのだ。そしてカンソウの腕を取ろうとするが、カンソウは辛うじて避け、こちらは斬り付けた。
二歩ほどサラディンは下がると、また一気に詰めて来た。
鋭い刺突がカンソウの胸目掛けて来るが、カンソウは圧倒されながらもそれを避けた。
両者は一旦動きを止めた。
屈強な戦士と評したが、さほど剣が冴えているわけでもない。無論、鈍色卿と比較すればの話だ。ただ油断できないのは踏み込みの速さだ。残像を残して詰めて来る。恐ろしい動きだ。両手持ちの刀身の長く重い剣では片手剣の小細工に逆に不利なのかもしれない。カンソウも誰もが両手持ちの剣を手にすれば、膂力で圧倒するのが常だ。その常識を破らなければならない相手がここに居る。
「カンソウ殿、時間が惜しい。ここらで終わりにさせていただこう」
そう言葉を発した時には相手はすぐ下にいた。目の前に見えていたのは影だったのだ。
カンソウは剣を下段に構え、必殺の一撃を受け止める。
「これを止めるか。消極的な戦いぶりが勿体ない」
勝手なことを、そちらの鬱陶しい小細工さえなければ、積極的に動けるのだ。だが、それは負けを意味する。サラディンの前で全ての膂力を利用しようものなら、空振りに終わるであろう。
しかし、膂力、いや、腕力で言えば、サラディンの片手とカンソウの両腕は同等であった。カンソウは相手の柄を見ながら競り合っていたが、ついに相手は柄に左手をも握った。瞬間、カンソウは頭上に剣を振り上げ、力いっぱい振り下ろした。
激しい鉄の音色が会場を震撼させる。
サラディンの膂力を受け止めたつもりが、やはり押されている。
「砂塵!」
サラディンの掛け声が轟き、剣を押す手に力が入ってきた。
ここまでだ。
カンソウは、瞬時に競り合いから逃れ、薙ぎ払いを仕掛けた。
「ぬぅん!」
叫んだのは相手で頭上から振り下ろした一撃でカンソウの剣の軌道は逸らされ、土を抉っていた。
「しまった」
そう叫んだ時にはサラディンの身体が迫り、鉄の音が一つ鳴り響き、カンソウは兜を打たれた。頭の中が目まぐるしく明滅する。思わず、片膝を着いた。
「師匠!」
「勝者、サラディン!」
カンソウはようやく、視界がはっきりし、サラディンを見上げた。
「良い勝負だった」
サラディンはそう言うとドラグフォージーの方へと歩んで行った。
師弟は会場を引き上げた。
「すまんな、ゲイル。賞金は無しだ」
「良いんだ、師匠。俺の方こそ声を出せずにごめん。邪魔になるかと思ったんだ」
「それは良い判断だったぞ」
「うん。……もし、午後で勝てなくなって宿にも泊まれなくなっても、俺は師匠さえいれば平気だから」
「ああ、ゲイル。そうならぬように互いに励もう」
「うん」
二人はそのままコロッセオを後にしようとしたが、カンソウはサラディンの戦いぶりが気になっていた。あの突きと踏み込みの速さ、鈍色卿に勝てるかもしれない。
観るべきだろうか。
だが、前を行く弟子は鍛練をする方を選んでいる。
強い者が勝つのがコロッセオだったな。サラディンが強ければ鈍色卿が負けるだけだ。カンソウは一笑し弟子との鍛練の方を選んだのであった。




