「休息」
サンダーボルトが去ったあと、すぐに次の戦士達が入場して来た。名も知らぬ戦士達だが、午後に挑戦しているのだ。油断はできない。
「両者、共に位置に着いて」
主審が言った時、ゲイルはまるで上の空のようにヨロヨロと前に進み出した。そして倒れた。
カンソウは驚き慌ててゲイルに駆け寄った。抱き寄せ痛々しい防具の凹みに触れた瞬間、全てを理解した。
ゲイルはボルトとの戦いで全力を使い切ったのだ。そうしなければ勝てない相手だった。
「審判、この試合、棄権する」
「担架はいるか?」
主審が問う。
「いや、俺が運んで行く」
カンソウはゲイルを抱えると、試合場を後にした。
2
医務室でゲイルを寝かせた。老医者は目覚めないことには何も分からないと言い、看護師共々去って行った。
だだっ広い医務室の端に壁を隣にし、ゲイルは眠っている。あれが鈍色卿との試合だったらどれほど清々しく眠る弟子を看ていられただろうか。と、考えたが、カンソウはそれは違うとも思った。鈍色卿への道は文字通り棘の道なのだ。サンダーボルトにカーラとウォー、そしてフレデリック組がいる。これだけの強者が揃って待ち構えているのだ。ボルトとの戦いを思い出す、滅茶苦茶に叩きのめされても立ち上がり、そして最後まで勝ちを疑わず、勝利を掴んで見せた。立派では無いか。ゲイルにはまだまだ時間があるのだ。カンソウは思った。自分の残された時間で物事を推し量っては駄目なのだ。それは自分の都合というもの。もしも、ゲイルが勝てず、カンソウが引退すれば、ゲイルは新しい相棒を見つければ良いだけの話だ。ゲイルの時間はゲイルのものだ。
夕刻、ここに留まるのは動けない重体の者だけだ。
老医者が来たが、目覚めぬゲイルを見て、ゲイルは決して命に係わる程でないが、今日はこの部屋を気が済むまで使うように言った。
眠りに就き身体を回復させている弟子を見て、カンソウはありがたくそうすることにした。
ジェーンや馴染みの受付の娘達が気を遣って寄ってくれた。だが、ゲイルは起きない。彼女らが去ると、医務室はまるで不気味な程に静かになった。
燭台に刺された一本の蝋燭が師弟を照らしている。
カンソウは立ち上がり、受付の娘に返された剣を見詰めた。
真剣の方をゆっくり抜くと、その刀身を蝋燭が照らし、輝いた。昔は、戦争のあったころはこういう時は自ら剣を研いだものだ。今は平和そのもので、その必要も無い。
刃を鞘に戻し、鍔が鞘に当たり、か細い音を響かせる。
その時、ゲイルが目を覚ました。
「ここどこ?」
「コロッセオの医務室だ。俺達で今日は貸し切りだぞ」
「何で? 何で俺はここで寝てるの?」
そう言って起き上がろうとしてゲイルは呻いた。
「身体中、痛むだろう? 診察は明日、医者が来てからしてもらう。実際、鎧が無ければお前の身体中の骨はどこか折れていてもおかしくはない」
ボルトの凄まじい攻撃をこの目で見たことを思い出しながらカンソウは言った。
「そっか、ボルトに勝ったつもりでいたけど、これじゃあ、互角よりも負けに近い形だね」
「そう卑下するな。自分で言った言葉を忘れたか? コロッセオでは強い者こそが勝つ。お前はボルトを破った。そういうことだ」
「……うん」
沈黙が降りたが、気まずくはない。
「今日は休め。明日はへこんだ防具を修繕しに鍛冶屋へ行こう」
「分かった。でも、師匠、腹が減って眠れないよ」
弟子の言葉にカンソウも空腹なのを思い出した。
「弁当を見繕って来る。外の入り口には警備兵がいるからな」
「うん。ありがとう師匠」
「ああ」
ゲイルが半身を起こしてこちらをにこやかに見ているのを確認すると、カンソウは医務室を後にした。




