「友との手合わせ」
カンソウはサラディンとの出会いを思い出し、今一度己を戒めた。帝国自然公園の山脈で眠るとされている賢き竜と暴竜を目覚めさせてはいけない。次に竜が目覚める時、それはきっと人を見放したときだろう。
ゲイルと共に受付を済ませ、ジェーンに案内される。
カンソウはふと思い出した。俺達は付き合っているのだ。このまま何もせずに恋など成就することなど、間違いなく無い。
「ジェーンさん、今度、食事でもどうだ?」
とは弟子の前では言えず、あらかじめ用意していた文を渡す。
ジェーンは微笑んでそれを越しのポーチに丁寧にしまい込んだ。
「今の何だい?」
目ざとくゲイルに言われ、カンソウは返事に窮した。
「俺には言えないことなの?」
ゲイルが不満げに詰め寄って来た。
「ゲイル君、驚かないでね」
ジェーンがカンソウを見て一度頷いてからゲイルへ向いた。
「私とカンソウさん、お付き合いしているの」
「は?」
ゲイルの返事は間が抜けていた。カンソウは何を自分は照れているのかと思い直し、ゲイルへ言った。
「そう言うことだ。俺とジェーンさんは付き合い始めたのだ」
「そ」
ゲイルはゆっくり息を呑みこんで笑顔になった。
「それは凄いじゃん! 師匠も年寄りになる前に恋人ができて良かったじゃん! そうだ、ガザシーさんを誘って、師匠とジェーンさんとダブルデートしようぜ!」
だが、その答えの返事はノックの音だった。ジェーンの同僚が姿を見せ、次の出番を告げた。
「それじゃあ、ジェーンさん、行って来るぜ! 今日は師匠の出番なんだ、勝つように導くから安心してね」
「調子に名乗るな馬鹿者」
カンソウはゲイルの鉄兜に軽い拳骨を落とした。
「頑張ってね」
ジェーンが背中にそう声を掛けてくれた。カンソウはシャキッと背筋を伸ばし、歩み始めた。ゲイルが何事か言ってきたが、カンソウは一切耳を貸さなかった。
イルスデン、特にこの辺りは長閑な晴れが多い。今日もまた土の試合場の上に太陽が君臨する。穏やかな陽光が、中央にいる黒い影を照らした。
主審、副審……。
「フレデリック……」
カンソウは思わず驚きの声を漏らした。そもそも今まで当たらなかったのが不思議なぐらいなのだ。赤い髪をし、兜を脱ぐ姿はかつてのどこか隙のあるあどけなさをも払拭していた。
「カンソウ、ようやく会えた」
フレデリックは嬉しそうに言い、兜をかぶった。
「戦うのはあなたか? それとも弟子のゲイル君か?」
「戦うのは師匠の方だぜ、フレデリック」
ゲイルが自慢気に言うと、フレデリックは頷いて、微笑んだ。そして不敵に光る堂々とした双眸を向けた。
「ずっと、あなたと戦いたかった」
「だが、俺には六年ものブランクがある」
カンソウは友の期待に応えられないと思い、申し訳なくそう言った。
「それでも良いんだ。見てほしかった、俺がどれだけ強くなったのか」
主審が割って入った。
「位置に着いて、試合を始めるぞ」
マルコとフレデリックが離れて行く、カンソウもゲイルと共に六メートルの間合いをとった仕切り板の後ろに着いた。
「師匠は弱くない。自信持って」
ゲイルに言われ、カンソウは頷いた。心臓が激しい鼓動を打っている。自分がかつてフレデリックにした仕打ち、そして彼に対して高慢な態度を取っていたこと、そんなことが脳裏を過り、負けられないと思った。
「第二回戦、フレデリック対、挑戦者、カンソウ、始め!」
審判の声が上がるや、カンソウは咆哮した。が、フレデリックの吼え声の方が上だった。若々しく響き渡る声音は、威厳を蓄えた早熟の若き竜のように思えた。
カンソウは構わず、仕掛けた。突進する。フレデリックが身構えている。
剣を上段から一気に振り下ろす。フレデリックはそれを剣で受け止めて、押し返した。そして果敢に攻めて来る。
右から左から、上下、斜め、正面、素早い剣の操り方にカンソウは度肝を抜かれるばかりか、感動すら覚えた。
「ついてきてるな、カンソウ、言うほどブランクを感じられない」
一旦離れてフレデリックがそう言った。
カンソウは息を荒げていた。今日はこの一戦だ。今日という日はこの一試合のためだけにある。カンソウは息を整えながら言った。
「成長したな」
フレデリックはバイザーを上げて、ニッコリ微笑んだ後、目を鋭くする。カンソウも身構えた。
「横月光!」
踏み込みと共に鋭い刺突がカンソウを突こうとした。カンソウはそれを弾き上げた。
「でやああっ!」
カンソウは吼え猛り、フレデリックの一撃を避けてそのまま突っ込んだ。
「朧月!」
カンソウはすれ違い様に肩を狙って一撃を振り下ろした。だが、フレデリックは転がって回避し、猛進して来た。カンソウもまたすぐさま振り返る。
「行くぞ、カンソウ!」
高々と跳び上がる。陽光がプリガンダインのリベットを星の様に反射させる。
「真月光!」
頭上から大上段の一刀が襲い掛かって来た。




