「倒すべき相手」
開始の声と共に両者は後退した。
あの馬鹿者、ヒルダには投擲と言う戦術があるのを忘れたのか!
カンソウは弟子の不手際を苦々しく思っていた。
予想通り、ヒルダは右手に木の短剣を握って、精一杯投げていた。そして同時に駈け出す。カンソウもヒルダの動きを外から見るのは初めてだが、とにかく行動が早い。確かにあんな子供に体力など使っていられないだろう。十連勝し、チャンプに挑まなければならぬだから。
ゲイルは剣で飛んできた短剣を弾くが、ヒルダは目の前にいる。必殺の間合いにカンソウは、愕然とした。だが、ヒルダは打たずにスライディングし、背後に回ると跳躍し、剣を薙いだ。
「竜閃!」
女性の冷静な咆哮が木霊し、振り返ろうとしたゲイルの頭部を強かに打った。
もう勝ちは確定している。
ゲイルはと言うと倒れて起き上がらなかった。相手が子供だからだろう、ヒルダが気遣うように寄って行ったが、担架が現れゲイルを乗せて入場口へ去って行った。
カンソウは油断した弟子を叱りたいところだが、かつての盟友ヒルダがどこまで成長しているのかが気になり、客席を動かなかった。
そうしてヒルダの試合が始まる。ヒルダは良く動く、体力もあるようだ。ブランクがあったとは聞いたが、それすら感じさせず、次々相手を打ち破って行く。
気付けば、昨日ゲイルを破ったゲントという甲冑剣士も楽々打ち負かしていた。
正確無比な投擲術、俊敏力、腕力、どれも知っているヒルダ以上だった。
そこへ奇怪な相手が現れた。縄付きの木の錘を着けた武器を垂らし、上から下まで黒ずくめが姿を見せる。
モーニングスター系の武器か。珍しいな。
カンソウが両者に注目していると試合が始まった。相手の名はガザシーというらしい。
ヒルダは間合いを詰めていた。長い相手の武器の弱点は一気に懐へ飛び込むことだ。
だが、ヒルダの俊敏さを上回る程の縄が横合いから放たれ、ヒルダの身体を二重三重に縛った。三メートルの間合いでヒルダは自由を奪われた。
ガザシーが縄を持った左手に短剣を持ち、ヒルダへと無造作に間合いを詰めて行く。
ヒルダは相手目掛けて駆けたが、縄を操られ、転んだ。
ガザシーが倒れるヒルダの前に来ると、その頭を踏みつけようとした。
「ヒルダ!」
思わずカンソウとヒルダのファン達の声が重なり合った。
ヒルダは声援に応じたかの様に頭を引っ込め、地面で回って、足払いをガザシーに仕掛けた。ガザシーは転び、ヒルダはその間に回転し、縄から逃れた。
その頃にはガザシーは立ち上がり、縄を戻し、頭上で回転させた。野太い風の音色が会場に響き渡った。
ヒルダは駆けた。ガザシーは再度縄を放ったが、今度は先端の錘でヒルダを直接打とうとしていた。
カンソウの見ている前で、錘を苦労して長剣で弾き返すヒルダが居り、彼女は抜け目なく左手で得物を投げつけた。
回転する得物がガザシーの顔にぶつかった。黒装束が仰け反り、剣が落ち、会場が静まり返る。
「勝者、ヒルダ!」
その宣言がされる前にガザシーは背を向けて会場を後にしていた。
ガザシーと言う相手の戦術に問題があった。先端の錘で直接打とうとすれば、そこ以外に道ができてしまう。その最中に相手側は避けて接近することだって十分できるのだ。ガザシーの迂闊か、今回はすれ違い様の投擲で決まったが、ガザシーはそれでも侮れない。カンソウは昨日、打倒ヒルダをゲイルに呼びかけたが、打倒ガザシーへ変更すべきか悩んだ。しかし、肝心の弟子がここにはいない。ガザシーの戦術をカンソウが真似ることも片腕一本では無理だ。やはり、一瞬で負けたとはいえ、戦い方を知っているヒルダの方が想像もしやすい。
ここまで見れれば十分だ。
カンソウは席を立ち、弟子の様子を見に医務室へと向かったのであった。




