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「さらば、ドラグナージーク」

 特別室は満席だった。仕方が無いので立ち見である。やや富のある一般客も居れば、闘技戦士もいる。見知った顔もいたが、皆がヴァン、ウィリーと並んで重鎮と呼ばれた最後の一人ドラグナージークが試合に出ると聴いて嫌な予感を感じ取ったのかもしれない。

 誰も、カンソウ師弟が入ったことに気付かない。セーデルクもデズーカやヒルダも、彼らの相棒達も窓の向こうの様子を食い入るように見詰めている。

 新手の入場を見るのにカンソウとゲイルは間に合った。だが、驚いた。リベットだらけの鎧プリガンダインを着て、バイザー付きの兜をかぶり、バスタードソードを手にしているのは間違いなくフレデリックであった。

 両者は幾つか声を掛け合っていた。そして仕切り板へと位置に着く。セコンドのシンヴレス皇子と、マルコも動いていた。

 カンソウは実は戸惑っていた。年齢的に自分もドラグナージークとあまり離れていないのだ。引退の兆しとは見えてくるものなのだろうか。それとも感じるのだろうか。どう訪れるのだろうか。

「始まるぞ」

 誰かが言い、主審が宣言する。

「第五試合、ドラグナージーク対、挑戦者フレデリック始め!」

 両者は一瞬で距離を詰めた。フレデリックが剣で斬り付け、ドラグナージークはそれを避けて、横から剣を薙いだ。

 フレデリックは後方にステップし、ドラグナージークに再び攻撃を見舞った。

「横月光!」

 鋭い刺突をドラグナージークは剣を回転させ、盾のようにして防いだ。凄まじい鉄の音色が響き渡り、観衆を感心させる。

 ドラグナージークが剣を構え直し、一気に飛び込んだ。

 フレデリックは大上段の一撃を剣で防ぎ、両者は競り合いに入った。

 観客席でも特別室でも声援は真っ二つに割れていた。ドラグナージークを応援する者、フレデリックの勝利を願う者と、これは古きと新しきの世代交代の試合なのだ。

 フレデリックが押した。ドラグナージークを押し退けた。だが、ドラグナージークは素早く下がり、追撃の三連突きを全て捌いていた。

 どちらが強いのか分からない。決定的な違いの見られない試合だ。あるいは、素人同士の試合でも見ているかのようだった。それだけ、どちらも贔屓の出来ない洗練された動きを身に着けている。

 ドラグナージークが剣を振り上げ、咆哮した。

「竜昇!」

 斜めに振り下ろされた剣にはおそらく全力がこもっていたのだろう。フレデリックは剣で受け止めて、押されていたが、踏ん張り、ドラグナージークのハイキックを避け、旋回して体当たりすると、腕を取り、鎧の襟を掴み、背負い投げを披露したが、ドラグナージークは宙で鮮やかに逃れた。フレデリックが慌てて身体を戻した時には、ドラグナージークの突きが眼前にあった。

 だが、フレデリックはこれを不安定に持った剣で器用に受け流し、ドラグナージ―クへと迫りながら剣を握り直していた。

「竜昇!」

「逆月光!」

 上と下で剣がぶつかり合った。

 すぐさま、両者は剣を戻し、互いに薙ぎ払い、鉄の凄まじい音がもう一つ高らかに鳴った。

 両者は睨み合った。向こう側の壁には大きなパネルがあり残り時間を示している。それが係員の手で三から二へと変えられた。

「どうすんだ、これ。このまま引き分けか?」

 誰かが言った。

「いや、フレデリックなら、今のフレデリックならドラグナージークの出て来た意味を知っているフレデリックならば、そんな味の無い真似はしない。必ず決着がつく」

「カンソウ」

 カンソウが述べると誰かが自分の名を呼んだが、今は試合から目を離したくは無かった。

 両者が同時に後方へステップし、間合いを取った。そしてこれも寸分の狂いも無く二人は駆けていた。

 間合いに入った瞬間、フレデリックの突きがドラグナージークの頬の隣を抜ける。ドラグナージークは踏み込んで斬り付けていたが、刃はフレデリックが左手で抜いていた短剣に阻まれた。そこまで詳しく見えなかったため、これで勝負あったと思った者達が、ドラグナジークに早くもエールを送っていた。

「まだだ」

 セーデルクが呟くと、特別室を賑わしていた者達が目を点にした。

 ドラグナージークの腕が上げられていた。フレデリックの短剣を握る腕の膂力が優っているのだ。ドラグナージークは競り合いを止めて、後方に跳んだ。そこへフレデリックが上段から素早く斬り付けた。

「月光!」

 魂の叫びだったのだろう。凄まじい怒喝が木霊し、ドラグナージークの剣を折り、頭部を打っていた。

「ド、ドラグナージーク……」

 誰かが信じられないとばかりに口を開いた。

「勝者フレデリック!」

 主審の宣言を聴き、賑わう会場だが、どうやら客も誰もが、ドラグナージークが姿を見せ、剣を振りに現れた意味を悟ったのだろう。ヴァンもウィリーもいなくなった。古の最後の門番が今日、ここでコロッセオを後にすることを。

「みんな、ありがとう!」

 ドラグナージークが通る声で声援に応え、手を振っている。勝ったフレデリックもマルコとシンヴレス皇子と共に拍手を送っていた。

 こうして完全にコロッセオは真に強い者を再び巡る戦いへと発展することになるだろう。鈍色卿とルドルフ、彼らが本当に真の強者なのか、今一度、試す時が来るはずだ。

 ドラグナージークとドラグフォージーが堂々と立ち去ったが、声援と涙が枯れる様子は無かった。

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