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「引退試合」

 それは偶発的に起こったことであった。カンソウは驚いたし信じられなかった。それが何を意味するのか、悟ってしまったからだ。

 相手は三連勝している。そしてここでゲイルだ。

 長剣を向け、兜のバイザーの下で瞑目しているように動かないドラグナージークは、自分に向けられた多くの歓声をその身に感じているのだろう。

 次の試合はドラグナージーク対ゲイルであった。

「皇子殿下、ドラグナージーク殿はやはり?」

 ドラグフォージーことシンヴレス皇子に尋ねると、彼は叔父と同じくバイザーを下した面を頷かせた。

「何故ですか? ヴァンとウィリーが引退したからですか?」

「そうですね、それもあると思います。叔父上は言ってました。もう全盛期ほどの力は残っていないと。今日は余力を惜しまず全力で戦い抜いてます。今回の相手はカンソウ殿ではありませんが、それでもゲイルなら」

「引退試合の相手に相応しいと?」

「ええ」

 両者が向かい合い、カンソウとシンヴレス皇子はそれぞれの位置に着いた。

「ゲイル、全力で好きに戦え」

 自分の分も。カンソウはこれで良かったと思っている。自分の自慢の弟子が相手を務めるのだから。

「第四試合、ドラグナージーク対、挑戦者、ゲイル、始め!」

「ゲイル君、君の実力を見せてもらおう!」

「望むところだぜ!」

 ゲイルはグングン間合いを詰め、一気に突きを繰り出した。ドラグナージークが素早く上から打ち落とす。刀身同士が当たり、ゲイルはよろめきながら振り返った。

 だが、ドラグナージークは容赦なく躍り掛かり、一刀を振り下ろした。

 ゲイルはそれを避け、突きを避け、後退し、更に突きを避けると、相手の刃を刃で叩いて素早く間合いに飛び込んだ。そして体当たりをするが、ドラグナージークは揺るがない。次にガントレットの掌底を顔面に見舞おうとしたが、腕を掴まれ、足払いされ、目にも見えない速さで逆手の剣を振り下ろした。ゲイルはこれを間一髪刀身で受け止めた。ドラグナージークは軌道を逸らし、ゲイルの首もとか腹かを突くのを止めて、右手で握り直した剣を振り上げた。

 脱出したゲイルは疾風の如く、振り下ろされた一撃を剣で弾き返した。ドラグナージークがまた剣を握り直した。

 カンソウは感心した。痺れているのだ。ドラグナージークはゲイルの一撃にまともに抗えないようだ。ドラグナージークが乱れ打った。悔いの無い全力の乱れ打ちであることは早さと、剣の衝撃音で明らかだ。

 セコンドのシンヴレス皇子は口を挟まない。カンソウも黙っていた。だが、祈っていた。両者にとって誇れる試合になることを竜の神に祈りを捧げた。

 飛び交う鉄の音色。舞い散る火花を見られるのはセコンドの特権だ。

「怒羅、怒羅、怒羅!」

 ゲイルが気勢を上げて踏ん張り攻めている。だが、次の瞬間、ドラグナージークが斜め下段から振り上げた刃が、刃にぶつかり、ゲイルが呻いた。

 これも痺れか。カンソウは安堵した。ドラグナージークが戦士として耄碌したとは思いたくなかった。それを証明する一撃だ。

 ゲイルがたまらず剣を落とすと、ドラグナージークは一気に斬りかかった。ゲイルは左手で短剣を掴んで受け止めようとしたが遅かった。

 ドラグナージークの速い斬撃がゲイルの肩を打った。

「勝負あり! ドラグナージークの勝利!」

 主審が声を上げると、ドラグナージークの久々の試合を観ていた観客達が一斉に熱のこもった声援を送った。

「ゲイル君、良い勝負だった」

 ドラグナージークが言った。

「なぁ、何で今日はフォージーじゃなくてあんたなんだ?」

「それは」

 ドラグナージークの口から理由を聴かせる前に、カンソウは弟子の剣を拾って渡した。

「行くぞ、ゲイル」

「え? でも」

 カンソウは無理やり、ゲイルの腕を引っ張った。一度でも振り返りたかったが、そうなれば、感涙しただろう。今日で憧れだった最後の一人がいなくなるのだ。

「ドラグナージークの試合はこの後も続く、彼の最後の勇姿を見届けよう」

「最後って」

「ゲイル、コロッセオの未来は託された。言ったろう、俺達で新しい歴史を刻むのだ」

「う、うん」

 ゲイルは戸惑い気味に応じ、回廊に入った。

「特別室へ行こう」

 カンソウはそう言うと、弟子の返事も待たずに歩き出す。既に手は離れていた。

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