「弟子とフレデリック」
ジェーンとは少しずつ会うようになっていた。だが、ゲイルはまだ子供だ。親から預かった大切な命だ。多少強くともあまり一人にはさせておけなかった。特に、夜は。
ゲイルを交えてジェーンと食事をしていたり、歩いていたりすると、親子に間違われることがある。カンソウは狼狽したが、ジェーンは落ち着いて微笑み、ゲイルも悪くは思ってはいないようだった。
コロッセオの方もウォーやその相棒のカーラが今のところ壁となっている。だが、カンソウとはまだ会っていない強豪がいる。それがフレデリックとマルコの組であった。彼らもまた午後の戦士達の中の壁の一つになっていたが、不思議なことに時間帯を変えても、対戦することが無かった。
カンソウらは三回戦でウォーに負け、宿の裏手で修練に励んでいた。
その時、ふと、カンソウは手を止めた。
「ゲイル、お前、フレデリックの技の掛け声を真似ているようだが何故だ?」
カンソウは、弟子が、「月光」という種類のフレデリックの技、いや、掛け声を真似ているのを疑問に思っていた。
「気合入るからさ。師匠の朧月も好きだけどね。何か気合入るんだ」
「そうか」
カンソウは頷くと素振りを開始したが、止めた。午後の試合は運が良ければまだまだ続いているだろう。
「試合を観に行くか?」
「俺はいいや。ここで鍛えてるよ」
「なら、俺も良いか。模擬戦をするぞ」
「待ってました」
ゲイルは嬉しそうに競技用のグレイトソードを提げて間合いを取りに向かった。
カンソウも新しいクレイモアーを向けてゲイルを睨んだ。
鉄の剣だが、木剣の時よりも圧し折られることが多いような気がしていた。木剣の時はコロッセオが負担するが、鉄になってからは自前で購入しなければならない。そして鍛冶屋での刃引きは、あまり好きでは無かった。鍛冶屋も仕事として引き受けるが、せっかく完璧に仕上げた刃を、わざわざ潰すことにうんざりしたのであろう。最近、この町と帝都でだけだとは思うが、最初から刃引きされた競技用の剣が店に並ぶようになった。
「怒羅アアッ!」
ゲイルが猛然と駆けて来る。
その横薙ぎを剣で受け止めると、脳が揺れたような気がした。弟子の力はまだまだ上がる。
カンソウは押し返して、頭上から一刀入れた。
ゲイルが剣で受け止めようとしたが、避けた。
そしてそのまま空振りをしたカンソウ目掛けて一突きを入れて来た。
「横月光!」
その掛け声にカンソウは不意に自分は今、フレデリックと戦っている様な気分になった。
どうにか避けてゲイルの背後を取るが、ゲイルは剣を旋回して牽制していた。カンソウの剣とぶつかり火花が散った。
ゲイルは大きく屈んで一歩踏み出し頭上高く跳ぶと一刀両断を見せた。
「真月光!」
カンソウは防御しなかった。フレデリックが、六年前のフレデリックがそこにいたような気がして茫然とその雄姿に見惚れていた。幾度もお前と戦いたかった。心行くまで、剣をぶつけあいたかった。
だが、この六年のブランクでお互い開きがあった。
「見せて見ろ、フレデリック! お前の培った力を!」
次の瞬間、激しい音色と共にカンソウは兜と越しに頭部を打たれて意識を失いかけた。
「師匠! 何やってんのさ!」
弟子が慌ててカンソウを抱き止めた。
「お前の姿にフレデリックが重なった。お前はどこでフレデリックの掛け声を覚えたんだ?」
「観戦に行った時だよ。師匠はいなかったけど。赤毛のフレデリック、火走る刃って呼ばれてるんだぜ」
ゲイルは嬉しそうにそう話した。
フレデリック、そこまで衆目を奪ったか。カンソウは満足すると、弟子の手から起き上がった。
「続きだ。次は俺が勝つ」
「良いぜ、二連勝して見せる」
弟子と打ち合い、鋼の共鳴を聴く度に、カンソウはフレデリックのことを思い出していた。だが、違う、目の前にいるのはフレデリックでは無い、ゲイルだ。
「朧月!」
「逆月光!」
カンソウが渾身の突きを放つが、ゲイルは剣で下段から掬い上げた。
カンソウはどうにか剣を踏ん張らせ、ゲイルの攻撃を捌く。
夕闇が支配する頃、二人は宿の灯りの下で、互いの競技用の剣を見て、修繕が必要なことを知った。それだけ弟子の力が強くなった証だろう。
明日はゲイルの番だ。もう一本競技用の剣を持っているので、どうにかなるだろうか。
「師匠、飯行こうぜ」
「そうだな」
先に立って歩く広い背を見て、カンソウは早くゲイルをフレデリックに試合で会わせてやりたい気持ちになっていたのであった。どちらの月光が制すか楽しみであった。




