「忘れていたこと」
カンソウは無念に思っていた。午後の中核と呼ばれたウォーに及ばないとは、とても自分は午後でやっていける自信が無かった。ゲイルは間違いなく午後クラスの相手が向いているだろう。これからはゲイルだけを試合に出そうか。だが、ゲイルは気を遣うだろう。やはり俺が強くならねばならぬのだ。
「俺は戻って特訓する。お前は好きにしろ」
「そんなの特訓に付き合うに決まってるだろう」
ゲイルが優し気に言ったので、カンソウは思わず感激して泣き出すところであった。
「よし、宿まで駆けるぞ」
「良いよ」
二人は走ったが、ゲイルがグングンとカンソウを離して行く。スケイルメイルを鳴らしながらカンソウも全力疾走した。行き交う人達が何事かと振り返っていた。
ルドルフ党の存在で治安の悪い街になってしまったが、シンヴレス皇子はどうするつもりだろうか。鈍色卿とルドルフの主が貴族でも皇子の命令には逆らえまい。ふと、カンソウはそんなことを考えていた。皇子はもしかしたら知らないのではないだろうか。カンソウは皇子に気軽に言葉を交わせる身分ではない。だが、戦友の間柄のゲイルなら友と言う上では対等だ。
宿に着くと息を切らせながら、カンソウはゲイルに言った。
「特訓の前に一つやって置かなければならないことがある。それが終わったらお前にシンヴ……じゃなくて、フォージー殿に手紙を届けて貰いたい」
「良いけど、何の手紙?」
お前には関係ないなどとは言えなかった。ゲイルにも宿場町に住む者として、知る権利がある。
「町の治安のことだ。ルドルフ党を黙らせるためにフォージー殿に報せ様と思ってな」
「確かに、ルドルフの連中が来てから、女の人とかあんまり見なくなったね」
「その通りだ」
「女の人が居ない街なんて俺は嫌だ」
「ま、まぁ、その通りではあるが」
相変わらずだな。と、カンソウはこの町に戻って来た時にあちこち口説いて回る弟子の姿を思い出した。そこで思った。何かを忘れている様な気がする。それは思い出せなかった。カンソウはひとまず、部屋に戻り、机に向かって筆を走らせた。
2
ゲイルに使いを頼むと、カンソウは文字通り特訓を始めた。素振りをあらゆる角度から百回行い、日が暮れるころにはあらゆる受けの姿勢を始めていた。
そうしてゲイルが帰って来た。
「ただいま、師匠、手紙を届けて来たよ」
「悪いな。フォージー殿は何て?」
「ひとまず了解はしてくれたよ。もしかしたら俺達にも声を掛けるかもしれないって」
「分かった、その時は協力しよう」
カンソウはゲイルを見て、その腰に後ろに短剣が括りつけられているのをぼんやり思い出した途端に答えが出た。
「いかん!」
カンソウは思わず大声を上げていた。
「どうしたの?」
ゲイルが少し驚いた様子で尋ねた。
「悪いが、飯は一人で食べてくれ。約束事を思い出した!」
カンソウは自分が鎧姿のままで本当に良かったと思った。鎧は着替えるのに時間を喰うからだ。今や治安の悪いこの町を歩くには鎧はある意味、脅しを掛けるようでルドルフ党の連中を黙らせるには効果があった。
カンソウは薄闇に閉ざされようとする町の中を駆け出して行った。




