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「カンソウの出番」

 朝の鍛練は欠かさぬものとなっている。歳のせいもあるのだろうが、相変わらず一番鶏よりも早く起きる。そしてカンソウはその一番鶏が、近くの鶏舎で放し飼いにされているうちの一羽だと最近知った。

 カンソウは一番鶏に朝を知らせる役目を譲り、自らは刃引きした剣に慣れるためにひたすらあらゆる角度から素振りに励んでいた。

 昨日の試合、ゲイルは惜しいところまで行った。だが、チームサンダーボルトと今度は小細工無しにぶつかり合い、引き分けとしたのは見事であった。ゲイルは体中を痛めていたが元気ではあった。

 そのゲイルが起きて来て、共に剣を交えて互いの成果を競い合ったが、やはり、カンソウの出る幕はもう終わったのかもしれない。ゲイルの成長ぶりは新鮮で瑞々しく、カンソウはと言えば、現状維持をするのがやっとであった。

 このままゲイルを試合に出し、成長をさせて行く方が師の道に沿っているのではないか?

 そんな弱気な疑念が過る。弱気、そうだ、俺は弱気になっている。せっかく午後の試合にまで堂々と出られるようにしてくれたゲイルのためにも、自分は自分で勝ち進むのだ。

「今日は師匠の番だけど?」

「お前に譲ってやりたい気もするが、俺にも意地がある。どんな無様な負け方になろうとも出場するぞ」

「分かった」

 朝食を取ると、再び修練に精を出す。今頃は午前の部が開かれ、様々な友たちが戦っているのだろう。午後に挑戦しに来てくれるのをカンソウは心待ちにしていた。そう、午前の部は生ぬるいわけではなかったが、ヒルダやデズーカ、フォーブスらが居て居心地が良かった。午後の部は孤高だ。孤高にならねばならぬのだろう。ゲイルが、ウォーと知り合いであっても、自分はウォーの知人となったわけではない。それでもヒルダの夫としてゲイルの面倒を見てくれたことには感謝している。

 昼食を取ると、二人はコロッセオへと出向いた。

「師匠もサンダーボルトと当たれば良いのに。スパークの筋肉は並大抵のものじゃないよ」

「そのぐらい見ていて分かる。当たったのなら戦うまでだ」

 受付嬢に参加費と真剣を預け、案内嬢が出て来た。

「カンソウさん、ゲイル君」

 今日はジェーンであった。

「ジェーン、実は」

 カンソウは手紙の件を話そうとしたが、ゲイルが元気に駆けて行き、ジェーンと話し始めていた。とても切り出せるタイミングでは無かった。かつて弟子は師の前で愛を叫んだが、師は弟子の前でそんなことはできなかった。子供とは羨ましいものだな。と、カンソウは思った。

 控室でゲイルと話し終えたジェーンがこちらを見た。

 弟子の前で愛を叫ぶのか。

 カンソウは戦争に参加していた時の暴竜の脅威よりも、圧倒的な緊張に襲われた。声が出ない。出さねばならないのに。ジェーンは俺が返事を読んだものだと思っている。だが、読んでいないのだ。謝らねばなるまい。

「ジェーン、実は」

 カンソウが勇気を持って切り出した時だった。

 扉が叩かれジェーンの同僚が姿を見せた。

「次、出番よ」

 水を注され、そして試合である。切り替えなければなるまい。早い話が自分でもわかるがジェーンから逃げたのだ。

「カンソウさん、頑張って」

 ジェーンが声援をくれた。

「ああ」

「俺がいるから心配ないよ」

 ゲイルが明るい口調で言い返した。

「頼もしいセコンドね」

 ジェーンがクスクスと笑いながら言った。良いのだろうか、このまま流されるように逃げてしまって。

 カンソウは足を止めた。

「師匠?」

「ゲイル、先に行っていてくれ、俺には言わねばならぬことがあった」

「分かったよ。失格になる前に来てくれよな」

 カンソウは一気に元来た道を引き返した。

 ジェーンが受付へ戻る姿が見えた。

「ジェーン! 待ってくれ!」

 カンソウはあらん限りの声を上げて彼女を止まらせた。

「カンソウさん、試合はもう終わったの? ゲイル君は?」

「試合はまだだ。だが、その前に貴女に言わなければならないことがある。まずは、その、実は返事の手紙が悪い都合で読めなくなったんだ。本当に申し訳ない」

 カンソウは深々と頭を下げた。

「そうだったの。分かったわ。さぁ、早く試合に行かなきゃ」

「ジェーン!」

 カンソウは顔を上げると、彼女を真っ直ぐ見て声を上げた。ジェーンは少し驚いたようだった。

「手紙の答えは分からないが、俺は貴女が好きだ、愛している」

 カンソウが言うと、ジェーンは真面目な顔をし、そして微笑んだ。

「試合、急いだ方が良いわ。今日の夕方にコロッセオで待ち合わせしましょう」

「分かった! 夕方にここでだな」

「カンソウさん、試合!」

「あ、ああ。行って来る!」

「行ってらっしゃい」

 ジェーンの声がやけに親しみがあるように聞こえた気がした。

 今日の夕方にここで待ち合わせ。ゲイルには適当に何か言っておこう。薄暗い回廊を全力疾走し、陽光煌めく試合場に姿を見せた時は、ちょうど主審がカンソウの遅刻の失格を七まで数えていたところであった。

「師匠! 何やってたんだよ!」

 ゲイルが抗議の声を上げる。彼に恥を掻かせたのは確かに申し訳ない。

「すまん、待たせた」

 カンソウは息を切らせながら中央へと歩んで行ったのであった。

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