コンクリートの隙間の髪の毛
執行さんが小学生の頃、通学路に奇妙なものがあった。コンクリートの隙間から、髪の毛が出ているのだ。それも1本や2本ではなく、1人分はあるのではないかという量だった。
雨が降っても、風が吹いても、その髪の毛がなくなることはなかった。
その髪が現れた頃は皆気味悪がっていたが、1ヶ月もすればいつもの風景に溶け込んでいたという。
『3ヶ月くらい経った頃ですかね。気付いちゃったんですよ、「これ、伸びてるな」って』
毎日見ているせいで中々気が付かなかったのだという。初めてそれを見つけた時の気味悪さを思い出した執行さんは、翌日からそこを通る時は誰かを盾にするか、目を瞑って歩くようになった。
それからしばらくして、執行さんの周りで「あの髪を引っこ抜いてみよう」という動きが起きた。執行さんは必死に止めたが、誰1人として彼の言うことを聞かなかった。その日の放課後、5人のクラスメイトがあの場所に行ったのだという。
翌朝の登校時、執行さんはあの髪の毛を見ようと恐る恐る指の隙間から目を覗かせた。髪の毛はそのまま残っていた。
『結局アイツらも怖くて触れなかったんだなって思いました。でも、違ったんです』
あの5人が揃って欠席したのだ。
『5人とも精神に異常をきたしてしまったらしく、学校に来られる状態じゃなかったそうで』
1週間経っても彼らは来なかった。
2週間が過ぎようとした頃、執行さんは担任からその内の1人のお見舞いを頼まれた。
『正直気が進まなかったんですけど、アイツらがどうなっちゃったのか気になってたっていうのも事実でして』
結局執行さんは怖いもの見たさでその子の家に行くことを決めた。
担任から連絡を受けていたらしく、チャイムを鳴らすとすぐに母親が出てきた。小学生だった執行さんから見ても明らかに憔悴しきっている感じだったという。
『おばさんに話を聞いてみるとそいつ、やっぱりあの日からおかしくなったみたいで、おばさんの髪の毛を食べようとするらしいんですよ。もちろんおばさんは嫌がったそうです。で、おばさんのがダメだと分かると夜中にこっそり風呂場に行って、排水口を開けて、その中の髪の毛をほじくり出して食べてたこともあったそうで』
その話を聞いた執行さんは、その子には会わず玄関先だけで用事を済ませて帰ろうと思ったが、用事が終わる前にその子が出てきてしまった。
警戒した執行さんだったが、その子の様子はいつもと変わりないように見えたという。
『玄関先に出て来た時も「おう」って感じで挨拶して、ゲームでもする? とか、どっか遊びに行く? とか言っていたのを覚えています』
押し切られた執行さんは、その子と家を出た。しばらく歩いて着いたのは、あの髪の毛の場所だった。
その子の後ろから少しだけ顔を出して覗いてみると、髪の毛が短くなっていた。
『短くなってないか聞くとその子、「散髪してあげたんだよ、友達だし」とか言って。あ、もうダメなんだなって思いました。まぁ、僕もなんですけどね』
そう言って執行さんは口を大きく開いてみせた。中を見てみると、隅から隅まで真っ黒だった。
それから30年経った今でも、執行さんは毎日その髪と遊んでいるという。