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タヌキの葉っぱ

作者: 雉白書屋

 ヒック! と声を漏らし、夜道を歩く男。

 泣いて顔を真っ赤に、というのはあながち間違いではないが、手に持っているのは缶ビール。酔っているのだ。

 その男はフラフラとした足取りで公園に入り、ベンチに座った。


「なんだってんだもぉ……」


 そう呟き、項垂れる男。それもそのはず、この男、本日定年退職。晴れて自由の身。余生をのんびり……ではない。定年退職と言っても早期定年退職。つまりは体のいいクビ。男は望んでいなかったのだ。

 退職金は割り増しだが、それでも妻と子を養い、さらに自分たちの老後の生活を支えるのは厳しいことは重々承知。まだまだ働ける、いや働かなくてはと言っても今の世の中、この歳で再就職となると……という風に落ち込んでいたのだ。


「はぁ……」

「はぁ……」


 ん? 今、俺以外にもため息をしたやつが……。

 と、男は辺りをきょろきょろ見回した。

 すると目が合った。男が座るベンチの下。そこにいたのはタヌキであった。

 見つめ合うこと数秒。男がフッと笑った。タヌキにもまあ、色々あるんだな、と。

 一方のタヌキ、男がこちらに危害を加える気はないと察したのかベンチの下から出てきて、ぴょん、と男の隣に座った。

 男はチラリと目を向けたが興味無さそうにビールを啜る。

 だが、すぐにむせ返った。さすがにタヌキが喋るとは思わなかったのだ。


「い、いま、なんて? え、空耳か? おまえが喋ったのか?」


「ええ、はい、そうでございます。相談に乗っていただきたく、お声がけさせてもらいましたです、はい」


 男はうーん、と唸り、目をぱちぱちさせた。

 どうやら酔いすぎたようだ。もしくはストレス。脳の病気か。クビになったんだ、そういうこともあり得る。と、あれこれ考える男に対し、タヌキは待っていても仕方ないと言葉を続けた。

 するとタヌキの話を聞くうちに男も乗り気になったのか、一先ずこの状況を飲み込んだ。


「……なるほどな、上手く化けられないと。仲間から馬鹿にされると」


「はい、そうでございます……」


「うーむ、そう言われてもなぁ、その後ろ向きな姿勢が良くないのでは?

と、まあ俺が言うのもなぁ。……ん? そもそもお前、どうやって化けるんだ?」


「はい、葉っぱを一枚、頭の上に乗せて念じれば何にでも化けたり化かしたり」


「ほう、葉っぱが重要なわけか。なんの葉っぱでもいいのか? ははは、俺にもできたりしてな」


 と、ここでピーンと思いついた男はそっと鞄を開けると中から一枚の葉っぱを取り出した。

 それは男が退職記念にと、今日貰った花束の中にあった葉っぱ。どこか外国の花の葉っぱ、といっても花屋に行けばあるだろう珍しくはないものだが、それを見たことがないタヌキは目を輝かせた。

 ケチな上司と同僚がカンパを集め買った花束。しょうもないものだったが思わぬ役に立ちそうだ。と、男はニヤッと笑う。

 

「さ、これを使ってみろ。ええとこれはな、外国のええと、寺院のあれでそう特別で、とにかくすごい葉っぱだぞ! 必ず上手く行く」


 上手く行かなかったら笑ってやろう。タヌキを騙したというのも中々だ。自信になるかもしれん。と、男は思っていたが何もすべて意地悪のつもりでというわけではなかった。プラシーボ効果というものもあるし、もしかしたら上手く行くかもという気持ちもある。


「……お、おお!」


 結果、それで上手く行ったのだから男も最初からそのつもりだったとばかりに大喜びした。

 タヌキはパッパッパッと犬や猫に早変わり。動物だけではない。学生服を着た少年や教師らしき男。古臭い格好で男は思わず笑ってしまったが、どこか懐かしい気持ちになった。

 タヌキは興奮冷めやらぬまま男に感謝し、何か恩返しがしたいと申し出た。すると男はうーんと悩んだあと、タヌキに訊ねた。


「さっき化かせると言ったが、お前以外でも、たとえばそこの落ち葉を何かに変えられるということか?」


「はい、できますとも」


「ではお札、それも札束なんかにも?」


「はい、ですが時間が経つと元に戻ってしまいます」


「うんうん、だろうな。だが本物と変わりはないか?」


「ええ、ふふん。私の力は天下一品ですので」


「ははは、自信がついたようだな。では……機械相手でも、ごまかせたりするか?」


「ええ、もちろん! でも悪い事に使っちゃ駄目ですよ?」


「ああ、約束するよ」


 男は、では頼むと、傍に落ちていたビニール袋にありったけ落ち葉を詰め、タヌキに渡した。

 タヌキが頭に葉っぱを乗せ、むむむと念じるとそれは札束がギッシリ入った鞄に早変わりした。


「人間は本当にお金が大好きですねぇ。それでどうするんです? 写真でも撮って誰かに自慢するんですか?」


「いや、ATMに入れるのだ」


「え、ですがそれは時間が経てばただの葉っぱに」


「構わん。ふふふふふ。金額が記載されればこちらのもの」


「ですが、銀行の方々が困ってしまうのでは……」


「だから構わん! どうせ高給取りだ、ほら、よこせ!」


「あ、駄目です! 悪戯止まりで、度を越えて人に迷惑をかけては駄目なんです!

タヌキのルールなんです! 悪い事に使わないって約束したじゃないですか!」


「うるさい黙れ! この! 邪魔をするな! 放せ! しつこいぞ!」


 男はしつこく食い下がるタヌキを突き飛ばし、走り出した。

 ヒヒヒヒヒと笑いながらATMを探す男。


「どこだどこだどこだふふふふふふひひひええとたしかあっちに」


「あのー」


「ええとたしかあっちだったなぁおひょひょほほほほ」


「ちょっといいですか」


「よくないのですだ。うきょけけけけけけ」


「いやーちょっと」


「しつこいしつこいこいこいいけいけ! 道を知りたいなら交番にでも行って犬のお巡りさんに、お巡りさん!?」


 そう、お巡りさん。あまりの形相に当然とも言うべきか声を掛けずにはいられなかったのだろう巡回中の警察官が男を呼び止めたのだ。


「え、あ、お、お巡りさん、あ、あはははは、なんでございましょう、こんばんは」


 動揺する男は目線があっち行ったりこっち行ったり、上を見て良いお天気ですね、なんてしどろもどろ、泥のような汗をかいた。

 一方、冷静沈着な警察官はその鞄の中身、見せて貰えます? と男が大事に抱える鞄を指さした。

 まさか逆らえるはずもなく、男は差し出すしかなかった。そして、それを見た警察官は言葉に詰まったあと、言った。


「これは……葉っぱですね」


「はい、葉っぱです……あ! 葉っぱです! そうですそうですはははははは!

いやー、集めるのが趣味でね、眺めたり、ああ、あと舐めたり、ええペロペロペロってあははははははははへへへへ!」


 男は残念な気持ちとホッとしたのが半々。札束を見られ、盗んだ物ではないかとあれやこれや問い詰められるのも怖かったのだが結局、なんにも得られず残念といったわけだ。

 

 だが……。


「あなたの物だということで……では署まで来ていただきましょうか」


「はい! ……え? え、え? 葉っぱですよ? ただの……」


 そう言って男が鞄の中を覗き込むと、そこには確かに葉っぱがギッシリと。ただし、ビニールで小分けになった乾燥大麻であった。


 唖然とする男に警察官は言った。実はつい先ほど近くの公園で死体が見つかり、そしてその男は麻薬の売人だったと。

 それを聞いた男は背筋が冷え、次いで頭も冷え、全てを思い出した。

 公園で意気消沈のところを男に、売人に声を掛けられ、そしてつい勢いで……と。

 

 あの場にタヌキはいなかった。

 しかし、間違いなく男は葉っぱに化かされたのだった。

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