【短編】ダンジョン攻略は婚約破棄の後で~思い人は兄の婚約者だったの件について~
*1*
豪華絢爛な王城のパーティー会場において紳士淑女とは思えない声が上がった。
それはある乙女ゲームのシナリオ展開通りに。
「セシリー・ルフォール公爵令嬢、以下の言動が事実である場合、今日限りをもってお前との婚約を破棄する!」
「レオナード殿下……」
演奏中の心地よい音楽をぶち壊す声音に、空気が凍り付いた。
談笑やら賑やかな空気から一変、裁判所のような厳格な雰囲気が会場を支配する。
王太子レオナードの傍には明らかに密着しすぎる美女ヴィクトリアがいた。エメラルドのふわっとした長い髪、豊満な胸に露出の高い赤のドレス。確かに美人だがすでに勝ち誇った顔でセシリー嬢に笑みを向けていた。
(あー、腹立つな……)
「殿下、今はまだ堪えて下さいね」
「分かっている」
俺の付き人であるジャンの言葉で衝動的に飛び出したい気持ちにブレーキがかかった。
気持ちを落ち着かせようと注目を浴びている公爵令嬢に視線を向ける。
セシリー嬢は長く艶のある黒髪に、碧の瞳、顔立ちも凛々しく華奢な体付きだが俺個人としてはドストライクだし、愛嬌もある最高の女性だ。
白と紺の刺繍をふんだんに使ったドレスに、金色のピアス、薔薇をあしらったネックレスと、少しヒールの高い白い靴の完璧な装いに惚れ直してしまう。
「俺とクロード兄とジルベール兄が選んだ最高級ドレスに身を包んだセシリー嬢が美しすぎる。……あー、攫ってしまいたい」
「殿下ー、そういうのは心の中でお願いします」
「これぐらいいだろう。まったく」
セシリー嬢に贈った品の殆どが、付与魔法てんこ盛りの魔導具だったりする。彼女を見世物にしている現状が心苦しいものの今出て行くのはまずい。
レオナード兄の傍に控えている従者は、報告書を一字一句読み間違えることなく淡々と告げる。
セシリー嬢は顔を強張らせながらも、真っ直ぐにレオナード兄とヴィクトリアを見据えていた。やっぱりできることなら、あの場に飛び出してセシリー嬢の無罪を証明したい。
そもそも彼女には確実なアリバイがあるのだから! どれもダンジョン攻略で一緒に戦っていたんだから、嫌がらせなんてでっち上げもいいところだ。
「学院生活において次期王妃にふさわしくない言動、度重なる忠告と講師からの諫言を無視してヴィクトリアに嫌がらせをしていると報告が上がっている。このパーティー会場にふさわしくない話題だが、真実か否か。答えてほしい」
「……レオナード殿下、私は」
「むろん、身の潔白を主張するなら証拠の提出、あるいはセシリーの正当性を主張する証人を後日報告してほしい」
この場で王族であり王太子のレオナード兄の発言は兄自身とセシリー嬢の双方にとって自殺行為に等しい。
長年忠節を尽くしてきた貴族の見本であるルフォール公爵家、そして次期国王であるレオナード兄の軽率かつ不遜な言動に好感をもつ貴族はいない。
もっともそういう演出を目論んだ黒幕は別にいる。
「レオナード殿下、これは何事ですかな」
(来たな、狸ジジイ!)
多くの貴族たちいる前で自分の株を上げようと姿を見せたのは宰相テオドールだった。恰幅のいい無精髭を生やした初老の男が声をかける。
年長者として場を収めようと現れた瞬間、宰相テオドールの指輪の一つが煌めくのを見逃さなかった。
「まるでこの地に封印された魔女殿と同じですな。もしやルフォール公爵令嬢も悪しき魔女に魅入られてしまったのではあるまいか?」
「――っ」
「そうに違いませんわ。それにセシリー様の影が今、揺らぎましたもの!」
「これは大変だ。衛兵、ご令嬢を捕縛しなさい」
(ここまでシナリオ通りの展開とか笑えないな。だが俺たちの反撃はここからだ)
セシリー嬢が口を開きかけた刹那。
漆黒の稲妻がパーティー会場の床を迸り、円状の魔法陣が展開していく。
ごお、と烈風が鼓膜を叩き、一瞬で幾何学模様の魔法陣が形成され、その中心は――セシリー嬢ではなくヴィクトリアへ向けられた。
「え、なっ。聞いていた話と違うじゃなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
阿鼻叫喚の地獄ができあがり、パーティー会場にいた貴族たちは出口に向かって一目散に逃げる。
レオナード兄も従者や護衛騎士たちと共に離脱。
地震とも錯覚しそうな揺れは唐突に始まり数秒でピタリと止まった。既に魔法陣の内側は瘴気に満ちて、その場を侵食する。
魔法陣の中心から漆黒の汚泥がヴィクトリアの体にへばりつき、彼女の器を媒介に、ここ王城に封じた魔物が特別召喚されつつあった。シナリオ展開通りに。
ただし、その器となるのキャストはセシリー嬢ではないが。
「ヴィクトリアぁあああああああああ!? なぜだ、魔法陣の中心が変わっている? 干渉できる魔術師などいるはずがない!!」
「残念だったな、宰相テオドール閣下」
「なっ、き、貴様は――」
「王位継承権争いで尻尾は掴めなかったが、今回は言い逃れできないぞ」
ヴィクトリアと接点がないはずの宰相テオドールが狼狽していたので、ここで声をかけることにした。
俺がパーティー会場にいたことが意外だったのか宰相テオドールは目を見開き、睨み付ける。察しのいい男のことだ、一瞬で自体を理解したのだろう。
「またも貴様が邪魔をするのか! 第五王子イザックぅううううう!」
「当たり前だろう、王子の責務は果たさないとだろう?」
「あの時も、今回も貴様さえいなければぁあああああああああ!」
「はい、言質は取った。近衛兵の諸君、捕縛しろ」
「ハハッ!」
素早く近衛騎士団が禁術の使用による現行犯として宰相テオドールを取り押さえられる。
魔物との戦闘中に巻き込まれて死なれるのも困るので、近衛騎士団に捕らえさせてこの場から退去して貰った。
――おおおおおおおおおおおお!
「おっと、余興はこれまでだな」
形成しつつある魔物の姿は巨大な蛇と竜が混じり合った何かだ。
役者と舞台は揃ったとばかりに俺は魔法陣の中、いやセシリー嬢の元に駆けつける。虚数空間に預かっていた彼女のローブと魔法剣を取り出し差し出した。
彼女は髪を一つに結って、戦闘準備に入っている。
うん、髪をほどいている姿も好きだが、結っている方が彼女らしい。
セシリー・ルフォール。
公爵令嬢でありながらSクラスの魔法剣士であり、俺のパーティーメンバーの一人だ。
「ねえ、どうやって私の魔物化を阻止したの? ゲームのシナリオ通りだったら私がアレになっていたのに……」
「後で種明かししてやる。……なあ、セシリー嬢。婚約破棄が無事に終わったら、これまで通りダンジョン攻略に付き合って貰ってもいいか?」
「ふふっ、なにそれ。こういう時はデートの申し込みをするんじゃないの?」
「それは前に言質を取っているから、今回はもう少し先の予定を抑えておきたいだろう」
「ウキョウらしい。わかったわ」
「オーケー、それじゃあ。いつも通りのフォーメーションで行こうか」
俺は杖を取り出し会話しつつも彼女に肉体強化、魔法能力向上、物理無効化、精神汚染無効化などを次々とかけていく。パーティー会場もあっという間にダンジョンと変わらない瘴気に満ち、戦闘におあつらえ向きな空間へと変貌した。
「セシリー様!」
「イザック様」
同じパーティーメンバーでもある暗殺者のニナと守護騎士のジャンが加わる。特殊召喚された魔物の一掃するため、いつもの定位置に着く。
婚約破棄から一変した展開。
これでセシリー嬢の言っていた『乙女ゲームの悪役令嬢の《断罪イベント》』をぶち壊せただろうか?
まあ、その答えは戦闘後に聞けばいいだろう。
*2*
時は一週間前に遡る。
この世界に転生して早十六年。セレニテ王国は領土も広く、各地域に地下都市や地下迷宮などの遺跡が多い。そこに数百年前から魔物が大量に発生し、いつしかそれらの場所を総じて地下迷宮と呼ぶようになった。
これが冒険者組合など知る一般常識だが、事実は少し違う。
地下迷宮ができる前。
時折発生する瘴気によって魔物が出現し、村や町を襲撃していた。時期や時間などもランダムで城壁やら魔法障壁の技術が発達しても被害は減らない。そのためセレニテ王国の王は瘴気を集める魔石を開発させ、無人となった遺跡の各所にその魔石を設置。それにより魔物の発生場所をその遺跡周辺に限定させることができた。
ここまでなら『賢王』と呼ばれる偉業だったが、計算外だったのはその魔石の効果によって数年でその遺跡は《魔物の巣窟》となってしまったことだ。
定期的に討伐をしなければ、結局のところ遺跡周辺の村や町が魔物に襲撃される。しかも魔石によって発生した魔物は弱肉強食世界だったようで、階層によって以前よりも強者が生まれやすくなってしまい結果的に国を脅かさんとする脅威を残すことになった。
とまあ、王族の一貫教育で知っているだけなんだが、その俺がまさか地下迷宮攻略者──冒険者になるとは当時は思ってなかった。
凄惨な王位継承権が勃発する前に兄妹揃って継承権を放棄したおかげで、大規模な内乱も回避したし、俺を含め兄妹全員王位にさほど興味もなかったので好き勝手生きている。
第五王子イザック・レーネック・ロードもとい、冒険者ウキョウもその一人だ。
今日はギルド会館に用があり、俺とジャンの二人で向かっていた。
「──にしてもカノンの奴、ギルド会館に呼びつけるなんて何の用だろうな」
「さあ」と俺の疑問に声を返すのは、乳母姉弟であり俺のお目付け役のジャンだ。本職は護衛騎士なのだが、冒険者ではAランクの前衛戦士を担っている。
大柄でちょっと背が高くて、目鼻立ちが整っている爽やかイケメンなのがやけにムカツク。しかもガーデニングにハマっているというギャップ萌えまで付与されている。
「それよりも、第二王子からの招集を無視されてよいのですか?」
「いいって。どうせクロード兄は俺に面倒事を押しつけるつもりだろうし」
「まあ、そうかもしれませんが……今回は宰相関係だと思いますよ。今結構きな臭いですし」
ジャンの言いたいことはなんとなくわかる。
数年前、王位継承権争いを起こそうとして不発に終わってから少しは大人しくなったと思ったのだが、どうやらあの狸ジジイは懲りてないらしい。
あの時、叩き潰せば良かったと思う。本当に。
仕事は有能だがあまりにも我欲が強すぎる。今手綱を握っている国王は本当にすごいと感心してしまう。
(いや~、王位とか継がなくてほんとぉおおおおおおおによかった。ま、俺は王太子って柄じゃ無いし)
「そういえば今日は行きつけの店とかではなく、ギルド会館内なのですね」
「俺もさっきそう言ったよな」
「そうでしたっけ?」
「(コイツ……。しかし、いつも違う場所というのは……)ハッ、もしかしてついにカノンが俺に告白をすんじゃないか?」
「いや、それは絶対にないんじゃないか」
「おい。そこは『そうかもしれませんねー』とか言えよ」
「嫌です」
「いいジャン、言ってくれたっていいジャンジャン!」
「人の名前で遊ぶの、やめて下さい。次言ったらカノン嬢に好意を持っているのをばらしますよ」
「ぐっ」
ジャンは結構辛辣だったりする。
カノン。
パーティーメンバーの相棒、Sランクの魔法騎士という特異的な職業を持つ美女。長い黒髪に、碧の瞳、顔立ちも凛々しく、華奢な体なのに大剣を振り回す膂力、さっぱりとした性格でお人好しな部分も含めて全部好きだ。
彼女と肩を並べるため腕を磨き、Sランクにまで登りつめた。「馬鹿だ」とジャンに言われたのをよく覚えている。
とにもかくにも相棒と会えるのなら何でもいい。
自分から告白したい気持ちもあるが、異世界転生者であることは彼女も知っているものの、俺が王族というのは知らない。
肩書的に色々と厄介だったこともあり、そのことも告白を躊躇っている要因の一つだ。
「――にしても、どうしてカノン嬢なのです?」
投げかける言葉に俺は笑った。
俺がカノンを意識し始めたのは、あるダンジョン攻略の中層だったか。俺とカノンがトラップに引っかかり閉じ込められたことがあった。それだけでも最悪だったのに階層ボス級の敵を二体同時に相手するという絶望的な状況。さらに『一人用緊急脱出転送ポッド』がこれ見よがしに設置されているという悪意的な装置まであった。
「そうだな。危機的状況で人間の本質ってわかるだろう」
「は、はぁ」
「最低最悪の状況でもカノンは当然のように俺を信じてくれた。その心意気に惚れたのさ」
あの時の彼女の選択が衝撃的で、馬鹿げていて――でもその横顔はとても凜々しく、息を呑むほど美しかった。
舞うように美しい戦い方よりも、彼女の心の強さと聡明さにやられた。
『できるまで――やる』
簡単なようで難しいことを、彼女は不適な笑みを浮かべて立ち上がる。
何度も。何度でも。
本当は怖くて、どうしようもなくて、自分を奮い立たせているのだとすぐにわかった。
小刻みに肩をふるわせ、唇は紫色になっても挑み続ける彼女をただ守りたいと思ったのだ。「彼女は誰かに頼ることを覚えずに成長してしまったのだろう」と、昔の、前世の自分を見ているようで放っておけなかった。
不器用で、頑張り屋で、明るく振る舞う彼女の可愛らしい部分を見つけるたびに、気持ちは膨らんで――若干拗らせたのは認める。
***
見慣れた冒険者ギルド内に入ると受付カウンターや掲示板の周りは騒がしい。
現在午後過ぎ。
食事を摂っている者もいるからだろうか、仕事を受ける時は午前中で、依頼報告は夕方になるので少し新鮮だ。
俺とジャンがギルドに入った瞬間、周囲から視線が感じられた。
大半はカノンに恋慕している奴らの僻みや殺意だ。まあ、職業的にいくらSランクであっても俺のことを軟弱、後方支援とか陰口を叩いて来る連中が多い。ジャンのように大柄で貫禄があればいいだろうけれど、生憎と中肉中背。
(多少鍛えているが戦士クラスと比べられ手も困るんだな。今度見せしめに誰かの喧嘩でも買うべきか)
居心地の悪い視線を浴びながらSランク専用個室のある二階に向かう。
指定された部屋に入ると防音魔法やら物理防御魔法などいくつもの付与魔法が展開していた。どうやら秘密裏の内容らしい。
ここまでくると告白──というよりはダンジョン攻略関係だろうか。
期待外れでちょっと切ない。
部屋はテーブルを挟んで四人掛けのソファがあり、調度品などはないシンプルな部屋だ。まあ調度品などあっても盗まれる可能性も無きにしもあらずなので、別段気にしない。
「ウキョウ、突然呼び出してごめん」
「あ、いや」
思い詰めた顔でカノンはソファに座って待っていた。
今日はダンジョン攻略じゃないからか、服装は普段着に近い。焦げ茶のワンピースにフリルが付いており革のブーツ、腰のベルトには片手剣がある程度の武装だ。
実に清楚で可愛らしい。この話が終わったらデートに誘えないだろうか。いや、武器屋に行く誘いをかけてお茶ぐらいなら……。
そんなことを思案していたが、問題はニナが許すかどうかだ。
カノンの隣には同じパーティーメンバーの暗殺者のニナがいる。常に黒づくめで無口、クールビューティーだが、無類の可愛い物が好き。
本人は隠しているつもりだが。カノンと二人きりにするのを悉く回避させようとする。
俺が未だに告白できない要因の一つでもある。
「あれ、ゼロは来てないのか?」
「来てないわ。……元々、ゼロは臨時メンバーで放浪癖があるから今回は来ないのかも」
「そうか。……じゃあ、四人揃ったってことで話を進めちまうか」
「……うん」
カノンは両手をギュッと握りしめ、下唇を噛みしめていた。
これは俺が思っていたよりも深刻な内容かもしれない。
それぐらいカノンは弱音を吐くことがなかったからだ。
「実は──私、一週間後にはこの国を出なきゃいけないの」
「は?」
「だから《黄昏の空白》を脱退させてほしい!」
「はあああああああああああああああああああああああああ!?」
国を出る。
脱退。
つまりカノンともう会えなくなる──!
0.32秒でその結論を導き出し、体中の血流が一気に上昇した。
告白どころの話じゃない。というか「この国を出なければならない」というカノンの言葉尻から考え、自分の意志とは関係なく亡命しなければ命の危険あるいはまずいことが起こるということだろう。
まずは状況確認だ。頭に血が上ったが思考をフル回転させ、ある推測を立てる。
「国を出なきゃいけない──とは、王侯貴族関係のトラブルか?」
「!」
「なっ……」
カノンとニナの表情が一瞬で強張った。
ニナに至っては「詮索するな」と眉を吊り上げて睨んできている。
「(カノンと会えなくなるのは嫌だ)……同じパーティーメンバーなんだ、窮地な時ぐらい力になるぞ。事情だけでも話してみないか?」
「……ウキョウ」
「無駄だとしても?」
いつになくニナが噛みついて来るので、俺は頭を掻いた。
冒険者風情が王侯貴族の問題に介入できるはずがないと思っているのだろう。まあ、冒険者であり職業が回復士のウキョウならそうかもしれないが、イザックなら話は変わってくる。
「大方、家で決められた政略結婚に嫌気をさしたとか、そんなところだろう」
「そ、そうだけれど……。なんで、私が貴族だって思ったのよ。異世界転生のことは話したけれど、貴族だって言ったことなかったはず」
「雰囲気とか佇まいから見ていたら分かる。まあ、俺も王侯貴族の出だし」
「え」
二人とも「嘘だろ」って顔されると傷つくので、やめてもらえないだろうか。
俺、この国で一応権力ある方なのに。あ、これ結構凹む。
後ろでジャンが笑いを嚙み殺しているの、俺は気付いているからな。後で覚えていろ。
「──で、亡命するリスクより、まずは相談してみないか。それも駄目か?」
「……っ」
「カノン様、話すだけでも話してみるのはいかがでしょうか」
「ニナ!?」
ニナの口調が変わったことで、カノンの表情にも変化が訪れた。恐らく俺とジャンの関係と同じようにカノンが主人で、ニナが従者的な立ち位置なのだろう。であれば俺への牽制は当然だろう。
なんかそれはそれで信用されていない感じがしてショックだが。
「冒険者をやめる、亡命ってどういうことだよ? きっちり説明されないと俺は納得しないからな」
「……っ」
カノンは震えていた拳を握りしめたまま、碧色の美しい双眸が俺を捉える。
「私が異世界転生者だって話した時に伝えるべきだったのかもね。……カノンは冒険者名で、本名はセシリー・ルフォール。公爵令嬢なの」
「ふーん。(……ん? ルフォール?)」
この国に公爵は二桁ほどで、そのうち王族公爵は半分だ。
貴族階級は前世の貴族と認識はあまり変わらず公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵……とある。公爵家で婚約者と言ったらそれなりにつり合いが取れなければならない。
カノン──いやセシリー嬢は意を決した面持ちで唇を開いた。
「私の……婚約者の名は、レオナード・レーネック・ロード。王太子殿下なの……」
「は」
一瞬、言語化ができない言葉を聞いた感覚だった。
え、レーネック・ロード。聞き覚えありまくり。だって俺の苗字と一緒だもん。
レオナード王太子。
うん、あー、これは──長兄じゃん。「あははは」と顔に手を当てて笑ったのち、
「はあああああああああああああああああああああああ!!」
俺は人目も憚らず叫んだのだった。
いや本当に。
*3*
そう言えばパーティーメンバーを決める際に素行調査をする予定だったが、冒険者になる連中は何かしら事情があったりする。
後ろ暗い過去もあったりするわけで、情報屋に危険性が無いかだけは確認したのが裏目に出た。
(はあああああああああああああああああー。恋愛とか以前に婚約者いるじゃん。というか兄って、え、じゃなにか、俺は告白する前に振られ──)
俺の顔が青くなっているのを察してか、ニナが重い口を開いた。
「……驚かれるのも無理はありません。相手は王族、いくら権力があるとはいってもどうにもできないのです」
(いやいやいやー。よりによって兄の婚約者って……! えー、俺は兄に紹介されたことも、会ったことないんですけれど! 兄マジ許さん!!)
「ウキョウ、相談に乗ってくれてありがどう。でもね、乙女ゲームの筋書き通りだから、たぶん婚約破棄は決定事項なの」
「ん? オトメゲーム?」
カノン──いやセシリー嬢の言葉に違和感を覚えた。しかし俺の反応に斟酌するだけの心の余裕は無かったのだろう。セシリー嬢は今まで黙っていた想いが噴き出す。
「どうにか死亡フラグの回避だけはしようと思ったのだけれど、ヒロインのヴィクトリアが先回りして学院内に根回しをしていて……。それをレオナード殿下も信じてしまっているようなの。断罪イベントで私は死ぬから──」
「ちょ、ちょっと待て。ここはMMORPG《千年樹》をモデルにした世界じゃないのか?」
「え? 違うわ。乙女ゲーム《棘姫と呪縛の憂国》でしょう」
「いやいやいや、ゲームシステムやら魔法なんかはMMORPGを精密に再現しているから!」
ここで俺とセシリー嬢は互いに黙る。
俺の知っているゲーム、《千年樹》は大筋のストーリー展開などはないが、地下迷宮などの世界設定、魔物や冒険者ギルドといった部分はそっくりだった。対してセシリーの話的にストーリー展開がメインの乙女ゲームだというのが分かる。なにせ乙女ゲームの目的は攻略キャラとの恋愛シュミレーションゲームなのだから。
「……つまり世界観は《千年樹》に近いが、ストーリー展開はオトメゲーム《棘姫と呪縛の憂国》ってことか?」
「……たぶん。でも、そんなことってあるの?」
「さあな。ただ異世界転生者というありえないことがあったんだ。世界観が二つのゲームの要素を取り入れて出来たとしても別に驚かない」
「たとえそうだったとしても、私の知っているゲームシナリオは狂いなく進んでいる」
悲壮な顔をしているセシリー嬢を見ていられなくて、できるだけ明るくけれど茶化さぬように言葉を選ぶ。
「なあ、そのシナリオ展開に俺は出てくるか?」
「いないわ」
「じゃあ攻略キャラは何人いる?」
「全部で四人。レオナード殿下、宰相の息子セディック、第二王子クロード様、王宮護衛騎士長エリク」
「!」
(はっ、その王護衛騎士長エリクは、ここに居るんだが……)
思わず吹き出しそうになったが、本当に俺の名前はない。ということは乙女ゲームの世界で俺はモブってことだろうか。
まあ、別にいいけれど。
セシリー嬢の役割的には《悪役令嬢》という奴なのだろう。こんなに性格と外見のいい奴が悪役なんてありえない。そう思うとヒロインだというヴィクトリアに腹が立ってきた。
「ヴィクトリアって苗字は?」
「ないわ。平民なんだけど、魔力量が多いから特別枠で入学している」
「ということは、貴族の愛妾の娘だったりするのか。設定的に」
「よくわかったわね。……そうよ、これはゲーム設定に書かれていたのだけれど、ヴィクトリアは宰相テオドールの娘で、魔法学院の推薦や手続き、後ろ盾もあるわ」
「あの狸ジジイか」
「え」
宰相は昔から黒い噂があった。
俺たち王位継承権も水面下で互いにぶつけ合うように画策していた節もある。まあ、それもあって早々に俺たちは王位継承権を放棄してきた。
そしてこれは乙女ゲームを知っていたセシリー嬢だからこそ『宰相の愛妾の娘』だという切り札を知っていたのだろう。この事実は慎重かつ機密性が高い。
これらは公爵令嬢を蹴落とし、諸々の余罪を公爵家におっ被せてヴィクトリアを王妃にしたのち、王妃経由でレオナードを操るつもりなんだろう。
──にしても、弟として婚約者をないがしろにする兄には幻滅しかない。
「はあ……」
「色んな人を巻き込むから、そうなる前に──」
「お前が逃げたとしても宰相が犯した余罪を公爵家に被せる可能性が高い。それでも亡命を望むのか?」
「なっ」
「……では他に手があるとでも? 状況を最小限に食い止めるには今から動くしかないのです!」
ニナの言葉はある意味正しい。その断罪イベントが一週間後だったとして、今から動くのは正しい判断だ。ただし、逃げるというのは悪手でしかない。
ソファの背もたれに寄りかかりつつ、ジャンに目配せをした。俺がしようとしていることを察したのだろう。両手を上げて「ご自由に」とジェスチャーする。相変わらず俺のことをよくわかっている。
「どうなのです?」
「策はある。……まあ、詳細は情報を集めてプランを考えるけれど」
「どうやってですか! 変に期待を持たせようとするのはやめてください」
そう喚くニナを無視して、顔を俯いているセシリー嬢に視線を向けた。
「その前にカノン──セシリー嬢に一つ聞くけれど、婚約破棄は自分の意志? レオナード殿下に対しての想いはどうなのさ? 一族とか、公爵令嬢とかそう言うのを抜きで、どうしたいのか。まずはそれを教えてくれ」
「私は……」
彼女の言葉を辛抱強く待った。
貴族として感情を押し殺す術は幼いころからさせられる。でなければ魍魎跋扈する貴族のお茶会やサロンではすぐに餌食にされてしまう。
だからこそセシリー嬢が「どうしたいのか」の言葉に対して、本音を言うには覚悟がなければ難しいだろう。どちらもしても彼女の本心を聞かないと、どう動くべきかの指針が定まらない。
兄が好きで、婚約者としての立場を守りたいのか。
公爵家の一員としての矜持から婚約破棄はしたくないとか。
それとも婚約破棄して自由になりたい──とか。
(……まあ、貴族っぽい雰囲気はあったけれど、ダンジョン攻略の時のカノンは生き生きしていたし、人生を謳歌しているって風に見えたから、意外と言えば意外だな)
今まで知ることができなかった彼女の背景を垣間見て、少し感慨深い気持ちになった。
実質振られたようなものだが「この答え次第で起死回生はあるのでは?」と女々しくも期待している自分がいる。
「もし叶うのなら私と公爵家が冤罪にならず、穏便に婚約破棄をして、このまま冒険者としてウキョウたちとダンジョン攻略を続けたい!」
「レナード殿下に対して未練はないのか?」
「……幼馴染として淡い恋程度はあったと思うけれど、今はないわ。そもそも婚約者がいるのに、他の女を優先するなんてありえないもの!」
「オーケー、セシリー嬢の希望はわかった。とりあえずこちらも情報を集める必要があるので、一日待ってくれるか」
「そ、それは……構わないけれど、本気?」
「そうです。相手は王太子殿下なのですよ。王族と宰相を敵に回せるとでも?」
食って掛かるニナに、そういえばこちら側の素性を明かしていなかったことを思い出す。言葉で言っても一蹴されそうなので、虚数空間ポケットから王族の証を取り出した。百聞は一見に如かず。
我が国の紋章は家名によって様々だが、王家の場合のみ、王冠と左右対称の旗、そして中央の盾に六つの羽根を広げたドラゴン──その記章を提示した。
本来は正装の際に、胸元につけるものだ。
純金で作られており特殊な魔導具の一つでもあるが身分を示すのにとても便利で、水戸黄門の印籠並みに効果覿面だったりする。
案の定、ニナとセシリー嬢は目を大きく見開いて記章を凝視していた。
「俺の本名はイザック・レーネック・ロード。第五王子であり、王太子レオナードの弟だ」
「殿下の……弟君!?」
「そっ、え、なんで冒険者なんかに?」
その辺の経緯は少し複雑なので簡単に説明することにした。
「俺の職業は回復士なんだが、実際は《聖竜教会》の派遣執行官という立ち位置で冒険者ギルドに派遣依頼されている」
「教会で枢機卿に匹敵する……特別執行官がいると聞きましたがまさかウキョウだったなんて……」
「王位継承権争い後の避難場所という訳だ。俺たち兄妹はそれぞれ国を担う機関内に身を潜め、裏から王を支えられるように動いている」
ジョンに視線を向ける。それと同時に固く閉じていた口を開き、自身の身分を明かす。
「私の本名はエリク・オリオールと申します。イザック殿下のお目付け役であり、元王宮護衛騎士長であります」
「え、攻略キャラ!? 嘘?」
「それと恐らく今回の一件については、第二王子クロード様が既に動かれているかと。イザック様にも協力要請が来ていたようですし」
「大方宰相が勝負を仕掛けてきていたんだろうな。王位継承権争いでは失敗してあの狸ジジイは追い詰められているだろうし」
「……なっ、あ」
「セシリー嬢、俺が出しゃばってもいいか?」
「!」
「……ウキョウ」
(ボイコットしそうになったが……セシリー嬢が関わるのなら、是が非でもクロード兄の招集に応えるしかないな)
突如ニナはソファから床に膝を着いて首を下げた。
もうそれは土下座に近い。
「イザック王子とは知らず、数々の無礼な発言をお許しください!」
「ニナ! 殿下、ニナに処罰を与えるのならまずは主人の私を──」
「あー、そういう畏まられるのは面倒だから今まで通りウキョウとして接してくれ」
ひらひらと手のひらで二人に座るように促す。
生粋の王族なら違うのかもしれないが、異世界転生者である自分には遜られるのが苦手だ。それなら侮られている方が楽だったりする。
「……ウキョウ」
「なんだ?」
「どうして……協力してくれるの。レオナード殿下と争うことになるかもしれないのに──」
勘繰ってしまう心理は分かる。
敵か味方か、貴族は隙を見せないように常に細心の注意を払う。だからこそ異世界転生者にとっては息苦しい環境この上ないだろう。
不安を取り去る魔法の方法。もっとも、こんなことがなければ段取りを踏んで伝えたかったが、この際本心を告げる。
「そんなの仲間だから──」
「ウキョウ」
「うっ」
「なにか他に意図があるなら、今ってほしい」
ジッと見つめる彼女の瞳に耐え切れず、顔を背けた。やっぱり近くで見ると一層可愛い──じゃない。こういう時の嘘は駄目だ。男らしく。
「俺はカノンが好きだからぁ──にゃんとかしてやりたいと思った。それだけだ」
完璧な決め台詞になるはずだった──が、悲しいかな。
上擦った声でこれ以上なく締まらない告白となったのだった。
あー、死にたい。
ギルド会館前からやり直しってできないものですかね、神様。
*4*
「ぶっはははははっ!」と盛大に噴き出したのはジャンだ。
あれからカノンたちと話を詰めた後、明日、今日と同じ部屋で落ち合うことになり解散となった。カノンたちが退出したのちジャンは堪えきれずに噴き出し、それからそれなりに時間が経ったが笑い転げている。
「だあああああああああああー、うるさい。死ね!」
「いや、だって。肝心なところでしくじるなんて……ププッ」
「だ・ま・れ」
「はひっ……くくっ」
駄目だ。
何を言っても爆笑モードになったジャックは笑いを堪えようとすると腹筋が崩壊して気絶するというよくわからない体質だ。王族守護騎士として常に冷静沈着、ポーカーフェイスでいなければならないのに、この男はまったく向いてなかった。
有能で剣の腕も確かだが、致命的に場の空気が読めない。今日はよく耐えた方だと思う。そんなんだから足下すくわれて、団長の座を引きずり降ろされることになったんだが。
もっとも当の本人的には、俺の護衛は気楽でいいらしい。
俺への配慮欠片もないもんな。爆笑してるし。
普通の王族なら百回は殺されているぞ。
(……にしても、乙女ゲームのシナリオ展開がえぐいな。話を盛り上げるためとはいえ、王都の危機を何度許すとか宰相が有能なのか、俺たちが間抜けなのか……)
カノンは退出するまでに、乙女ゲームのシナリオ展開をある程度まとめて書面に書き出してくれた。これはある意味未来予知に近いものだ。
後で教会に寄って神様に意見を仰いでから、クロード兄に相談するのが得策だろう。それと馬鹿兄には一度接触する必要がある。
王宮に入るのは面倒なので、教会への寄付金などの件で呼び出すほうがいいだろうか。
やることが増えたせいでダンジョン攻略が一気に遠のいた。
だがカノンのためなら。
「しかし──王族と明かしてよかったのですか。教会の派遣執行という形で今回の問題に介入できたのでは?」
「相手の信用がなければ、一時的に乗り切っても長くは続かない。それに王族としての不信感を強く持ってほしくなかったから、あれでいいんだ」
「はあ。……本当に途中までは格好良かったのに」
「次蒸し返したら、お前のガーデニング趣味を姉上にばらす」
「この秘密は墓場まで持っていきます!」
(ったく……。姉上に惚れているならさっさと告白してしまえばいいのに。そしてお前の趣味はバレバレなのだということを気付かれて赤面してしまえばいい)
***
この世界そのものについての事情を確認するため、俺はクロード兄と会う前に近くの教会へと寄った。
白を基調とした荘厳な建築物。天井の高い祈りの場は建物の中央に存在し、白き竜の石像が置かれている。この石像はどの教会にも存在する。特殊な白銀魔鉱石で造られており、夜になると仄かに発光する。
俺はいつものように片膝を突いて両手を組んで黙祷。
それによって俺の意識は別空間へと移行する。
夢。
あるいは集合意識の中心。
どこまでも果て無く続く青空と、若葉色の草原。
そしてそこに寝転ぶ白い竜に辿り着く。
眼前に居るドラゴンは本物で白銀の鱗が煌めく。俺の倍以上ある巨体は猫のように丸まって、気持ちよさそうに寝ていた。というか毎回来るたびに眠っている。
「おい、神様。どういうことだ!?」
「むにゃむにゃ……ン?」
「今日は時間が無いんで、さっさと起きろ!」
「んー、あー、ウキョウか」
そう言うと巨大な竜の姿から二十代前後の美女に姿を変えた。
白く丈の短いドレスを纏い、真っ白な髪に、琥珀色の双眸、グラマーな体型だがいかんせん神様という威厳が皆無。
むしろマイナスだ。こんな姿を教会に見せたら、大司教や枢機卿は卒倒するだろうな。
彼女はこの世界を作った神様で、俺が異世界転生する羽目になった元凶でもある。
そもそも俺は三十後半の独身リーマンで、それなりに神社仏閣や古書店巡りなど趣味を謳歌していたのだが、普段通り眠って起きたらこの場所に居たのだ。
そしてこの神様は失礼なことに俺を見るなり、「ヤバッ、名前が一文字違う」と言い出し、謝罪の嵐。元の世界に戻ることは「あ、無理」と即答だったので、この世界に転生することになったのだ。
それから時折、神様から一方的に自国の危機に対して助言することが増えた。
一例をあげると王位継承権争いが水面下で起こる前に、助言したのも神様だったりする。そういう経緯から教会に身を隠すのは兄妹の中で俺となった。
「なんじゃ? 魔物の大量暴走の周期はまだ先じゃよ?」
「違う。この世界はMMORPG《千年樹》をモデルにしたんじゃないのか? なんで乙女ゲームのシナリオ要素が入っているんだ?」
「ん~。ここに集う集合意識の中からある程度土台を作り、一つの世界を作る故途中で混ざったのかもな。まあ、他の世界を作ったときも似たようなことがあったが、上手いように調和がとれておる」
「いや。そのシナリオ展開通りに進むと、この国は滅亡の危機に陥るんだが……」
「ハハハッ、そんな訳無かろう。妾が管理しておるのだぞ」
そういって笑いながら目の前にステータス画面を開く。
こういう仕様なところはゲームっぽい。神様はケラケラ笑っていたが、ステータス画面をスクロールしていくうちに顔色が真っ青、いや土色に変わっていく。
「んんんんん!?」
顔色が悪いだけではなく、全身から滝のような汗が噴き出している。
あ、これは絶対に気付いてなかったな。
案の定、俺と視線を合わすことができず目線を泳がせる。なんでこんな抜けた神様が世界を作れる能力を持っているのだか。どこが全知全能なんだか。
「『ある公爵令嬢が王太子に婚約破棄を告げられたことで、その令嬢が失望の果て闇落ち。それによって王家の地下に眠る《呪縛の大魔女》に変貌を遂げことで王家の遺跡から魔物が大量に飛び出し国を滅ぼした』──とかでも書かれているのか」
「そうじゃ! どうしてそうなった!? このままではまずいのだ。古き竜に怒られる、いや殴られる! 今年の冬ボーナスが全カットぉおおおおおお!」
「神様に上司とかいるのか。……というか、いっぺん殴られて、ボーナスカット給料も三ヶ月減俸されてしまえ!」
「管轄的な役所を持つ上役がいるのじゃ! あわわわわっ」
神様は面白いほどガクブルして小動物のように怯えている。カノンの話を聞いた時から何となくそんな予感はしていた。
この神様は「人間大好き、性善説」を体現した人だ。争いや飢饉に本気で泣いて、自分にできる助言はする。もっとも神様がこの世界に干渉するとそのしわ寄せが別のところに現れるため、できることは少ないらしい。
「今回は俺も渦中にいるらしいから、何とか手は打つ。それで――ここからは交渉だが、いざという時は手を貸してほしい」
「ウキョウぅううううううううううう」
神様なのに涙と鼻水で顔がくしゃくしゃなのだが。
俺は持っていたハンカチで涙を拭いた。
「妾の夫にしてやっても良いぞ」
「いや。それは丁重にお断りする。俺はカノン一筋だから」
「ぷぎゃあああああああああああああああああ! 神様の告白を即答で断るなぁああ。もう少し迷え、惜しめ!」
「断る」
先ほどまで真っ青だったのに、耳まで真っ赤にしてポカポカと胸を叩く。全く痛くないし、ちょっとかわいいと不覚にも思ってしまった。
いや、俺にはカノンという心に決めた人がいる。俺はカノン一筋だ。
「できる限りはこっちで何とかするが、保険として俺の持っている能力値の加護を上げてくれないか?」
「ム。しかし妾の加護は現在100パーセントであろう。それ以上となるとお主の体に負荷がかかるぞ。前にも説明したが、妾が世界に干渉した時の負荷は何処かにかかる。この場合はお主の肉体、あるいは精神を蝕むやもしれん」
「構わない。それでも何とかしたい。それにこれは保険だ」
「あー、わかった。わかった。じゃが、これは最後の手段じゃぞ」
「ああ。助かる」
「ふむ。それとこれからは毎日妾の頭を撫でよ」
「ハイ?」
唐突の要求に俺は小首をかしげた。
脈略が無さすぎるのだが。補足を求めると、「コホン」とわざとらしい咳払いをたてて、神様らしく凛とした顔つきになった。
「加護のパーセンテージを上げるためにも親密度は必要となる。つまり頭を撫でて妾を褒めるが好い」
「(ドヤ顔で言い切った)……褒める感じでいいんだ。崇めるとかじゃなくて?」
「うむ! あれは仰々しくて好きではない」
「(教会の行事殆どが全否定)あー、まあ、撫でるのはいいけど、これから忙しくなるからそう簡単にここに来られるか分からないぞ」
「なに心配するな、その辺は妾に考えがある」
そう自信満々に言っているが、俺としては物凄く不安しかない。
何をする気か問いただそうとしたが時間が来たようだ。
この特殊な空間に滞在できるのは約三分。カップラーメンかよって思うけれど、あまり長い時間この空間に居るのはよくないらしい。
肉体と魂が離れている状態に近いからだそうだ。幽体離脱じゃん、改めて考えると怖いわ。
くだらないことを考えている間に俺の意識は霧散し、ブックアウトする。
*5*
「──イザック様。あと三秒で目を覚まさなかったらスペシャル唐辛子を口に突っ込みますからね!」
「おい」
「チッ、起きられた!」
(チッ、って舌打ちが聞こえたんだが)
ジョンの奴、唐辛子を片手に持っていやがった。本当に手段を選ばなくなってきたな。
一応、俺は雇い主なのだが。
どうやら心配したジャンが長椅子に寝かしたのだろう。ちょっと大げさな気がする。
「いつもよりも深く潜っていたようでしたので、心配しました」
「お前、さっき舌打ちしたよな」
「な、なんのことでしょう!? 心配したのは本当です!」
「(舌打ちしたのを認める発言だぞ、それ)まあ、心配してくれるのは素直に嬉しいが──片手のソレはお前が処理しろよ」
「え!?」
「え、じゃねぇ。……聞きたいことは聞けたから、行くぞ」
起き上がると少しだけ体がだるいが、時期に馴染むだろう。
まったく神様に会うのも楽じゃない。そんなことを聖職者として口にするは、いかがなものかと思ったが事実なのだからしょうがない。
***
クロード兄との待ち合わせの場所はいくつかあるが、今日は地下の会員制Barルメッドに指定した。地下内だというのに空気が通っており閉鎖的な感じはない。
天井の高さと、木製の天井扇があるからだろうか。
飴色で統一された木材や照明の色合いは高級感があり、流れてくるムーディーな音楽が心地よい。賑やかな声の中はあるが、来店した客を気に掛けることはない。
黒のスーツ姿の店員は俺を見るなり「いらっしゃいませ」と声をかけ、個室へと案内する。防音魔法がしっかりした部屋は六畳ほどの空間で、飴色のテーブルに黒の革カウチがある。すでにクロード兄は着ていたようで俺を発見した途端、笑顔を浮かべた。
第二王子クロード。
現在十九歳、整った顔立ちに、鳶色の髪と瞳、普段は眼鏡をかけており細身だが長身なので俺よりも背が高い。黒のローブを纏った魔術師に近い装いだが、やはり佇まいから王族らしい風格が滲み出ている。
俺と同じ王族なのに何が違うのだろう。いや、俺も気を張ればきっと──。
「イザック、君が時間前に来るなんて珍しいね。何かあったのかな?」
「まあな。セシリー公爵令嬢と馬鹿兄の婚約の件に、宰相が絡んでいて、その悪巧みによって最終的にこの国が傾くかもしれない」
「はあ。……イザックが時間に遅れないでくるから、そうなるだろうとは思ったよ」
「お見通しって訳か」
「そりゃあ僕は君の兄だからね。そのぐらい分かるよ。それに王位継承権争いを予見したときと同じ顔をしていた」
「そう、だったか?」
「ああ。鬼気迫るものがあったよ」
あの時は神様から助言を得て結構必死だったし、今よりもずっと余裕がなかったと思う。
俺たちは王族だが家族仲は恐ろしいほどよかった。
だからこれから起こるかもしれない凄惨で残酷な骨肉の争いだけは回避する必要があったし、あの頃は子供のたわごとを一蹴される可能性だってあったから緊張もしていた。
「――で、いつまで他人行儀の口調を続けるんだい? いいかげん、お兄ちゃんって呼んでほしいんだが」
(これだから会いたくなかったんだがぁああああああああああああああああああ)
幼い頃ならまだしも俺、もう十六なんだけど。
俺が会いたくなかった理由の一つがこれだ。
俺たち王族は王位継承権争いが水面下であったこともあり兄妹全員不仲だと思われているが、事実は全く異なる。
実際は兄弟全員仲良しで定期的に顔を合わせるか、近況報告という名の手紙やら贈り物が届く。特に俺は末っ子なので、兄や姉の溺愛ぶりは酷い。
「兄さん、大事な話なんだが」
「ああ、僕にとっても大事なことなんだけど。ちゃんと呼んでくれないかな……」
「お・に・い・ち・ゃ・ん! これでいいだろう」
「ああ。まったく弟に頼まれたらしょうがないじゃない。家族会議の場を明日設けたので、そこで今後の話など詰めてしまおう」
満足したのか兄は眼鏡の淵をあげて、不敵に笑った。
頼りになる兄が居て良かったと思うと同時に、この人が敵じゃなくて良かった。いや本当に。
*6* カノンの視点
ウキョウと最初に出会ったのは、冒険者としてニナと二人だけじゃ難易度の高い依頼が受けられなくなった時だった。パーティーメンバーが最低四人以上必須というもので困っていたのをよく覚えている。
自活するためにも冒険者として生計を立てるためにも最低Bランクまでのし上がる必要だった。だから必死だったし、ウキョウの提案にも真っ先に飛びついた。
なによりウキョウという前世で耳馴染みのある名に、彼が異世界転生者だとすぐに気づいた。というか彼は隠す気が最初からなかったようだ。
同郷で、同じDランクの冒険者。
三年という時間は信頼と、確かな絆を紡ぐのに十分なものだった。それでも私が公爵令嬢で、乙女ゲームの悪役令嬢だとは口が裂けても言えなかった。
貴族たちの視線は息が詰まる。針のむしろだった。
一瞬でも気を抜けば足を引っ張り、引きずり降ろそうとする烏合の衆。
サロンやお社会は駆け引きばかりで、遠回しな嫌味に嫌がらせ。
陰湿で、幼稚。
本当に窮屈で、発狂しそうになった。
でも公爵令嬢としてではなく素の私──カノンを傍で見て支えてくれたウキョウがまさか第五王子だったなんて全く気付かなかった。
そして彼からの告白。
正直、嬉しかった。
この世界において女性という存在は王侯貴族に生まれ落ちた瞬間から、その宿命を決定づけられてしまう。貞淑と優雅さと気品、そして貴族の矜持を幼いころから叩き込まれて、最終的に求められるのは名家との縁談。その先は良妻賢母としての立ち振る舞いを求められる。
自由なんてないと思っていたのに、恋愛なんてできないって諦めていたのに──。
それら全てを根本から崩してくれた。
ちょっと間抜けな告白だったけれど、心から嬉しくて、泣きそうだったのを彼は気づいているだろうか。
前世では病気がちで入退院を繰り返していたから、恋愛に憧れていた。
いつか自分も誰かを好きになって恋をしたい。
最初はレオナード殿下に恋心を抱いていたけれど、義務的な会話、公務としての同伴、楽しそうな会話もいつの間にかなくなってギスギスしていた。だから恋愛というものがもう分からなくて、死亡フラグを回避したいのに、何もかもが上手くいかずに空回ってしまう。
乙女ゲームの悪役令嬢だとウキョウに話をしても、引かれなかったし見捨てなかった。
真剣に私の話を聞いてくれて、考えてくれて──。
それなのに、私は──。
「ああああああああああああああああああああああああー。なんで私、あの時、告白をスルーしちゃったんだろう! ウキョウに対して失礼すぎるぅうう」
自室のベッドでジタバタと数時間前の自分の言動を思い出して悶えていた。
「穴があったら入りたい! 誰か私のことを埋めてぇええええ!」
クロールをするかのように足をばたつかせていると、侍女のニナが窘める。
「お行儀が悪いですよ。それと嬢様がヘタレだからではないですか?」
「ニナぁ」
「泣き言をいっても始まりません」
「ううっ……。だって、あんな形で告白してくるなんて思ってもみないじゃない。しかも人生初の告白だったんだもん!」
「もん、じゃありません。……それで率直に言ってウキョウ様のことをどう思っているのですか?」
ぐっと顔を近づけるニナに私は言葉を濁す。
解散となったあと、ジャン――もといエルク元王宮護衛騎士長が私たちを呼び止め、「ウキョウが本来王族であることを明かしたのは、それなりの覚悟をもってのことです。本気だからこそ全てを曝け出したのだとご理解ください」と告げたことで、余計にウキョウを意識してしまっている。
「素の私を受け入れてくれて、話も合う。嫌いじゃない……でも展開が急すぎるぅうう」
「いえ。割と途中から好意を寄せていたようですよ」
「そうなの!?」
「はい。デートとか誘おうとしていたらしいのですが、私が全力で止めておきましたので」
「ニナのせいじゃん!」
「それより」
「それより!?」
「こちら、そのウキョウ様から手紙が届いております」
「え」
封蝋には王家の紋章はなかった。ただギルド経由の速達で送られていて、明日作戦会議をする場所と時間の変更のみで業務的だ。
透かし便箋には王家の紋章が見られ、ウキョウが紛れもない王族なのだとわかる。ふと便箋とは別にカードが一枚。それは日本語で書かれた懐かしい文字だった。
『全部が終わったらデートに誘ってもいいか?』と。
私たち異世界転生者にしかわからない内容。『付き合ってほしい』と書いてないところが彼らしいと口元が綻んだ。
*7*
「こっのぉおおおお、愚弟があああああああああああああ!」
「ぐげっ、がっ、げぼっ、べはっ!」
王都にある人気菓子店のVIPルームに通された瞬間、金髪の美女が男を一方的に殴っていた。金髪碧眼、女神のような美貌に紺色の軍服は体のラインがよく目立つ。もっとも下卑た視線を向けたら最後、目を潰されるだろう。たぶん。
愚兄をちょうどいいサンドバッグのように殴り続ける姉の粛清に身震いがした。まあ、婚約者がいるのに他の女にうつつを抜かしていたのだから、あのぐらいの制裁は想定内だ。
俺としては、できるのならこのまま踵を返して立ち去りたい衝動に駆られたが、「カノン――セシリー嬢のため」と足を踏み入れる。
「出入り口で突っ立っていないで中に入ったらどうだ、我が弟よ」
「ははは……姉上。お久しぶりです。相変わらずお元気なようで」
「愛い奴め! いつものように『お姉ちゃん』と呼ばんか!」
(お前もか! というか、いつも強制的に呼ばせているくせに!)
姉上は俺に抱きつくとこれでもかと頬ずりする。兄や姉の中で俺は幼い子供のままなのかスキンシップがやたら多いのだ。氷の女王と呼ばれた普段とは違って家族の前では過剰愛情が爆発する。
「姉上、ああー、お姉ちゃん。ストップ!」
「ふん、しようがないな。……おい、愚弟。いつまで伸びているのだ?」
「ひゃい……」
(のしたのは姉上なのだが……)
兄の美しい顔は散々殴られ、思い切り腫れていた。背丈は百八十センチで騎士並には鍛えているものの本物の軍人には勝てるはずもない。姉上がその気になればAランクの魔物相手と一騎打ちでも倒せるだろうし。クロード兄と姉上だけは絶対に、敵に回さないでおこう。うん。
「ヴィクトリアの話を……鵜呑みにじで、もうじ訳ない」
(俺も一発殴ろうと思っていたのに、姉上が殴りまくったせいでこれ以上はなんかかわいそうじゃないか)
「さて、愚弟の粛清は中断して今度の会議を始めよう」
(まだ足りてないんだ……)
場を仕切るのは我らが長女カミーユ姉上である。
すでにVIPルームはU型にテーブルが置かれており、座り心地の良さそうな椅子が用意されていた。第二王子のクロード兄は着席しており、紅茶のカップを片手に静観していた。
(いや、止めてやれよ……)
第三王子のジョルジュはケーキセットをカートで運びに部屋を訪れた。
百九十センチを超える巨漢かつ彫りの深い目鼻立ちに、鋭い眼光は白いコック服を着こなしている。どう考えても屈強な守護戦士にしかみえない。額と腕の深い傷が余計に目立つ。
正直、初見だったらダッシュで逃げる外見である。もっとも――。
「あ、イザックちゃん。今日は新作を作ったから食べてね♪」
「それは楽しみだよ、ジョルジュ兄」
外見とは裏腹に天使のような可愛い声なのだ。ギャップが半端ない。
ちなみにジョルジュ兄の傷は昔猫人族に引っかかれた痕である。第四王子にジルベールはこの時間は図書館勤務で忙しいので欠席のようだ。
両親も流石に王城から抜け出すことができず、遠隔魔法で通話が可能らしい。それぞれ兄と姉が席に座る中、俺は見苦しいレオナード兄の顔の傷だけは治癒魔法で癒やしてやった。
(俺だって好きな子を悲しませた兄上に殴りたかったんだが……しょうがない。全部終わったら一発殴ろう、うん)
「イザック……。労ってくれるのはお前だけだ、うう……」
「いや俺も結構怒っているからな」
「うぐっ……」
そんなこんなで俺とレオナード兄もそれぞれの席に腰を下ろす。
紅茶の香ばしい匂いとケーキやら菓子の甘い香りを味わいつつ、家族会議は始まった。司会進行ももちろんカミーユ姉上だ。
「さて、宰相テオドールのプランは『愛妾の娘を王妃に付けることでレオナードを傀儡にする』とあったが、証拠は揃っているのか?」
「ああ、僕とイザックの働きでこれまでの不正に横領もろもろの証拠は充分だ」
俺が協力したという言葉に兄と姉が嫉妬心丸出しでクロード兄を睨む。認めたくないがうちの姉と兄たちは末っ子である俺に対して執着が強い。
うん、この際ハッキリ言って重度のブラコンだ。嬉しくない。もし嬉しいと思う奴がいたら変わってほしいほどだ。いや、マジで。
好かれるのは嬉しいけれど俺、もう十六歳だから五歳児扱いは卒業してほしい。ホントに。
「と・に・か・く、宰相テオドールを捕縛するための材料はある」
「よし、尻尾を掴んでいるのなら今からでも私の精鋭に命じて宰相の屋敷に乗り――」
「姉上、ストップ。断罪するなら六日後に行われるパーティー会場で、レオナード兄がセシリー嬢を婚約破棄するタイミングにしてくれないか」
「!」
「俺様が、セシリー嬢に婚約破棄? どういうことだ?」
宰相テオドールの目的はレオナード兄を傀儡にして、王妃の座を愛妾の娘であるヴィクトリアにすること。ここまでは事前に情報が伝わっているが、その目的の為に国を混乱に貶める計画が中々にぶっ飛んでいるのだ。
「ただ一方的にレオナード兄が婚約破棄をするだけでじゃ、ルフォール公爵家が離反して、王家の信用ががた落ちするだけで、平民であるヴィクトリアが王妃に着くなどできないだろう」
「まあ、確かに。普通に考えればそうだな」
「そこで婚約破棄された時のショック、という名目で公爵令嬢の魔力を暴走させることで王城の地下に封印していた《呪縛の魔女》を特殊召喚する。国王、王妃、宰相テオドールにとって邪魔な貴族たちをここで抹殺。レオナード兄とヴィクトリアがその魔物を倒した、そうすればヴィクトリアは一気に聖女扱いされ、王家の権力が弱まったレオナード兄は、力の持つ宰相の支持を得ることで国を再建するしかないだろう」
ここに至るまでの全ては計算。
馬鹿げた絵空事だと一蹴されるかもしれないが、実際に起こりかけているのだから笑えない。
セシリー嬢の証言のみで我らの姉兄たちは動かないので、大臣が召喚に使う特殊な指輪を購入していることや、六日後後の王城パーティー会場に何度も出入りしている証拠を出した。一つ一つの行動に意味が無いようだが点を線で結べば信憑性が高くなることを話す。
ここまで俺が説明したのち、カミーユ姉上が声を上げる。
「しかしそんな危険な儀式をするつもりなら今すぐ捕縛した方が手っ取り早いのでは?」
「あー、まあ、それが直接的なやり方でスマートだけれど、《呪縛の魔女》はできるだけに早めに倒しておきたいんだ。魔物の大量暴走の影響で封印が解ける可能性もあると白き竜が危惧していたからな。それに『今回の婚約破棄に至る流れの全ては宰相の策略だった』と他の貴族たちに公表するためにも必要なことだだろう」
「確かに宰相が言い逃れできない状況を作るべきだろう」
「そうだね♪ 中途半端はよくないし、相手を油断させる方がいいと思う!」
「……ということは、まさか、俺様はその日まで愚鈍なフリをしろと」
「そう」
「当然」
「決まっているだろう」
「頑張って馬鹿兄」
「ぐぐっ……姉上と弟たちが冷たいっ!」
白き竜の神託が聞ける俺の意見は王位継承権争いでかなり役に立ったので、この辺りもあっさりと信じてくれた。
それに政治的にも宰相ほどの人間を断罪するのだから、決定的な証拠を押さえたい。でなければ王位継承権争いの時のように、トカゲの尻尾切りで部下に全てを押しつけてあの狸ジジイは難を逃れるだろう。今度は絶対にそうはさせない。
「それで特殊召喚をする際に悪役令嬢役でセシリー嬢が器に選ばれる可能性があるんだけど、クロード兄のほうで対象者をヴィクトリアに変えることはできたりする?」
眼鏡の縁をいじって勿体ぶったあげく、「無論だ」とキメ顔で答えた。うん、そういうの今はいらないから。
「本当に?」
「ああ、ジルベールの協力も必要だが理論上は可能だ。恐らく何度か現場に足を運んでいることから術式を刻み込んでいるはず。魔法陣の解析を行えば――それと公爵令嬢には、保険として加護付きのアクセサリーをいくつか装備させておく必要があるな」
「わかった。さすがクロード兄と、ジルベール兄だ」
「……んんん、イザックよ。俺様は何をすればいい?」
空気を読まずに今回の元凶を作り出したレオナード――いや馬鹿兄は期待の眼差しを向ける。この期に及んで自体を正確に把握できているのか不明だ。
「馬鹿兄はさっきも言ったように六日後の婚約破棄のイベントまでヴィクトリアとできるだけ一緒にいて道化役を演じきって、あとこれはパーティー会場での台本。だいたいこの通りになるはずだから」
「う、うむ。……なんか当たりがキツくないか。……馬鹿兄って……」
「婚約者であるセシリー嬢を蔑ろにするような兄は馬鹿兄で充分だろう」
セシリー嬢のことは好きだが、大前提は彼女が幸せになってほしいと言う気持ちが大きい。だからこの馬鹿兄は彼女のことをどう思っているのか尋ねた。
「で、馬鹿兄は、セシリー嬢のことはどう思っているんだ?」
「王妃として完璧な人材。身分、才能、能力、人格の全てにおいて申し分ない。……恋愛感情はない。俺様にとっては大事な部下あるいは同僚という感覚に近いな。今回のヴィクトリアの嫌がらせの件もあの程度、自分自身でなんらかの対策なり対処ができたはずだ。王妃候補としてとして隙を見せた彼女の落ち度だと思っている」
手にしていたティーカップの取っ手に力が入ったせいで、亀裂が入ってしまった。
「は」
俺の短くも低い声にレオナード兄は顔を青ざめていく。
自分の失言に気付いたのだろうか。もう遅い。
「自分は散々いろんな人に支えて、フォローして貰っておきながら、自分の妻になる女性に対して自分で何とか、しろ、だと?」
「あ、いや、それは……だな」
できるだけ穏やかに表情を保ったまま馬鹿兄に告げた。
俺の言葉に聞いていた兄と姉たちも「そうね」とか「確かに」と賛同する。
「はあ、僕たちの完璧なフォローが愚兄を育ててしまったのなら、今後は協力を控えましょうかね。各地域の生産量の管理やら調査結果など魔法省で統計を出して提出しているのですが来月からやめますか」
「な、クロード!?」
「あ、じゃあオレは王城に献上している菓子の値段を通常価格に戻そうかな~。レオナード兄ちゃん全然分かっていないし」
「ジョルジュまで!?」
ティーカップをソーサラーにそっと戻したカミーユ姉は「レオナード」と、短く呟いた。
レオナード兄は油の切れた機械人形のようにギギギと音を立てて首を姉上の方に向ける。
「お前、六日後の件が終わったら、私の領地に連れて帰って三ヶ月みーーーーーーーっちりその性根を叩き直してやろう。楽しみにだな。なあ、レオナード」
「あ、姉上、そ、そればかりは……」
もはやレオナード兄の顔色は真っ青から土色に変わっている。
まあ、ここまで増長してしまったのは兄の慢心なのでしょうがないだろう。
「俺様のいない間、公務は……」
「僕と、ジルベール、それとイザックに手伝って貰って回すから問題ないよ。父様と母様は異論あありますか?」
『ないわ~。最近目に余る行為が多かったからカミーユちゃんに鍛え直して貰いなさい』
『そうだな。婚約者を守ろうとしない紳士さも忘れてしまったようなので、ちょうどいいだろう』
「そ、そんなぁあ……」
レオナード兄は両肩を落として小さくなっていった。
学院に入って甘言ばかりの連中との付き合いも増えてきたので、調子に乗ったのだろう。俺たちも手紙などのやりとりはあったが、直接会うことは少なかった。
「じゃあ、話を戻すけれど、特殊召喚した魔物討伐は俺とセシリー嬢を含めた《黄昏の空白》に任せてほしい」
遅かれ早かれ王家に封印されている魔物は倒せるときに倒しておいた方がいい。少なくとも俺と白き竜の意見は一致していることも告げた。
というのもいずれ起こる魔物の大量暴走に乗じて封印が解ける可能性があるからだ。機会があるのなら掃討してレアアイテムをゲットしておきたい。
(それにSランク冒険者で倒せないのならそれこそ姉と兄の力がいる)
カミーユ姉は鋭い眼力で俺を睨むが、ここは譲れないので目を背けずに真っ直ぐに見返す。数十秒ほど見つめ合った後、姉はテーブルの上に突っ伏して白旗を揚げた。
「あー、もう。イザックがそう言う顔をするときは絶対に折れないのだろう。……お姉ちゃんの手助けはいらないのか?」
「もちろん黄昏の空白が戦闘に集中している間、招待客たちの安全はお姉ちゃんに任せたいし、火力が足りないと感じたらお姉ちゃんとお兄ちゃんの力を貸してほしい(あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、この年でお姉ちゃん、お兄ちゃん呼びはキツい!)」
俺の羞恥心と精神負荷を代償に、姉と兄たちのハートはがっつり掴んだようだ。
「しょうがないな~、イザックは」
「ふっ、このレオナード様に任せておけ」
「イザックちゃんのためにお兄ちゃん頑張る!」
「ふふん、しょうがないな。我が弟は」
(相変わらず俺のお願いに対してチョロすぎない? 俺ちょっと心配になってきた)
『ずるくないか。ワシだって息子にお願いされたいのに!』
『そうね、最近冒険者の仕事が忙しいのかちいーっとも顔を出してくれないじゃない』
不満を漏らすのは俺の両親である。
王城にそう簡単に出入り出来るわけがないので、ここ数年は顔を見せていない。ただ、三日に一度の割合で遠隔魔法を使用して連絡を取るので全く離れていない気がする。両親の言葉を華麗にスルーした。
六日後の婚約破棄に向けて着々と準備を重ね、セシリー嬢には会った時にドレスや贈り物を渡し、当日のパーティー会場に着てきてほしいと頼んだ。
彼女はゲームシナリオ通りの服装を考えていたらしいので、俺の申し出に喜んでくれた。
こうして宰相テオドールの計画を利用して当日を迎える。
*8*
再び戦場に戻る。
肝心の《呪縛の魔女》と呼ばれた人型の魔物はダンジョン54階層レベルのフロアボス並で中々に手強い。もっとも最高83階層まで上り詰めた俺たちからすれば難しい相手ではなかったけれど。
――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
絶叫と共に魔女の姿が崩れ、小さな山ほどある塊は形を変えて第二形態に移行する。それは十二の頭を持つ大蛇となり、酸漿色の瞳が怪しく煌めく。
目を見開いた瞬間、戦場の全てが石化していく。建物も、床もシャンデリアや飾れた花瓶の花々も白い陶器に変貌していった。
俺たち《黄昏の空白》を除いて。
きぃいん、と火花を散らしてセシリー嬢は蛇腹に刃を通そうとするが、火花を散らすばかりだった。身軽に他の蛇たちの攻撃を逃れ、後方に下がる。
守護戦士のジャンに少しの間、的になってもらいつつ俺の魔法防御壁を起動。暗殺者のニナは敵の弱点を探すため各属性の攻撃を的確に放つ。
その間にセシリー嬢は息を整え、俺との次の戦法を確認し合う。
「あー、第二形態の石化はちょっと厄介だな」
「そうね。蛇の頭も十二匹に増えるし、鱗も結構固かったわ」
「ニナの攻撃で効果が高かったのは白光魔法だな」
「やっぱり」
息を整えながら俺とセシリー嬢はパーティーメンバーの時と変わらないフランクな口調で戦況を分析する。
息を整え彼女は武器を変えて両手剣に持ち替えた。おそらく一撃必殺を使うのだろう。だがそれだけでは白光魔法の強化するには弱い。俺は魔法剣とセシリー嬢の手を掴み白き竜の加護を付与する。
「白き竜の祝福」
魔法剣の刀剣に幾何学模様の白い光が刻まれていく。彼女自身にも加護をかけたので光の残滓が付き従うように浮遊し、更なる光が集う。
「それでイケそうか?」
「うん、これなら――届くわ。……後ろのバックアップは任せたから」
チュッ、と頬に柔らかい唇が触れた刹那、彼女は突風の如く駆け出していった。あまりのできごとに数秒呆けてしまったが、魔法防御壁が砕かれたことで現実に引き戻される。
「――っ、ほんと、カノンらしい」
好いた彼女に応援を貰ったのだから、俺流の支援をするだけだ。いつもの通り。
白き杖を掲げて戦場ごと俺の領域に作り替える。
空気が凍るほどの冷気と共に石化した空間が解除され、戦場を支配していた瘴気が白き光によって浄化されていく。
「我が信仰の具現化、悪しき者を滅せ――白の聖域」
――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
白光魔法の究極系――領域制圧。アンデッドや魔物が存在し続けるだけで体力と魔力が一気に削られる反則技だ。
守護戦士のジャンと暗殺者のニナが防御壁を張り、カノンの一撃を撃つ時間を稼ぐ。
真昼のような赫奕の光が一点に集約される。
瞬きするのも惜しいほどの美しい光をまとめ上げる彼女の姿は勇ましく、両手を掲げて振り下ろす。
「白亜の閃光!」
光が奔り、巨大な魔物を呑み込み――爆ぜた。
凄まじい衝撃によりパーティー会場の天井は突き抜け、欠けた月が姿を見せる。
土煙と瓦礫が崩れる音が耳朶に響く。
魔物討伐によって経験値とレアアイテムが虚数空間に付与されたのを確認した。戦闘終了を意味する。
ちなみに今回の戦闘は喧伝もかねて国中にリアルタイムの生放送だ。魔導具と投影魔法によるクロード兄とジルベール兄の合作でもある。放送されたのは俺たちSランク冒険者が魔物を倒すところまでだ。これでセシリー嬢がカノンだとバレてしまうが、婚約破棄そのものが宰相の画策でそれらに果敢に挑んだ傑物という印象を上書きすることができたはずだ。
そんな訳で「レオナード殿下はわざと愚鈍なフリをしていた」というシナリオにすり替えたことでレオナード兄の評価が爆上がりした。もっともそれからみっちりカミーユ姉の元で地獄の日々を三ヶ月送るのは非公式なので殆ど知られていないが。
宰相テオドールは投獄されてから拷問官の友人が「腕が鳴る」と漏らしていたので闇葬られた余罪なども、これからつまびらかにされていくだろう。
そして楽には死ねない――ご愁傷様。
これは余談だが《呪縛の魔女》の器となっていたヴィクトリアは魔物討伐後無事に保護できたものの髪は真っ白、肌もしわしわでおばあちゃんのような外見に様変わりしていたという。父親の宰相と同様に投獄された。
彼女の場合は厳格な修道院に閉じ込められる手はずになるだろう。
それから一ヶ月ほどは後処理などに追われて忙しい日々が過ぎ、ようやく冒険者としてギルド会館に足を踏み入れた。
相変わらず俺への視線は殺意と嫉妬に塗れていたが、気にせずに予約していた個室に向かう。後ろにはジャンが付いて歩く。
「いやー、ようやくダンジョン攻略が進められますね」
「ああ。何だかんだ事後処理に一ヶ月かかるとは正直思わなかったからな」
「今日こそデートの日程が決まるといいですね」
「それな、ついでに告白の返事もほしい」
「振られるのに金貨一枚賭けましょう」
「ジャン、お前失業したいのか?」
「あはははっ、ご冗談を」
(やっぱり姉上にコイツの趣味を明かしておくんだった……くそっ)
いつもの軽口を言い合いながら俺とジャンは予約していた部屋に入った。既にセシリー嬢――カノンとニナがソファに座って待っていたようだ。俺たちに気付くと口元が微かにほころんだのが見え、これは期待できるのではないか――と淡い期待が膨らんだ。
しかし――。
「ウキョウ! 妾もこちらの世界の器を得て来てやったぞ! さあ、存分に褒めるがいい!」
「わっわわ!」
俺の後ろから唐突に姿を見せたのは銀髪碧眼の絶世の美女だった。白い法衣に身を包み、背中に白いコウモリの羽根が生えているではないか。
「か、神様!?」
「うむ! 頭を撫でる予定だったであろう! 許す!」
「いやいやいやいや!」
空気を読め。
そして登場タイミングが色々と可笑しい。
「ふふん、白き竜の祝福と白の聖域を使用するとは、頭なでなでは一日二回に増えるな。にゃははは」
(一ヶ月前の戦闘時にはまったく来る気配が無かったではないか。あ、きっとこれは神様の感覚の違いなのだろう。一日のつもりが一ヶ月――どんな奴だ!)
「あーーー、ウキョウ。その美女さんは、ど・な・た?」
音も無く背後にカノンが佇んでいた。
にっこりと怖い笑みを浮かべるカノンに俺は「ひゅっ」と変な声が出る。ジャンはこの状況に対して仲裁するどころかお腹を抱えて笑っていた。いやこれ、結構な修羅場だと思うのだけれど。
「いや、カノン。落ち着け。彼女は――」
「ウキョウ! 助けてくれ!!」
(今度は何だよ!?)
次いで部屋に飛びこんできたのは《黄昏の空白》のもう一人のメンバー、ゼロだ。
いつも深々と被っているフードを外しており、透き通るような白い肌、紫の艶やかな髪に、長い耳の――エルフ娘が俺の左腕に抱きついた。右には神様、左にはゼロ。
というかゼロって女だったのか、という衝撃が走る。
「え、ぜ、ゼロ!? おま、女? ええ!?」
「助けてほしい! ウキョウ! このままではこの国の第五王子イザックと政略結婚をさせられてしまう!」
「は」
「え」
「な」
「ぶひゃはははははっ!」
ジャン以外、間抜けな声が出た。
うん、ジャンは後で殴ろう。
「ウキョウ、どういうことか、せ・つ・め・いしてくださいね」
「そうですね。お嬢様が納得いく話を聞かせて貰いたいです」
カノンとニナがにじり寄る。
一難去ってまた一難。
エルフ国との政略結婚の話なんて聞いていないし、神様が実体化しているし、ようやくデートができそうなカノンの笑みは怖いし――何が何だかと言う状態だ。
どうやらカノンとのデートもお預けで、ダンジョン攻略はゼロの持ってきた結婚話をぶち壊してからになるだろう。
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【完結】
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