第六十二話~それぞれの行動!?~
夜の帳が恐ろしい。私はあの日以来、独りの時に電気を消して眠ることができずにいた。夜は恐ろしい。闇は怖い。それが人として、動物として当たり前の感情。だから人は、夜を、闇を駆逐したのだ。けれど私はあえて、闇に飛び込み、恐怖と対峙し、乗り越え、また一つ強くなろうとしていた。
「……」
山の中、どこかの洞穴で私は膝を抱えて前の空間をにらんでいた。警戒心を限界まで高め、生き延びるために気をとがらせる。
この山は四季たちが暮らす町から一番近い山だ。そして、この国でも有数の、険しい山でもある。私はここの山でも、特に人の手の入っていないところを探して、わざと迷った。方位磁針も地図もバックパックも何もかも捨てて、着の身着のまま、山にこもった。持ち物と言えばライターくらい。
死ぬかもしれない。それでもいい。こんな山の中で死ぬような人間は、世界で一番強くなんてなれやしないのだから。強くならなければいけない。強くならなくては。
死なないため、生きるためには、強くならないと。強く。誰よりも強く。強くなって守らないと。自分の身を守らないと。強くならないと。強くなるんだ。守れるように。強くなって、四季を、皆を守るんだ。私が、私が守るんだ。強くならないと。
「……四季」
名前を呼ぶ。胸の奥が熱くなって、身体全体が風邪をひいたときのように火照る。そして、その熱はそのまま、私の強さに直結していた。名前を呼ぶだけで体がいつもより早く動く。心の中で思うだけで、まるで薬でも打ったかのように感覚が鋭くなる。ただ彼の姿を思い浮かべるだけで、私の体は常人をたやすく凌駕する。
「……」
でも、彼も消えてしまう。私が強くなければ、彼も消えてしまう。彼がいじめをやめようとしたとき。彼が妹を救おうとしたとき。彼がクラスメイトと共に彼女の故郷に行ったとき。私が弱ければきっと、彼らの笑顔は失われていたはずだ。私が守った。それは誇らしい。だが、これからも守れるかどうかはわからない。きっと彼らも両親ように容易く、まるで砂粒か何かのように、私のそばで崩れてしまう。
そうはさせない。させやしない。私が守る。誰よりも強くなってみんなを守る。どんな犠牲を払ってでも、どんな闇に落ちようとも。皆のために、私は戦う。
「……」
洞穴の前を通りがかったウサギを、私はひと睨みして気絶させる。闘気を視線に込めてぶつけたのだ。私は洞穴から這い出てウサギを引きずり込んだ。闘気をナイフのように研ぎ澄ませ、ウサギの首を斬る。血が噴水のように飛び出て、やがてウサギはピクリとも動かなくなった。
「……ごめんな」
私は一言謝って、ウサギの皮を剥ぎにかかった。その時に使うのも、闘気を刃状にしたナイフだった。『闘気術』、と私は呼んでいる。一時期強さを求めて狂っていた私が門を叩いたのは、怪しい格闘技の道場だった。実はその道場、とある科学者集団の検体確保のための隠れ蓑で、身寄りがなく、あてもない子供たちを攫う闇の機関だったのだ。
でも私はその科学者集団に感謝した。そこで施された改造とも機械化ともつかぬ手術は、私に尋常ならざる力を与えた。つまり、闘気を、もっと言えば感情を力に変換する能力。この力を駆使して闘う『闘気術』のおかげで私は、近中距離の戦闘では負け知らずとなった。だから、油断したんだ。だから、忘れていたんだ。
強くなったって、思い込んでいたんだ。
「強く、ならなきゃ」
四季の笑顔を守るために。あいつの困ったような表情に、悲しみを加えないために。悲壮から遠く離れた存在でいれるように。
「四季……」
私はなぜか、涙を流して、その場にうずくまった。あいつの顔が、頭から離れない。現世との関わりを断って山籠もりをしているはずなのに、一番のしがらみから逃れられない。あいつの顔が見たい。あいつと笑いたい。あいつとまた、一緒に人助けがしたい。
「……四季」
でも、私は涙をぬぐって、殺したウサギを見る。笑うのは、いつでもできる。バカをやるのだって、いつでもできる。でも今強くならなければ、四季を失うかもしれない。そんなのは、嫌だった。強くならなきゃ。世界で一番、強く。
私は決意新たに、ウサギの解体を始めた。
―――――
「それで」
私は電話越しに、報告を聞いていた。四季様のアパートからそう遠くない路地裏。そろそろ夜が深くなろうかとう時分に、若き乙女がなぜこのようなところにいるのかというと。
「間違いないのですね?」
報告の内容が、あまりに酷いものだったからだ。四季様にはもちろん、その妹君のお耳には間違っても入れてはならない情報。ゆえに、万一を考え、情報を口で繰り返すようなことはしない。
『ハイです。東堂家のご両親は十年くらい前に惨殺されてますです』
「下手人は?」
『まだ逃走中で、逮捕の目途さえついていない状況っぽいです。神出鬼没で証拠はゼロ。手がかりナシ。唯一の生き残りである一人娘には何度か事情聴取が行ってるんですが、まあ、半ば記憶喪失じみていて、その一人娘、事件の時のことを断片的にしか覚えていないみたいです。追及したくても、途中で錯乱しちゃうから、当時の精神科医からドクターストップがかかって、以後、聴取はされてないみたいです。今でも時々、一人きりの時をねらって手がかりがないかどうか聞くそうですが、結果は良くないです』
「……」
情報と、今の暴力女とが一致しない。おかしい。あの女は精神科医にかかるような細い神経はしていないと思ったのだが。
「その情報信じてよいのですね?」
『はいです! 我が『三日月 朔夜』、情報収集だけは完璧です』
「そう。ほかに、彼女についてわかったことはありますか?」
追加の情報をもらえれば御の字、程度での言葉だった。しかし。
『そうですね。東堂一家殺人事件が起こったのは、ちょうど十三夜月様がいらっしゃる町の近くにある山合いですね』
そう言って、事細かに事件のあった場所を教えてくれる。これが何かの役に立てばよいのだが。まあ、だが有力な情報だろう。
『あ、もう一つ』
「何でしょう?」
『彼女、どうやら一度攫われて、『科学の徒』で何かされたようですね』
科学の徒? 聞いたことのない組織名だ。私の沈黙の意味を、彼女は正確につかんだようだ。
『科学の徒っていうのは、科学至上主義のくせに魔法じみたことが大好きなキ印科学者の集団の事ですね。でもまあ、彼らの最高傑作である『ゼロ号』が失踪したんで、事実上機能停止に陥っていますが』
「……ゼロ号?」
『詳しくはわかんないです。でも、なんていうか、めちゃくちゃ兵器とか残酷な道具作りに精通した機械だっていう話です』
「ふうん」
機械が、道具を作る? それは科学に通じていないものが言う『機械の擬人化』なのか、それともそのままの意味なのか。
『まあ、とにかくです。東堂家の一人娘はその科学の徒に捕まって、いろいろされたみたいですね』
「いろいろ、とは?」
『いろいろです。口にするのも憚られるようなことから、なんでもないようなことまでです。私は集められた情報に目を通しましたが……正直、吐き気がしましたです。なんなら、十三夜月様、資料をお送りしますが?』
「資料は絶対に送ってはなりません」
どこに送るにしても、物質があれば、四季様に隠すことはできないだろう。暴力女がどんな仕打ちを受けたのか、知る必要があるように感じたが、だからこそ、四季様に知られることを避けなければならない。
『わかりましたです。それでは通信終わりますが、最後に何かありますか?』
「ご苦労様でした。月の諜報部の方々にお伝えください」
『確かに。では、失礼します』
プツリと、通信が切れた。科学の徒、か。科学と言われて一番に頭に浮かぶのがあの白衣を着たちびっこ、心葉零なのだが……。しかし、彼女がそんな醜悪な組織に属しているとも、機械だとも思えない。殴った感触は間違いなく人間のものだったし、試験のときは彼女から疲れのようなものを感じたこともある。疲れる機械があるわけがない。つまり、彼女は科学の徒でも、ゼロ号でもないだろう。いや、科学の徒であることは疑っておいた方がいいかもしれない。
……とりあえず、報告に上がろう。
私はそう思うと、四季様のアパートへと戻った。