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第六十一話~四様の推理!?~

「あ、ちょっと待って、やっぱり私も」


 零さんと夜闇さんが部屋を出ていく寸前、私は立ちあがって二人のそばまで歩いた。なんだかこの二人、飛んでもないことをしそうに思えたのだ。


「四様、四季のそばにいてやらなくてもいいのか?」


 頷いて、夜闇さんと零さんの手を握る。振り返ってお兄ちゃんのほうを見る。なんだか疲れた様子のお兄ちゃん。でも、大丈夫。何も心配はいらないよ。


「すぐ帰ってくるよ、お兄ちゃん」


 私は満面の笑顔を作ってそう言うと、二人を連れて外に出た。


「……二人はどうやって調べるつもり?」


 扉を閉めてから、私はそんなことを聞いた。二人は真剣そのものだった。心配するまでも、なかったかな。それでも、話はやめないけど。

 

「四様さんは、『月』というものをご存知ですか?」

「知らない」


 お空に浮かんでいるものを指しているのではないことは、簡単にわかる。


「簡単に言えばメイド養成機関です。今回のように、一人の力ではどうしようもないことが起こった場合、ある程度のサポートもしてくれる、優良機関です」


 優良、ねえ。メイド養成機関なんていう胡散臭い存在自体、私にとっては信じられないのだけど。


「ということは、夜闇さんは『月』で間宵さんの情報を集めようと?」


 夜闇さんは頷いた。今度は零さんに視線を合わせる。


「ボクはネット中心だ」

「じゃあなんで外に? 家でやればいいじゃん」

「ボクはパソコンを持ってない。漫画喫茶に行くつもりだ」


 ふうん。確かに、漫画喫茶にでも行けばパソコンはあるだろう。でも。


「この近くにそんなのないよ?」

「何ッ!?」


 零さんはおおげさに驚いた。そのしぐさがみょうに愛らしかった。


「くっ……まさか」


 なんていうか、うん。


「零さんって時々抜けてるよね」

「なぬっ!? ぼ、ボクが抜けている!?」


 ががーんと、効果音がつきそうな感じでショックを受けている零さんは、普段の科学者然とした雰囲気とはまるで違って、年相応にも見える。というか零さんっていくつなんだろう。


「ねえ、零さんっていくつなの?」

「四季と同じだっ! 君はボクをバカにしてるのか!?」

「いいえ? かわいいなって思っただけ」


 私は言うと、零さんはびくりと体を硬直させ、それからずず、ずずと背中を見せずに後退した。まるで、クマを前にした時の対処方法のようだった。


「なんで後ずさるの?」

「抱きしめないのか?」

「抱きしめないよ!」


 そりゃ、ちょっとは……その、ほおずりしたいなぁ、とかナデナデしてあげたいなぁ、とか思ったけど! けど、今はそんな状況じゃないんだから。


「な、なぜだ?」

「いくら私でも状況くらい読むよ!」

「そ、そうか」


 私の言葉を聞いて、ようやく零さんは警戒を解いた。


「……あの、あなたはあの暴力女が失踪した理由……ご存じなのですか?」


 夜闇さんが、人形のような顔をかしげて聞いてきた。この人、美人さんなのには変わらないんだけど、お兄ちゃん以外に心を開くつもりはないみたい。お兄ちゃんがそばにいたら、いい表情するときあるんだけどなぁ。


「知らない。でも、まともな理由じゃないと思う」

「まともな、とは?」


 聞かれて、私は顎に指を当てた。


「そうね、格闘漫画をよく読んでいた、とか。そんな理由じゃないよ」

「根拠は、おありですか?」


 頷く。私の頭の中ではちゃんと理屈ができているのだけど、言葉にできるかどうかはわからない。それでも、私はとぎれとぎれになっても、考えていることを話す。


「如月の里で、間宵さんが勝ったこと、覚えてますよね」

「ええ」

「ああ」


 あの時、私はずっと不戦勝を続けていた。ちょっと集中を欠いてしまって、勝てなくなってしまったけど。でも、間宵さんはそんなインチキなしで、自分の実力で、勝っていた。

 女子高生が、実力で。


「如月の人たちは……弥生さんみたいに、人生を戦闘にささげているような人たちばかりのはずです」


 二人とも、うなずいてくれる。よかった。ここまで合ってたら、ほかも合っているはずだ。


「夜闇さんも、生まれてからずっと訓練を受けてきた。だから、勝てた」

「ええ、そうですね。私は十三夜月。満月一歩手前。料理以外は、完璧なのです」


 自信たっぷりに、夜闇さんは言う。この人だって、料理以外にも抜けているところは時々見つかる。完璧なんてないんだな、と私は思った。


「だから、間宵さんが勝てたのは……間宵さんだって、人生を懸けて訓練を積んできたんだと思う。それこそ、中学校からとかじゃなくて、小学校前半、いや、もっと前から」


 間宵さんの力は、女子高生の枠を超えている。それは、超えるだけの力を得るための訓練をしたということ。超えようとして、超えたということ。


「ふつう、あそこまで極端に強くなろうとしないよ」


 二人とも、私の言葉を笑わなかった。子供の戯言だと、馬鹿にしなかった。それだけでも、私は嬉しい。


「……そうだな。四季が言っていたな。両親が殺されたことと関係あると。もしかしたら、彼女の根幹が、そこにあるのかもしれん」

「四季様への想い以上に?」

「想い以上にだ」


 そういうと零さんは白衣のポケットから携帯を取り出して、どこかへコールした。


「二人とも、僕は独自に調べる。頑張ってな」


 夜闇さんも、私に一礼するとどこかへ行こうとする。


「私も、四季様のために尽力いたします。……四様さんは、四季様の元に」

「……わかった。ありがとう、夜闇さん」


 私はお礼を言うと、お兄ちゃんの部屋の扉を開ける。中では、お兄ちゃんと弥生さんが暗い表情で何かを話していた。


「あ……おかえり、四様」

「ただいま。間宵さんのこと?」


 私が聞くと、お兄ちゃんは頼りなくうなずいた。誰かを助けようとするときのお兄ちゃんはめちゃくちゃかっこいいのに、普段の……特に、こうしてふさぎ込んでいるお兄ちゃんは、少し情けなくも見える。

 けど、私はそんなお兄ちゃんも大好きだ。家族として、愛してる。きっと今でも、私がピンチになったら私の能力なんて構わず、助けてくれるのだろう。そう確信できるだけのことを、今までお兄ちゃんはしてくれたのだから。


「弥生さんは、戦ってみてどうだった?」


 少しずるい言い方になってしまったかもしれない。けど、弥生さんは嫌な顔一つせずに話してくれた。


「そ、そうです、ね。重い、と思いました」

「重い」


 何がだろう?


「あ、え、えっと、説明しないとわかりませんよね。えと、あと、ええっと……」

「落ち着いて。ゆっくり話して」


 私が言うと、あわてふためく弥生さんは大げさに深呼吸した。あがり症、なんだろうな。お兄ちゃんの前限定で。

 汚れてる、って、言ってた。辛いだろうな。自分の手が血に染まっているって、どんな気分なんだろう。だから、お兄ちゃんのそばにいてもいいのか、不安になって、恥ずかしくなってしまうのだろうか。


「えっと、間宵さんの力は……その、えっと、里にいる人でも、とりわけ強い気持ちで修行に明け暮れている人が持つような力でした。その……親からの遺言、だとか……。一族の悲願、だとかです。私は……その、修行は嫌で嫌で仕方ありませんでしたから、その、間宵さんのような重みは、ありません」


 重み。気持ちの量。それが、間宵さんは遥かに強い。だから……戦っている。


「四様、ありがとう」

「え?」


 お兄ちゃんが、ふとお礼を言った。


「手伝ってくれて、ありがとう」


 その時のほほえみが、私に力をくれる。


「家族なんだから、遠慮しないで」


 だから私も、微笑んで言った。私の笑顔が、お兄ちゃんの力になればいいな。そう願って。

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