第五十八話~ちょっとした異変!?~
この町から一番近いショッピングモールは、街の中で最大級の品ぞろえを誇る超大型のモールだ。多くの人が集まり、いろんな人が和気あいあいとここでショッピングを楽しむ。ファミリーやカップル、子供連れ、いろんな人がここにはいる。
まあ、周りをみると、楽しんでいるのは女性くらいで、男の僕らはちゃっちゃと買い物を済ませて早く帰りたいオーラが半端ない。僕はちょっと違うけど。
「あ、四季、重くねえか?」
「あのね間宵ちゃん。あんまり馬鹿にしないでくれる?」
今僕は間宵ちゃんの荷物を持っているわけだけど、あんまり大きくない上にこれ布だからものすごく軽い。にも関わらず、間宵ちゃんはこんなことを聞いてくる。いくら僕がひ弱だと言え、ねえ。
ここはファンシーショップ。僕は最初どれほど高級な物を買わされるのだろうと内心びくびくしていたのだが、間宵ちゃんは比較的安価なものを選んでいる。しかも、量も少ない。
『これほしいなぁ』
と間宵ちゃんが口にしたことはかなりあったけど、
『四季、これ買ってくれ』
と言ってきたのは今のところ一度。僕が『かわいいね』と言ったカチューシャひとつだけだった。黒の生地にゴシック調の模様が施されたシンプルなものだったけど、意外なほど間宵ちゃんに似合っていた。
「む。悪かったな。……でさ、四季、これ私に合うと思うか?」
そう言って間宵ちゃんは試着しているワンピース姿でくるりと回った。赤とピンクの服はかわいらしいけど、間宵ちゃんには似合ってない。
「ううん、間宵ちゃんにはもっと似合うのがあると思うんだ」
僕はそういって、ブティックの中を回る。白くて、窓枠がついたような模様がついたTシャツに、青いタイトなジーパン。
「これとか、間宵ちゃんにぴったりだと思うんだ!」
僕はそういって、間宵ちゃんにその服を差し出した。彼女は服を受け取ると、赤い顔をした。
「ま、まあ、四季が着ろってんなら、着るけどよ。お前こんなのが趣味だったんだな、知らなかった……」
そうぶつぶつ言いながら、間宵ちゃんは試着室へと向かった。それからすぐに、間宵ちゃんはさっき渡した服を着て出てきた。
思ったよりも胸元が強調されていて、間宵ちゃんの整ったプロポーションがよくわかる。そんなのを着せた僕っていったいなんなんだろう。
「……き、着たぞ。どうだ? 似合ってるか?」
「ばっちり! ほんとかわいいね、間宵ちゃん」
僕がそういうと、間宵ちゃんは頷いた。
「そうか、ありがとよ。……じゃあ、この服買ってくれるか? その、ちょっと値が張るけどよ」
「大丈夫! 今日は今まで貯めたお金全部使うつもりで来たから!」
そりゃ、もちろん語弊のある言い方だ。本当に大切なお金は使えないし、使うつもりもない。けど、自由にできるお金は全部間宵ちゃんのプレゼントに使う気概でここに来た。
なんたって今日は、今までずっと、万年初戦敗退の間宵ちゃんが初めて優勝したお祝いなのだから。
……そして、僕の初デート。やっぱり、意識すると恥ずかしくなってくる。それを悟られたくないから、必死で普段通りふるまってるけど、気づかれてないかな……?
「……そ、そこまでしなくていい……じゃなくて、ありがとよ。ありがたく使わせてもらうぜ」
間宵ちゃんは不敵に笑った。
けど、それからいろんなところを回ったけど、一切欲しがらなかった。
「ふう……」
僕はトイレで用を足して、手を洗った。あれからしばらくして昼食をファーストフードで済ませ、そしていったんトイレ休憩をはさむことにしたのだ。
僕が手を洗って外に出ると、さっき買った服を着て、さっき買ったカチューシャを頭に乗っけた間宵ちゃんが数人の男に絡まれていた。
「ねえ彼女、今暇? 暇でしょ?」
「いいお店知ってんの。来てくれる?」
いつもの間宵ちゃんならぱっと片づけて僕が止めるところなんだけど、今日はちょっと様子が変だ。苛立たしそうな顔をして、男たちをにらんでいるにとどめている。悪口さえ言わないのは、どうしてだろう。
「……ねえ、ってかおい、なんか言えよ!」
どん、と男のうちの一人は間宵ちゃんの肩を押した。
あ、あの人死んだ。
そう思った僕に反して、間宵ちゃんはじっと彼を見据えるだけに終わった。
「……あ? 何怖い目してんの? いいじゃんちょっとお茶するくらい」
男たちの雰囲気がどんどん悪くなっていく。
さすがにまずい。
そう思って、僕は駆け出した。
「おーい!」
名前は言わず、ただ呼ぶ。間宵ちゃんはそれだけで気づいてくれた。間宵ちゃんは僕を見ると、ほっとしたような顔をした。どきっと、一瞬だけ僕の心臓が跳ねた。
「来てくれたか。助けてくれ」
僕は頷いた。別の意味で、心臓が跳ねる。僕は男たちのそばまで歩くと、間宵ちゃんとの間に立った。
「ああ? なんだよ優男。どけよ」
男が僕を押した。僕はよろめいて、数歩下がる。すると、背中が間宵ちゃんにあたった。守らないと。理由は知らないけど、間宵ちゃんは今戦えない。僕が、守ってあげないと。
「イヤ。この子、僕の彼女なの。わかる? お邪魔虫は消えて。それとも君ら、人の彼女横からかっさらうつもり? ん? どうなの?」
「なめやがってこの野郎!」
ばきりと、顔を殴られた。僕は受け身も取れず、後ろに倒れる。間宵ちゃんは後ろに下がっていてくれたおかげて、間宵ちゃんを巻き込んで倒れるなんて無様な真似はせずに済んだ。
「もしもし警察ですか? 今彼が暴漢に襲われていまして。はい、……町の……」
間宵ちゃんが携帯片手にそう言い始めると、男たちは途端に焦り始め、周りの人たちが集まってくると、あわてて逃げて行った。
「……すまねえな、四季」
「気にしないで。君がこうならなくてよかった」
僕は腫れた頬をさすりながらそう言った。
「さ、行こうぜ。適当に治療具買って、手当してやるよ」
「え? でも警察……」
僕の言葉に、間宵ちゃんはにやりと笑って答えた。
嘘、だったのか。
「治療具くらいは私が買う」
「え、でも悪いよそんなの」
「私に買わせろ。いいな?」
有無を言わさぬ物言いに、僕は頷くしかなかった。