第五十五話~異常テストの終結!?~
もう僕は二度と復活できないかもしれない。そんなことを考えながら目が覚めた。考えられる時点でもうすでに矛盾してることに気付いて、ほっとする。……いや、ここがあの世って可能性は……。
「……お兄ちゃん」
四様の顔を見て、僕はここが現世であることを確信する。だって四様は生きているし、神様に守られてるんだから死ぬはずもないし。
僕は身体を起こして周りを見回す。どうやら、ここは僕の部屋みたいだ。どうも皆は気絶した僕の身体をアパートまで運んでくれたようだった。空が見えているから、部屋と呼べるかどうかもわからないけど。四様は僕の左側で起き上がった僕を心配そうに見ている。
「お、おはよう、四季君」
「うん、おはよう、弥生ちゃん」
僕は正面で正座をしている弥生ちゃんにあいさつをした。彼女はどことなく不安そうな表情をしている。僕が死んじゃったと思ったのかな。ごめんね、心配かけて。
「四季様、おはようございます……」
「あ、うん、おはよう。どうしたの?」
僕の右隣には、制服からメイド服に着替えた夜闇が正座で座っていた。どうしてかはわからないけど、夜闇は酷く申し訳なさそうにしている。
「……その、また暴力女の暴走を止める事ができませんでした。今は彼女自身の部屋に監禁……いえ、謹慎させていますが、不手際だったのは事実。申し訳ありませんでした」
彼女は深々と三つ指をついて謝った。
「こうなれば四季様に私の身体を捧げ、満足して頂くしか……」
「それ、全く罰になっていない」
僕の後ろの方から、零の声が聞こえた。後ろを振り返ると、白衣姿の彼女が立っていて、冷ややかな目を夜闇に向けているところだった。
「罰になっていない、とは?」
「お前、悦ぶだろう? 苦痛が伴っていなければ罰とはいえん。路地裏にでも立つか? そうすれば罰にもなるし金も入ってくる。一石二鳥だな」
「な、なんてことをいうんだよ、零!?」
僕はとんでもないことを言った零に叫ぶ。何てこと残酷なことを。冗談にしてもひどすぎるよ。
「……? お兄ちゃん、どうして路地裏に立つのが残酷で、ひどいことなの?」
「なんで君は当たり前みたいに僕の心を見透かすのっ!?」
僕が悲痛な叫びをあげると、四様はにまっと笑った。
「兄妹だからだよ。知ってる、お兄ちゃん? 世界にはね、死んでもお兄ちゃんのことを想い続けて、生き返った妹がいるんだよ?」
「それが読心術の原理なの?」
四様はコクリと頷いた。
「うん。……それで、どうして路地裏に立つのが残酷なことなの?」
「え、えっと、それは……」
僕は言いながら、零を睨む。どうして四様に持たなくてもいい疑問を持たせたんだっ!?
僕はそういう意図を視線に含ませたつもりだったけど、零はそうは取らなかったみたい。
「ふむ、了解した」
「え、なにが」
僕が止める暇もなく、零は、口を開いた。
「いいか、四様。路地裏に立つというのは簡単かつ明瞭に言うならば、ばいし」
「夜闇、止めてっ!」
「はい」
ギリギリで僕が言うと、夜闇が音もなく零に近づいて、何かをした。僕の後ろで行われたことなのでわからないけど、静かになったから、きっと口を塞いでくれたんだろう。でも、もごもご、とかの零がもがく声が聞こえないなぁ?
「……お、お兄ちゃん、れ、零さんが……」
「え?」
僕は振り向いて、絶句。零が倒れていて、ピクピクと痙攣している。
「四季様、止めました」
「口を塞いでって意味なんだけど!?」
「塞ぎましたが……」
わざわざそういう物騒な塞ぎ方をする意味を小一時間問い詰めたいのをかろうじて我慢する。
「……そ、そう。じゃあ、起こして」
「はい」
少なくとも、誤解をするようなことを言った僕が悪い。零には悪いけど、夜闇にはなんにも言わないことにする。
「……う、うむぅ……? 一体なにが……?」
「零、四様の教育に悪い言葉は謹んでくださいという四季様のお達しです」
「……むう。確かに、ボクの配慮が足りなかったか」
零は素直にそう言うと、白衣の乱れを直して再び立ち上がった。
「さて、四季。確かに罰として夜闇と交わるのも悪くはないし、四季が床で女をどう扱うか興味もあるが……今はそれどころではない」
淡々と、とんでもないことをなんでもないことのように言う零は、まさしく浮世離れした研究者、っていう感じだ。
「……そ、そうですね」
今まで黙っていた弥生ちゃんが、切実な表情で言った。
「確かに。何よりもまずやらねばならないことが今、確かにあります」
夜闇も、真剣な表情で言う。
「え、えっと、なに、かな?」
皆の視線を一様に浴びた四様は、戸惑いながら言った。
「頼みがある。テストの難易度を下げてくれ」
「お願いします、その、あの、テストを簡単にしてください!」
「テストを私にも解けるレベルに戻していただけますか?」
三者三様に、『願い』を四様に言う。願いを聞いた彼女は、目に見えて不機嫌になった。
「……なんで? いいじゃん、ちょっとくらい難しくても」
「世界レベルの学力がなければ解けないテストをちょっとと言わせるわけにはいかないな」
零が皮肉げに言った。
「……だからって、私に願いごとなんてしないでよ」
寂しげに四様は言ったのだった。……そうか、四様は前、願い事屋、なんてことをやらされてたんだ。だから、願い事をされることは、四様にとっては嫌なことでしかないんだ。
「……四様」
「なぁに、お兄ちゃん? ……お兄ちゃんも、私にお願いするの?」
「……」
お願いするべき? いいや、違うよ。そもそもこんな風にテストが難しくなったのは四様が勝手に勘違いしたせいなんだ。それを当然だと四様が思っているにせよいないにせよ、悪いのは四様。……なら、ここで『お願い』するのは間違ってるんじゃないだろうか? 僕がするべきことは、兄がこの場面でするべきことは……きっと。
「四様はさ、なんでテストを難しくしたの?」
「……難しくした方がいいと思ったから」
「そんなの、僕が言った?」
「……」
四様は突き放された子供のような顔をした。少し胸が痛むけど、今は我慢。
「今すぐ、元に戻すんだ。……いいね?」
僕が少し厳しめに言うと、四様はなぜか嬉しそうな顔をした。
「うん、わかった、お兄ちゃん。ごめんなさい。いますぐ戻すね」
にこやかに微笑むと、四様は手を胸の前で組んで、祈る。……怒られて喜ぶなんて、変な四様。
「……ふむ、そういうこと、か」
祈る四様を見ながら、零が興味深そうに呟いた。
「どうしたの?」
「なに、簡単なことだ。今まで四様を叱る人間がいなかったのだろう。誰もが自分にひれ伏し、願い事を言っていく……。叱られたことのある人間なら、喜ぶ状況だろうが、生まれた時から叱られたことがないとなると、それは苦痛以外の何ものでもないだろう」
零の説明はもっともだった。祖母も祖父も、きっと理不尽な怒りをぶつけることはあっても、正しく導くために叱ることはなかっただろう。
「……よく歪まずに育ったものだと感心します」
夜闇はそう言うけど、僕はそう思わない。こんなに簡単に世界が変えられると思うこと自体、すでに歪んでる証拠じゃないだろうか。
「……私のようにならなければいいんですけど……」
弥生ちゃんが珍しくどもらず、とちりもせずにセリフを言った。……裏人格のことを言っているんだろうか。
「……うん、できたよ、お兄ちゃん!」
祈り終わると、四様はぱあっと明るく笑った。
「うん、よくできました」
本当はお礼を言いたかったけど、それを言ったら、さっき叱ったのがテストのための方便みたいに思われちゃうかもしれない。だからここは、褒めるに留める。
「もう勝手に勘違いして世界を変えちゃだめだからねっ!」
「はぁい……」
四様は嬉しそうに返事をした。
「……さすがだな、四季。いいお兄ちゃんをしているではないか」
「ありがと、零」
零の単純な褒め言葉が、純粋に嬉しかった。僕も、ちゃんとお兄ちゃんでいるかどうかが不安だったのかな。




