第五十一話~みんなカリカリ!?~
カリカリ、カリカリ……。
「……も~だめだっ!」
僕はシャーペンを卓袱台の上に投げ出した。
「諦めんじゃねえ!」
「無理だっ! なんなのこの暗号!」
今僕は長文読解をやっているわけだけど、だんだん英語で書かれているはずの文が、エニグマ暗号機で打たれた暗号のようにしか思えなくなっていた。
「まてこらてめえ。なんで英語わかんねえくせにエニグマ暗号機知ってんだよ」
「なんで君は僕の考えが読めるのっ!?」
「私とてめえは幼馴染。忘れんなよ?」
それはあれかな、幼馴染は以心伝心できるという都市伝説かな?
「……え、エニグマなんちゃら、って、何なんですか?」
「第二次世界大戦中開発された、日本の暗号機だ。専用の解読表がなければ絶対に解けず、世界有数の諜報機関が解読表を求めて日本中を歩きまわった、とかいう噂もある」
「へえ~、そうなんだ。さすが零さん、博識」
「キミには負ける。エニグマ暗号解読表が欲しいと願えば手に入るかもな?」
「……そんなの欲しくないもん」
「む、そうか」
なんかこっちはこっちで雑談してるし!
「四季様、手が止まっておられます。今は心を機械のようにして努力なさってください。暴力女、あなたも、同様に」
「う……」
「うぐ……」
何も言えずに僕らは黙る。そう、僕たちは四様のせいで、異常なまでの勉強を強いられているのだった。あれ? 勉強を強いられる、って重ね言葉じゃないのかな? だって勉強って、もとから無理やりさせられるものだもん。とかいう現実逃避も、そう長くは続かない。
「……ああもうっ! こんなのやっていられるかっ!」
ついに、今まで我慢強かった零が、ボールペンを叩きつけた。
「なんで一研究者のボクが『世界平和を実現させる科学的な方法』を考えねばならないのだっ! こんなものが高校の、それも四季が受かるようなレベルの高校のテストに出るものかっ! もし出たとしても、『全人類にロボトミー手術を受けさせる』と書けば凌げるっ!」
「ろ、ロボトミー……?」
「それくらい自分で調べろっ! 今のボクには時間がないんだっ!」
というか零、ロボトミーって……。
「ったく。みんなカリカリしてんなぁ。夜闇、てめえはどうだ?」
「話しかけないでいただけますか。今英語が得意なあなたに話しかけられると、例えようもない怒りがどこからかふつふつとこみあがってきます」
無表情で言われても説得力がないよ。でも、説得力がないのは表情だけで、他の所はちゃんと怒りを顕にしている。おもに、腕とか指先とか。
「はん。持てない者の僻みってか? できる者はつらいねえ」
「……今の発言、許しません。……殺っ!」
ダン! と夜闇は飛び上がると、黒と白のメイド服をはためかせ、真宵ちゃんに飛びかかる。手には、無骨すぎるナイフ。
「はっ! ヤル気か? いいぜ、やってやるぜ!」
真宵ちゃんはノリノリで全身に闘気を纏わせ、構える。
「うるさいですよっ! 私今苦手な数学の勉強中なのです、黙ってくれないと気が散るじゃないですかッ!」
今までおとなしく零と話していた弥生ちゃんが、そう叫んでバッグから刃付きのメリケンサックを取り出し、指にはめた。すると弥生ちゃんの目の色が変わった。
「……殺して差し上げます、お二人とも……」
裏弥生ちゃんだ。
「上等だ弥生!」
「いいでしょう。時間浪費、いえ、暇つぶしに付き合ってさしあげます」
三つ巴でにらみ合う三人。またここで暴れるのっ!?
「まてっ!」
その時、零が立ち上がった。あ、やっぱり止めてくれるんだね、零。
「キミらは一体いつまでそんな原始的なことを続けるつもりだ? ボクが文字の奔流に狂いそうになるのをしっていながら、隣でそんな非科学的なことをされたら……」
ふと、零がさっきまでやっていたテキストを見てみる。国語の教科書だった。そうか、理科が終わった零は、苦手な国語をやり始めたんだ。
「……吹き飛ばしたくなるじゃないか」
ゴロン、ゴロゴロ、ゴロロン。
重低音がして、物凄く小さな黒い塊が、いくつもいくつも零の白衣からこぼれた。
「……くふふ、くふふふふっ! これは『ボム』。ボクはこれにその名以外を名付けるつもりはない。この爆弾の役目はたったひとつ、単純にして明快!」
「え?」
ちょっとまって、今爆弾って!? なんで急にそんなことに!?
「ちっ! 零を潰すぞ!」
「わかってます」
「理解しています!」
真宵ちゃん、裏弥生ちゃん、夜闇が零に向かって攻撃を放つ。真宵ちゃんの極高密度の闘気は寸分違わず零のお腹にクリーンヒット。げぼ、なんて悲痛な声を上げて零は吹き飛んだ。
次に裏弥生ちゃんの鋭いかかと落とし。ぼきぐしゃ、なんて残酷な音が零の首から聞こえた。
最後に夜闇の破壊的な峰うち。ただのナイフでの攻撃だが、夜闇のは桁が違い、メリメリィッ、と袈裟懸けに零は切られ、どこか遠くへと吹き飛んで行った。その途中に零が呟いた一言は、僕の耳に絶望をもたらした。
「くふふふっ! あと三秒……」
一、弐の、
あ、だめ、死んじゃっ
惨。