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第三十五話~弥生と間宵~

 準決勝、もう一組は弥生ちゃんと間宵ちゃんだった。予想はできていたし、多分こういう組み合わせになることぐらい僕にだって見えていたよ。


 ……でも。


 この二人は、他の参加者とは格が、核が違った。


 弥生ちゃんは驚異的な技術と戦況を読む力で。


 間宵ちゃんは純粋に圧倒的な暴力で。


 それぞれ、勝ち上がってきた。


 二人が、リングに上がる。


 「……よお、弥生」

 「こんにちは、間宵さん」


 片方は敵意むき出しに。片方は感情が消え去ったかのように冷静に。


 「……さあ、弥生、話し合おうぜ。……私ら流にな!」

 「ええ、話し合いましょう。話い合い(ころしあい)ましょう」



 しばらく、無言。僕ら常人ではあずかり知らぬ会話を、二人はしているみたいだった。


 「行くぜ!」


 沈黙を破ったのはやっぱりと言うか、間宵ちゃんだった。

 闘気をまとわせることのない、純粋な拳。


 それを無言で横に受け流すと、弥生ちゃんは脚払いをかける。

 「は!またかよ!そう何度も食らうかっての!」


 軽やかに跳んでよけると、いったん距離をあける。


 「それにしても、昨日もバトったところなのにまたお前と戦ってんだからなあ。そう言えば最近バトってばっかだな?そう思わねえか、弥生?」


 「そうですね。その大半はあなたのせいですが……!」

 

 言葉の途中で弥生ちゃんは間宵ちゃんに突進し、手刀で首を薙ぐように振る。

 もちろん間宵ちゃんはよけるけど、もし当たっていたらあれ、死んでいたんじゃないだろうか?


 「は?知らねえよんなこと。つうか今私らバトってんのは間違いなくお前のせいだよな、弥生?」

 「それほど戦いが嫌なら彼の前から消えたらいいのでは?使えない戦士はただのクズですよ」


 辛辣に言う弥生ちゃんは、悲しそうなんだけど、表情には出ない。


 「はあ?私が戦士ぃ?私はただの女子高生だよ!いつ私が戦士になった!」

 「闘気をまとえてこの里の人間に余裕で勝てるただの女子高生がいてたまりますか」

 「だから、私は高校生だっての」

 「なぜそこまで頑なに否定するのですか。あなたらしくない」

 「てめえがそれ言うか?自覚してんのか?自覚なしか?天然か?」


 言い合いながらも、拳と脚は激しくぶつかり合い、競り合い、いつしかその勢いは命を研ぎ澄ますようにだんだんと速く、強くなっていった。



 それと同時に言葉の強さも純粋に攻撃力を増していった。


 「ええ言いますよ。普段のあなたなら笑って肯定するぐらいのことはしたでしょうに。……彼がいるからですか?」

 「はあ!?もっとわかんねえし!なんで四季がいるからって私がそんな殊勝にならなきゃいけね」

 「私は『彼』と、言っただけですが?」

 「――――!!?」

 

 顔を真っ赤にして、心なしか攻撃の勢いがました間宵ちゃんは大きな声で否定する。


 「ふざけるな!私の知り合いで男っつったら四季しかいねえだろ!てめえはどうなんだてめえは!四季のことがさんざ好きだとかぬかしやがって、勝手に部屋上がり込んで!そのわりにゃずいぶんとあいつに冷てぇじゃねえか!ああ!?学校でのお前は可愛子ぶりっこだったってか!?」


 「違います!私は、私がこうなったのは仕方のないことで、あれは別に可愛子ぶっているわけではありません!」

 「必死に否定するじゃねえか。図星かこの野郎!」


 闘気をまとわせた必殺の一撃。それをかわしてカウンターで心臓を狙った拳を放つ弥生ちゃん。


 「っぶねえ!殺す気か!」

 「それもいいような気がしてきましたよ。そう言えば私とあなたは、恋敵、でしたね!」

 「違ぇ!私は別にあいつのことは好きでもなんでもねえ!」

 「何でもないならなぜこんな辺境にまでついてくるのです!せめてあなたの存在がなければ幾分かやりやすかったものを!」

 「は!ずいぶんと暗ぇ考え方だなぁおい!そんなことだからいじめられんだよ!」

 

 攻撃をかわしつつ、二人はどんどんどんどんヒートアップしていく。


 「いじめ?違います、私が我慢してあげていたのですよ!」

 「は!私だったら死なねえ程度に痛めつけるけどな!それもできなかったのかよ!」

 「私はあなたではないのです!手加減なんてまだるっこしいことをやってられますか!」

 「てめえとことん極端だな!殺すか無抵抗かのどっちかしか選べねえのかよ!」

 「そうすることしか知らないのですよ!」


 互いの衣服はボロボロ、裂けた皮からは血が滲みでて、二人はもう充分に疲弊していた。


 でも、互いに一歩も譲らない。

 一切も一瞬も手を抜かず、戦っている。


 「いいですか、私はこの里に生まれました。如月の名を背負うために生まれました!期待にこたえるには戦う術が必要不可欠だったのです!そしてそうやって戦って戦って戦い続けて、気がつけば殺すかそうでないかの二者択一しかできない頭になっているのです!武器を取れば全て反射で動くから、絶対に手加減なんてできないのです!戦うたびに血に濡れます。戦うたびに汚れます!その度その度に、私は普通の生活ができなくなっていくのです!


 あなたにこの気持ちがわかりますか!?


 じゃれあいすらもできない、そんな私の気持ちが!手加減ができるあなたをどれほどうらやんでいるか、わかりますか!?


 気軽になれあえるあなたたちがどれほど恨めしいか、わかりますか!?」


 「わかるかよんなもん!」


 今までで一番大きな闘気の塊が弥生ちゃんに命中し、弥生ちゃんは吹き飛ばされる。

 仰向けの状態からすぐに起き上がり、膝をついた状態にまで立て直すけど、そこからは立たない。

 ……いや、立てない、かな?


 「血に汚れてる?手加減ができない?んなこと私に言うな!誰にも言うな!そんなの私らに言ってどうすんだ!これからはずっとてめえに気ぃ使えってか!?ふざけんな!甘えんじゃねえよ!」

 「でも!私は、それでも」


 「『でも』を言うんなら、もとに戻ってからにしやがれ!」

 「!!」

 

 間宵ちゃんの、一喝。


 「てめえほんとは弥生じゃねえだろ?わかんだよそれぐらい!私は格闘家だ、一度戦ってその次に太刀筋全然違ったら馬鹿でも気付く。……ああん?どうしてそうなったんだよ、てめえはよ!」


 弥生ちゃんが、別人?それってどういう……。


 「いいか、私はてめえが人格二つあろうが三つあろうが気にしねえ。でもな!ウジウジされるぐらいだったら相談に乗られた方がまだマシだっつうの!」

 「でも、さっきは誰にも言うなって」

 「てめえは愚痴と相談の判別もできねえのか!愚痴はごめんだが相談ならいつでも受け付けてやるってンだ!ああん?どうすんだよ弥生!」


 弥生ちゃんは、信じられないものを見るように目を見開いていた。


 「……こ、降参します。だ、だから……」

 「だから、なんだよ?」


 そして、ぎゅっと胸の前で何かを決意するように手を握ると……


 









 「だから、相談に乗ってください」

 「わかったぜ。……しゃーねーな」












 照れくさそうに間宵ちゃんが言うと、準決勝は終わりを告げた。











 勝者、東堂間宵――


 決勝は、もうすぐ。

 

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