フード作成~シューストリングポテトMサイズ~
キッチンに入ってまず目に飛び込んで来たのは、数台の大きな業務用冷凍冷蔵庫。そして油の入ったフライヤー。そこに3つの銀色のフライヤー用バスケットが設置されている。業務用の1500Wの電子レンジが2台。ドリンクのディスペンサーやコーヒーマシンにソフトクリームマシン。さらには色々な種類の酒瓶が並んでいる。
「なるほど」
俺は一通り見て全てを把握した。以前アルバイトしていた店とほぼ同じだ。キッチンの中はどこのカラオケ店もそう変わらないようだ。あとはどこに何がしまってあるか。そして、レシピを覚えればキッチンはクリアしたも同然だろう。
俺がキッチンの中でキョロキョロしていると、不意に後ろにいたはずの五十嵐さんが俺の行く手に飛び出した。そして、冷凍庫の観音開きの扉をバカっと開けて中からポリ袋に小分けされたポテトを1袋取り出し、俺の横のステンレス製の作業台に置いた。
「ポテト小分けされたやつはこの冷凍庫に入ってます。サイズ毎に分けてあるのでオーダー入ったポテトのサイズ確認してから取り出してください!」
「了解です」
「あと、ここにイザヨイがオーダー貼ってくれてます」
五十嵐さんの指さす先には確かに小さな感熱紙がペロンと貼ってあった。俺は先程から大人しい十六夜さんへと視線を向ける。俺と五十嵐さんの様子を興味深そうに眺めていたが、俺と目が合いそうになると自然に目を逸らす。何だろう、デジャブを感じる。
「シューストリングポテト (M)が1個」
俺は気を取り直してオーダーを読み上げた。
「そうです! シューストのMは250gです」
五十嵐さんは先程冷凍庫から取り出した小分けされたポテトをひょいと持ち上げた。
「なるほど。シューストMは250g」
「でー、あとはこっちのフライヤーに入れて2分半、タイマーで測りながら揚げて、塩振って、このカゴに入れて完成! って感じです! あ、ケチャップとマヨネーズも添えてね。簡単でしょ?」
めちゃくちゃ笑顔な五十嵐さんはジェスチャーをしながら教えてくれた。何か……めっち楽しいぞ。つーか、ショートカット似合い過ぎだよ、キミ。可愛過ぎてニヤけそうだ。
などと不埒な事を考えながら、俺は無意識にポテトを袋から出してフライヤーのバスケットに入れ、油の中へと落とした。そして視界に入った2分半に設定済みのタイマーのスイッチを押す。
「宮坂さん、迷いのない投入でしたね」
五十嵐さんはクスクスと笑いながら言った。
まったく意識していなかったが、手に冷凍のポテトを持ち、そばにフライヤーがあると自動的に揚げるように脳にインプットされてしまっているようだ。職業病というやつかな。怖いねぇ。
「2人はリコリス歴はどのくらいなの?」
俺はタイマーが鳴るまでの間、少しでもコミュニケーションを取ろうと2人に話を振った。意外に自然な感じで話を振れたのではないか?
「私とイザヨイはオープニングですよ。三鷹店出来てまだ半年だから、私達も半年ですねー」
「そっか、2人は仲良さそうだけど、同じ……大学とか?」
「ノンノンですよ。私達大学生じゃなくって、声優の養成所通ってるんですよー。そこの同期なんです」
「え! 声優!? 凄っ! 通りで声可愛いわけだ!」
俺は驚きと嬉しさで急にテンションが上がりセクハラになりかねない事を口走る。
ヤバいと思ったが、五十嵐さんはすこぶる嬉しそうにニコニコしているし、十六夜さんも顔を背けてニヤニヤしている。
ああ、やっぱ可愛いわ、この子達。
「でもまだ卵ですよ。全然アニメとか出てませんよ。宮坂さんはアニメ好きなんですか?」
「アニメ好きだよ。めちゃくちゃ詳しいってわけじゃなくて、狭く浅くって感じだけど」
「へー、何が1番好きですか??」
出た。この質問。何が1番好きか。この手の質問であまりにマイナー過ぎるものを言うのは大抵不正解だ。変な空気になってせっかくの楽しい会話が終了してしまいかねない。かと言って嘘をついたら後々面倒になる。慎重に選べ、俺!
「『鬼退治で候』とか『奇術パイセン』は放送されたのは観たかな」
「なるほどー、有名所は押さえてる感じですね! 私もそれはもちろん履修済みです!」
うむ、何か物足りない回答だったか。今流行りのアニメは安牌過ぎて微妙な感じかもしれない。もっとコアな奴を言えば良かったか……
「宮坂さん、『腐食先生』は観てませんか?」
俺が次のボールをどう返すか迷いかけた時、大人しかった十六夜さんが不意にボールを投げ掛けた。
「観てるよ、リアルタイムで。今期それと鬼退治の2期しか観てないんだよね」
「マジ!? じゃあ、語れますかね? ユピーとお父さんが再会するシーン超泣けましたよね??」
「うん、泣けた。不意打ち過ぎるよなあの演出。父と子の絆というのはやっぱああでなきゃ!」
「そうそう! 私1人で放送終わってからもしくしく泣いてましたよ〜」
十六夜さんはアニメの話になると、急に饒舌に話し始めた。『腐食先生』、余程好きなのだろうな。
「宮坂さんすみませんねー、イザヨイは最近『腐食』にハマってるみたいで、その話になるとオタクが爆発しちゃうんですよー、嫌じゃなかったら話聞いてあげてください。ここじゃあ、アニメの話出来る人私以外いなかったんで」
「そうなんだ。じゃあ、『腐食』復習しとくわ」
──と、言ってる間にピピピピと、2分半を報せるタイマーが鳴り響く。
「あ、宮坂さん、ポテトオッケ……」
五十嵐さんが言いかけた時にはすでにポテトを油から上げ、バスケットからボウルに移し塩を適量振りかけステンレス製のザルの入ったボウルを振っていた。華麗にポテトは宙を舞い、塩が満遍なく全体に降り掛かる。
「宮坂さん……何でそんなにポテト混ぜるの上手なんですか?? 今日初めてですよね??」
「ホント……めっちゃ上手い。神じゃん」
五十嵐さんと十六夜さんは、俺の華麗なボウル捌きに驚嘆し目を見開いている。
何だこのラノベでよくある「また俺何かやっちゃいました?」みたいな状況。もしかして、俺、前世 (前々職)のスキルで無双できる?
「俺、ここに来る前は別のカラオケ店で6年バイトしてたからねー」
俺はシャカシャカとボウルを振り、ポテトを踊らせながらネタばらしをした。まあ、隠しておく必要もないからな。
「何だー初めてじゃないんですかー! じゃあ、カラオケバイト歴半年の私達なんかより全然ベテランじゃないですかー! 言ってくださいよ〜意地悪〜私先輩づらして教えちゃって恥ずかしい」
五十嵐さんは口を尖らせて言う。
俺はいい塩梅に塩と混ざったポテトの入ったボウルを作業台に置いた。
「俺がカラオケ業界長かったとしても、五十嵐さんと十六夜さんは俺にとって先輩だよ。リコリスでのルールを俺は知らないから、もしかしたら俺がやってたやり方と違う事があるかもしれない。そこはちゃんと教えてもらわなきゃ」
2人の機嫌を損ねないようにと、俺は気の利いた事を言ったつもりだったのだが、五十嵐さんは何故かクスリと笑った。
「じゃあ……はい、カゴはこれです。ここにポテト用のカゴのストックあるので適当にとって、この紙を敷いてください」
五十嵐さんはまた優しくポテト作成の工程を教えてくれた。
俺は言われるがままにボウルの中のポテトをバラバラとオシャレな紙の敷いたカゴへと入れた。
「ほい」
そのカゴの横に丸いトレイが十六夜さんによって置かれた。トレイの上にはすでにケチャップとマヨネーズが乗った小さな器と割り箸とおしぼりのセットが置いてあった。
「よし! それじゃあ、このケチャマヨくん達と一緒にポテト持って行ってください。5号室です!」
五十嵐さんは親指を立てて俺に指示を出した。
「おっし! 任されよ! 行ってきまーす!」
俺が意気揚々と丸いトレイを持ち上げると、
「「お願いしまーす!」」
と声優の卵たちの可愛い声が俺をキッチンから送り出した。
意外と普通に話せている。きっとめちゃくちゃ楽しいからだ。
年下の女の子とはもうバイト時代のような接点はないと思っていたがそんな事はなかった。やっぱカラオケ業界に戻って来て正解だったな。毎日こんな癒しがあれば、きっと辛い事があっても頑張れるだろう。
──と、思っていた俺だったが、廊下に出てピタリと立ち止まった。
「5号室ってどこだ?」
例え業界が長くても、やはりその店特有の事は分からんのだった。