漆黒2
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会議を終えたフリデミング殿下と廊下を移動していると、軍の詰所の辺りが騒然としているのが目に入った。
「何かあったのかな?」
フリデミング殿下が足を止め、俺に問いかけた。
すると、ウラスタ先輩と近衛騎士団の副団長が慌ててこちらに駆けて来るのか見えた。あれ?副団長が腕に抱き上げているのって…ハラシュリア様じゃないか!
「ハラシュリア!お前何やっ…」
「フリデミング!軍の方達を借りるわよ!マエリアが攫われたのよっ!」
「なっ!?」
「!」
マエリア嬢が攫われた…え?どういうことだ?
「いつだ!?」
「ついさっきよ!メイド棟の物置で探し物をしていて、マエリアが廊下に1人になった時に連れて行かれちゃったのよ!」
「賊は何人ですか!?」
俺が副団長に聞くと、ハラシュリア様の目撃したのは二名だった…と答えた。
「逃げた方向も分かっている、裏門から逃走したと衛兵が複数人見ている。今、斥候が追跡してる。すぐに第四部隊の者が…」
「私も追います」
副団長の言葉を遮って俺が言うと、皆が一斉に俺を見た。
「あ~やっぱりルベルの想い人ってマエリア嬢なのかあ~」
俺はギョッとしてそう言ったウラスタ先輩を見た。ニヤリと笑う渋い男だ…
「なんだって!?」
「嘘だろぉ!」
「やられたぁ!」
「勝てる気がせん!」
何だ…何なんだ?
俺達の周りにいた近衛や軍の奴らが物凄い叫びをあげている…え?想い人…ああ、ジーニレア=フリスベイに言ったあれか……そうか。何だか急に恥ずかしくなってきた。
「分かったぁ!ルベルを追尾隊に加えよう!くぅぅ…皆、異論は無いな!?」
「畜生ーーーおおっ!」
「もうこうなりゃ暴れてやるーーやるぞー!」
変な雄叫びを上げている軍の若い兵士の迫力に圧されつつ…フリデミング殿下を見ると、大きく頷いておられた。
「よしっ!俺も行くぞ!」
「ええっ!」
殿下が直接行くのか…?と思ったが気が急いているので、それどころではないな…と気持ちを切り替えた。
詰所前にいる魔術師から魔力を帯びた光の玉が空中に放たれた、追尾魔法だ。追尾魔法が移動し始めると、軍の中将閣下が叫んだ。
「西の方角だ!追尾開始!」
「御意!」
本当は陣形を組んで進まなければいけないのだが、俺が飛び出すとウラスタ先輩も副団長も同じような速度で駆け出していた。
「ひえええええっ!」
ハラシュリア様の雄叫びが王宮の裏庭に響き渡った。
副団長、小脇に女の子を抱えているのを忘れてませんか?おまけに…驚いたのが
「ハラシュリア!口を噤んでいろっ舌を噛むぞ!」
そう言ってフリデミング殿下が俺達に余裕で付いて来ていることだった。そう言えばフートロザエンド王国の第二王子殿下って軍に入られていて、すごくお強いと聞いたことがあるのだが…もしかしてフリデミング殿下も素質ありか?
そうして追跡魔法の光を追いかけて行くと…俺達の前に廃村が見えてきた。
「ここは数十年前に廃れた地域だ!」
ウラスタ先輩の声に更に神経を研ぎ澄ます。
「…っなの…っ」
甲高い女の声が聞こえた。あっちか…!
勿論、ウラスタ先輩も副団長も気が付いて、進行方向を変えた。どうやらフリデミング殿下の方が身軽らしく、すでにちょっと先を走っている。
「魔力の気配を四つ感じるぞ!気を付けろ」
すげぇ…と内心唸った。前を走る細身の少年は魔力も感じ取る上に動きに隙が無い…これはそうとう強いんじゃないかな?
同じ事を副団長も感じたらしい。
「こりゃあ、剣技の腕前も気になるねぇ…そういやフリデミング殿下ってどれくらいお強いの?」
俺に聞いて来るが、手合わせした事ないし…すると
「多分、グリアゲリア級の魔獣なら一撃ね。本当はシュリツピーア王国に来ていなければ軍に入隊するつもりだったのよ?本人もそっちの方が素質があるのは承知しているの」
副団長の腕の中で、何故か得意満面なハラシュリア様がそう答えた。
「うへぇ…あれだけ賢くていらっしゃるのに、剣技の方が得意だと?」
「それは是非とも…戦ってみたいね」
副団長の嘆きとウラスタ先輩の挑戦的な言葉が呟かれた次の瞬間、先頭を行くフリデミング殿下が魔法を発動した。しかも無詠唱でだ!?嘘だろう?
「なんだありゃ!?魔法かっ!?」
フリデミング殿下が投げつけたそれは、物凄い勢いで廃村の中の元集会場のような大きな建物の窓に激突して激しい破裂音が鳴った。
耳が痛い…高い音が頭に響き渡る…耳鳴りか?
「馬鹿フリデミングッ!聴覚を攻撃する魔法を使ったわね!使うなら使うって言いなさいよ!」
「ごめーーん!でも見付けた!入るぞっ」
え?聴覚を攻撃?そんな魔法あったっけ?ハラシュリア様を見た後、フリデミング殿下を見たら殿下はもう建物の中へと入って行こうとしていた。確かめるのは後だ!
殿下が飛び込んだ破れた窓の中に、俺も飛び込んだ。室内はまだ甲高い音が響いている。
「マエリア!」
室内に飛び込みながら辺りを見ると、床に倒れ込んでいるマエリア嬢の姿が目に飛び込んできた。
目隠しをされて…縛られている!?
俺より先に侵入していたフリデミング殿下は賊の男達を一撃で沈めていた。俺はマエリア嬢に向かって走り出した。
目隠しをされているマエリア嬢は、座り込んだまま周りを見回している。
「漆黒の獣様っ!」
マエリア嬢がその名を呼んだ!無意識に叫び返していた。
「私だっ!マエリア!」
「…っ!ルベル様ぁぁ…」
私の走ってくる方向に体を向けたマエリア嬢は倒れそうになった。何とか滑り込んで体を抱き抱える、そして急いで目隠しを外した。何度か瞬きをして光の中、私を見詰める私の想い人…愛しき乙女。
「ルベル様…うぅ…」
マエリア嬢は私を見ると大粒の涙を零し始めた。
「マエリア、もう大丈夫です。よく頑張った」
怯えて震える柔らかい体、宝石のような涙を零し覗く瞳の色は木々の新芽のようだ。泣きながらも魅惑的に俺を誘う色気のある唇…マエリア=アビランテ嬢。
「マエリア!?怪我は……いやぁ!?マエリアの綺麗な顔に平手の跡がっ!?」
ハラシュリア様が転がるように駆けて来られて、泣き叫びながらマエリア嬢にしがみ付かれた。顔をしかめているマエリア嬢。もしかして顔だけじゃなくて肩も痛めているのか……私の中でプチンと何かが切れた。
後ろ手に縛られていたマエリア嬢の手の縄をウラスタ先輩が小刀で切り解いてくれた。
「済まなかった…俺も付いていながら…遅れを取った…」
「い、いえ…ウラスタ卿はハラシュリア様の御身をお守りするのがお仕事です…当然の…」
そう言いかけているマエリア嬢は辛そうに顔を歪ませている…顔が痛いのか…誰が殴ったんだ?
私は床に転がっている賊の所へ走り込んだ。すでにフリデミング殿下に沈められている男達を足蹴りにし、何度も殴りつけた。お前らがマエリア嬢を殴ったのか?お前か?何度も男達を殴っていると、横で女がブルブル震えているのに気が付いた。
この女がマエリア嬢を叩いたのか?もしかして蹴ったのか?
「いやああ!やめてぇ!」
泣き叫ぶ女の髪を掴み上げ拳で殴ろうとしたら
「もうよせっ!後は軍に任せろ!」
フリデミング殿下と副団長に羽交い締めにされて、やっと我に返った。
マエリア嬢は俺を見て、顔を引きつらせていた。しまった…男を殴った時についた拳の返り血を見て益々しまった…と思った。
男に怯える彼女の前で散々暴れてしまった。
その後、マエリア嬢は軍の医術医に連れられて先に帰って行った。
フリデミング殿下とハラシュリア様と共に残った俺とウラスタ先輩は、男二人と…よく見ればジーニレア=フリスベイ元侯爵令嬢だとやっと気が付いた…女一人の、賊の三人に苦々しい顔を向けていた。
「マエリアが狙われるなんて…」
「ルベルがあの女の前で愛を叫んだから、あの女が暴走したんだろう」
愛を叫ぶ…フリデミング殿下がジーニレア=フリスベイを指差しているのを見て、ああ…想い人の~のアレか?と考えた。確かにあの時、想い人がいますと言った時にマエリア嬢をチラッと見てしまったし、事実マエリア嬢はいつも可愛いな~綺麗だな~とかは思っているのも本当だし…
俺……思っているよりマエリア嬢のこと好きなのかも。
自分で自覚してしまうと途端に顔に熱が籠ってきた。フリデミング殿下とウラスタ先輩がニヤニヤしながら見てくる、やりにくい!
賊の三人の後始末は軍に任せて、殿下方と王宮に戻った。
城の医術医院で怪我の治療を受けているマエリア嬢の容態が気になる…
昼過ぎにハラシュリア様がフリデミング殿下の所にやって来て、治療中のマエリア嬢の病状を教えてくれた。
「マエリアの怪我は打撲と擦り傷だったわ…外傷だけで体のそれ以外は酷い扱いを受けてなかったみたい…」
良かった…心の底から安堵の息が漏れる。俺達の到着がもっと遅れていたら…と思うとゾッと怖気がする。
ハラシュリア様はソファに腰かけると、侍従のフーレイがさんが入れてくれたお茶を飲んでいる。
フリデミング殿下が目配せしたので、静かに廊下に出た。廊下にはウラスタ先輩が居た。
「俺がいるから、先に休憩に入れ」
先輩の言葉に甘えることにして俺は一礼すると少し足早に移動を開始した。
「ゆっくりしてきてもいいぞ」
「…!」
思わず振り向いてウラスタ先輩を見た。ウラスタ先輩はニヤニヤしている。絶対、行先がバレている…
もう一度ウラスタ先輩に一礼をしてから、城の医術医院に駆け込んだ。
対応をしてくれた医師は…随分と心配そうな顔をしていた。
「実は先程までハラシュリア様もおられたので…まだ小さな方にお伝えすることではないと思って黙っていたのですが…」
どうしたんだ?やけに言い淀む医師の表情を見て、もしかしてマエリア嬢の容態が良くないのか?と考えついた。
「もしかしてマエリア嬢の容態が…?」
「ああっ違います違います…マエリア嬢は全治3日の打撲です。実は…その今日出来た打撲痕以外に腹部を中心に古い裂傷や打撲痕…咬創痕…未治療のまま放置された古傷が、目を覆いたくなるほど沢山ついているんです。卿は何かご存じですか?彼女は……もしや誰かに虐待されてはいませんか?」
血の気が引いた…虐待…
俺の声に似た男に怒鳴られたことがある…メイドに手を掴まれて失神するほど怯えていた…
男から殴られていたのか…!
「ビジュリア卿…彼女の怪我は全て体の中心のみです。つまり服を着てしまえば人目に付きにくい所を中心に傷つけられているのです…こんな卑怯な…こんな卑劣なことって……」
医師はそう言って言葉を詰まらせながらも、病室に案内して扉を開けてくれた。
「もう治療は済んでいます。ただ心の治療は済んでいません…言動には充分にお気を付け下さい」
医師の言葉に心が塞ぐ…そうだ。その通りだマエリア嬢は怯えていた。それは私の声を聞きながら、痛めつけられた記憶と戦っていたからなのか…
「あ…ビジュリア卿」
長い髪を一つに束ね、寝間着姿で横になっていたマエリア嬢は、ベッドの上で急いで起き上がろうとしたので制した。
「まだ寝ていて下さい」
私がそう声を掛けると、恥ずかしそうに頷いている。
こんな可憐で美しい人をどこのどいつが傷つけたのか……また怒りが込み上がってきた。
蓋を開ければ…漆黒の獣より空耳の方が暴れていた(^o^)