乙女3
ストックが無くてまったり更新ですみません
気が付くと、ハラシュリア様の隣のメイド控室のベッドの上に寝ていた。
額には手巾が乗っている。
私……そうか倒れちゃったのね。思わずアレニカに掴まれた手首を擦った。手首を持って引っ張られた時にステファン=シガリーの事を思い出してしまったわ…
恐ろしかった。何かに取り憑かれていて、妄信している人達って共通の怖い目をしているわね。
また怖い目を思い出して、体がゾクッと震えた時に扉が叩かれた。
「マエリア嬢、御加減は如何ですか?」
ルベル=ビジュリア卿だわっ!そうだわっ…私、先程横抱きで連れて来て頂いたんだったわ!
漆黒の獣様っ…!そう言えば薄っすらと覚えている。確かビジュリア卿は…
「淑女をお守りするのも騎士の務めでございますので」
って仰ってなかったかしら!?ちょっと待って…それは『攫って騎士様~その漆黒の腕に抱かれて~』に出てきた、無理をし過ぎて倒れてしまった主人公を抱え上げて医務室に連れて行く時の名台詞じゃなかったかしら?
ああっそんな名台詞を気を失いかけて、うろ覚えでしか分からないなんてっサラジェ失格よ。
「マエリア嬢?」
扉の向こうで再度私の名前を呼ばれたので、妄想を滾らせていた私は慌ててビジュリア卿に返事を返した。
「は…はいっ…大丈夫でございます」
ベッドから降りると、そう言葉を返しながら扉を開けて外を覗いた。当然ながらルベル=ビジュリア卿がそこに居た。
「…っ!」
ビジュリア卿はいきなり扉が開くとは思っていなかったのかもしれない、驚いたように私の顔を凝視していた。うん?私の目よりビジュリア卿の視線が下の方に動いていく……きゃあ!
私の胸元は服の釦が外されていて、胸の谷間がしっかりと見えていた!なんてことっ…
「すすす…済みませんっ!」
「こちらこそっ…覗い…いえっ見えてしまいまして…」
ビジュリア卿は廊下の端に飛び退いてしまった。そうよね…まさか自分がこんな破廉恥なことを殿方にしてしまうなんて…
服の釦を止めようとしたけれど、緊張しているのか手が震えて上手く釦がはまらない…泣きそうになる。これじゃあ破廉恥な女だと思われて…
『お前のような破廉恥で淫乱な女は男を誘い込むしか能は無いんだよ!』
突然、ステファン=シガリーが放った暴言を思い出した。益々手が震えて釦が止まらない。
「す…すみ…すみま…」
その時、私の手に大きくて温かい手が重ねられた。ゆっくりと服の釦を留めてくれるその手は…ビジュリア卿だった。間近で見るビジュリア卿からは何か良い香りがしたし、睫毛も長くて男性なのに顔に吹き出物一つも出来ていないようだった。
「大丈夫です、ホラ留まりましたよ?」
「ありがとうございます…」
ビジュリア卿に向かって顔を上げた時に目に溜まっていた涙が一筋頬を伝ったのが分かった。
「…!」
ビジュリア卿が息を飲まれた。涙を拭いたいけれど、何故かビジュリア卿が重ねた手をそのまま握り締めていらして、手が動かせない?
「あ…の…」
ビジュリア卿のお顔が近付いて来た…と思ったら頬に温かい何かが触れる。視界一杯に黒く光る髪が溢れて、その頬に触れた温かいモノがスルリと鼻頭と唇に触れて気が付いた。
ビ、ビ、ビジュリア卿の唇だわ!
私の意識はそこで暗転した。気が付くとまたベッドに横になっていた。手巾が濡れている。
あれは夢だったの?妙に生々しい夢だったけれど…そうだわ、サラジェの私が拗らせてビジュリア卿への欲望丸出しの願望を見てしまったのね。
ああ嫌だ…ビジュリア卿にそんな思いを抱いているなんてアレニカやタニアさんのことは言えないじゃない。
自分の胸元を手繰り寄せた。服の釦はかかっている…立ち上がってみたら立ち眩みもないので、そのまま廊下に出た。
廊下にはハラシュリア様付きの近衛騎士のウラスタ卿がいらした。という事は、ハラシュリア様はご在室ということね。
「マエリア嬢、御加減はもう宜しいのですか?」
「はい、もう…」
私はハラシュリア様のお部屋に声かけをした。
「マエリアに御座います」
すると、扉が開き、ハラシュリア様ご本人が廊下に顔を出された。
「マエリア!大丈夫なの?今日は大事を取ってお休みしていてもいいのよ?」
ああ、ハラシュリア様にご心配をおかけしてしまった。私の手をゆっくりと取ってくれる小さな手…温かい…自然と笑顔になった。
「ご心配をおかけしまして、もう何ともありませんわ」
ハラシュリア様はそれでも心配そうな顔をしていた。室内に招き入れられると、同僚のリーネも私の傍にやって来た。
「マエリアさん大丈夫ですか?今日はハラシュリア様には私が付いてますから、休んでいても…」
リーネも優しいわね…
「ありがとう、もう大丈夫よ」
その日は外に出る用事はリーネに頼んで、私はハラシュリア様のお食事の準備などの仕事をした。
働いていれば、あの夢の中のビジュリア卿の生々しい感触も忘れられそうだわ…今、ビジュリア卿にお会いしたら平常心でいられないかも…ですしね。
その日の夕方
フリデミング殿下がハラシュリア様の所へおいでになった。私の顔を見るなり心配そうなお顔をされた。
「マエリア!大丈夫なのか?眩暈や気分の方は?あの女は追い返しておいたから心配するなよ」
まあ…殿下もお優しい。小さき賢王にも自然に笑みを向けていた。
「お気遣い頂きましてありがとうございます、もう本復しております」
…っ!殿下の後ろにはビジュリア卿が…!私は腰を低くしてフリデミング殿下とビジュリア卿が行き過ぎるまで顔を伏せておこうと思った。
だが、どうして…ビジュリア卿が私の前で足を止められた。
「マエリア嬢…」
今は顔を上げにくい…ああ、でも声だけを聞くとまた具合を悪くしてしまいそうだし…
ソロっと顔を上げてビジュリア卿を見上げた。
な…何でしょうか?愁いを帯びた表情が色っぽ過ぎますわぁ…!別の意味で眩暈が…
「少し失礼致します…」
「あ…」
ビジュリア卿の傍を離れたくて逃げ出したが、丁度よい具合に用事を思い出した。少し急ぎ足でメイド用の作業場に向かう。その作業場には簡単なお茶の道具が常設されているのだ。フリデミング殿下とハラシュリア様にお茶を…あら?
廊下の向こうに、貴族のご令嬢でしょうか…ちょっとふくよかな令嬢とお付きの人らしき方がいらっしゃるけれど、何故か私の方に向かって来ている?
慌てて廊下の端に寄り、腰を落とした。
……あら?そのご令嬢は私の前で足を止められた。
「あなたがハラシュリア=コーヒルラント公爵令嬢とご一緒にフートロザエンド王国から来たメイドね」
「はい、そうで御座います」
何かしら?令嬢の足元を見ると、踵の高さの低い履物を履いていらっしゃることに気が付いた。失礼の無いように腰回り…腕などを目を動かして見ていく。
コルセット着用されていないのね。お腹が大きい…妊娠?…この方まさか!
今思いつく中で、妊娠されているご令嬢と言えば…
「私、ジーニレア=フリスベイ、侯爵家のものです」
出た!と言ってもいいのかしら?この方が噂のビジュリア卿に懸想するあまりに妊娠のでっち上げをして婚姻を迫っているご令嬢ね。
確かにお腹は膨らんでいらっしゃるけど妊娠六ヶ月でこんなにお腹出ていたかしら?お腹が詰め物…そう思うと怪しい膨らみでもあるし…
「貴女ね~?今朝方ビジュリア卿が横抱きにして運んでいたメイドって…ふ~ん」
「はい、少し気をやりまして…卿に助けて頂きまして…」
「そうよ私のルベルは優しいのよ!でも勘違いなさらないことね!ルベルは私の夫になる方なの!あなたのようなメイドに…」
「フリスベイ侯爵令嬢…」
頭が上げられないままに……漆黒の獣が来たーー。ああっ私も顔を上げて見てみたいけど、どうしましょうか…これ。これが噂の修羅場というのでしょうか?
「マエリア大丈夫だった!?」
えっ?と思ってうっかりと顔を上げると、フリデミング殿下とハラシュリア様にリーネにウラスタ卿まで勢揃いでいらっしゃる。
という訳で、どさくさ紛れにやっと噂のジーニレア=フリスベイ侯爵令嬢のお顔を拝見した。
少しきつめだが、整ったお顔をされている。美人で侯爵令嬢…きっと望めば思い通りに叶ってきた人生なのだろう…
「ルベル…!会いたかったわ…もういい加減にして、私と婚姻を…」
「フリスベイ侯爵令嬢、以前よりお断り申し上げております。何度実家に手紙を送りつけられても、脅しともとれる脅迫をされようとも、私はあなたとは…」
ジーニレア=フリスベイ侯爵令嬢は自身のお腹を押さえながら叫んだ。
「ここに…ここにあなたの子供がいるのよっ!あんなことをしておいて、責任を取りなさいませ!」
まあ……これがビジュリア卿が仰っていた妊娠を盾にした婚姻強要の、アレね。
ビジュリア卿は苦々しい顔をしておられたが、私と目が合うと表情を変えられた。うん?
ビジュリア卿はニヤリと笑いながら(結構悪人顔ね)フリスベイ侯爵令嬢を見た。
「フリスベイ侯爵令嬢、もしあなたが私と婚姻なさるとして…お住まいはどちらになりますか?」
「まあっ!やっと婚姻してくれるのね!えっ?住まい……爺、私の住まいは?」
フリスベイ侯爵令嬢の斜め後ろに立っていた、初老の使用人が
「はい、侯爵家の本宅の離れになります」
そう爺?が答えるとビジュリア卿とハラシュリア様とフリデミング殿下が、な~るほど、とほぼ同時に声を上げられた。
「では、私は王宮の騎士宿舎で寝起きをしますので、婚姻後もお会いすることはなさそうですね」
「なっ!?」
ビジュリア卿は淡々と話を続けていく。あらこれ…先日ハラシュリア様が仰っていた、もし婚姻したら侯爵令嬢では~と話されていたことじゃないかしら?
ハラシュリア様を見ると私の視線に気が付いて頷きながらニヤニヤしておられる。なるほど…ビジュリア卿がフリスベイ侯爵令嬢に真正面から対決するのを見守る…ですね。
「因みに私の一月の給金はフリスベイ侯爵令嬢のドレスが一着も買えないような金額なのですが…」
そうよね?私の御給金の三倍は貰っていらっしゃるとしても、侯爵令嬢のドレスはそれの10倍はしそうだわ。それにドレスだけでないわ、靴、宝飾品…美容に…とてもお金がかかる。近衛騎士では侯爵令嬢を養うお金は無いわね。
「侯爵家が…そうっ!侯爵家が出しますもの!ルベルは何も心配なさる必要はないわ!」
ビジュリア卿もハラシュリア様もフリデミング殿下も白けた様な目でフリスベイ侯爵令嬢を見ている。どう言い返すのかしら?ドキドキしてしまうわ…
「私に一生侯爵家の庇護下に入れと仰るのですか?私の矜恃も何もあったものじゃないですね…」
「…っそんなもの…あっ!」
そんなもの、なんて仰ってしまったわね。近衛騎士とは国に忠誠を誓い、そして今はフリデミング殿下に絶対の忠義を掲げている誇り高き精鋭の方々だ。
それをそんなもの扱いはいけないわ…ビジュリア卿は険しい顔をされてフリスベイ侯爵令嬢を睨みつけた。
「私は自分の一生をこの国の為に捧げ、フリデミング殿下の盾となり鉾となり生きていく所存です。例えあなたが夜会に出られたとしても一生隣に立つことはありませんし、寝所を共にすることもありません。それに……私には心に想う方がおります!」
まあああ!またしても、攫って騎士様~漆黒の欲望は果てしなく~での名台詞じゃないの!国の王太子殿下の前で忠誠を誓う時に叫ばれた言葉ね…ああ素敵!
あら?ちょっと待って…今、名台詞の後に何か仰ってなかったかしら?興奮してしまって聞き逃してしまったわ。
んん?何故かフリデミング殿下とハラシュリア様が私を見ている?
次はざまぁの予感(笑)