漆黒6
ハラシュリア様にボコボコに股間と頭を殴られていた男達を縛り上げ、尋問した所によると2人共近所に住む飲み仲間だそうだ。何でも飲んでいる時に酒場で知り合った女にこの屋敷のお嬢様を攫って欲しいと大金と共に頼まれたそうだ。
攫った後は好きにしてよい…と言われていたと聞いて俺もライトミング殿下も更に男達を殴りつけてしまった。
ライトミング殿下が魔法鳥を使って警邏部隊に通報を入れている間…起き出して駆け付けた伯爵家の使用人の中にタニアとラーザはいなかった。
「やはり、タニアとラーザはいないな」
フリデミング殿下の呟きに頷いた。ハラシュリア様とマエリアは伯爵夫人と共に客間のソファで一塊になっている。
「おいルベル、どーする?タニアとラーザとか言うメイド達も捕縛するか?」
警邏が来るまでに男達をもう少し尋問してみた方がいいのか…チラリとフリデミング殿下を見ると流石、殿下は汲み取って頂けたようでライトミング殿下に
「こっちでまず尋問しようよ」
と聞いて下さった。ライトミング殿下も同意して頂けたので、俺と殿下達とで縛り上げた男二人を囲んだ。取り囲んだ瞬間にフリデミング殿下が話し出したので、口を噤んだが…まだ12才の少年が真っ先に尋問するっておかしくないか?
「聞かれたことに正直に話せ。お前に大金を渡してきた女の名は?」
「ニーナと名乗って…た」
「ではお前達は迷わず令嬢の寝室の窓まで近付いて来たが、令嬢の部屋を知っていたのか?」
男達は互いの顔を見ている。すると、顎髭のある男が
「ニーナ本人が知らせてきた…」
と答えた。
「その時ニーナと共に誰かいたか?」
「ニーナより少し若い…女が一緒だった」
フリデミング殿下はそれを聞いて頷いた後、魔法鳥に手紙を書いて飛ばした。
「タニアとラーザに捕縛手配をかけよう。ハラシュリア、コーヒルラント公爵夫人に急ぎの手紙を出した。直ぐにでもタニアとラーザを解雇したという処理をしておくように…と。コーヒルラント家のメイドが起こした不祥事を回避しなくてはな」
フリデミング殿下は怖いな…うちは解雇しているので知らぬ存ぜぬで通すつもりか。実際自分の所で雇い入れているメイドが伯爵令嬢に危害を加えるなんて…家名に泥を塗る行為だ。
タニアとラーザは夜明け前に捕縛された。間抜けにもコーヒルラントの屋敷に戻り、自分達の荷物を纏めて逃げ出そうとしてる所を、公爵夫人と執事達に取り押さえられたのだ。
酒場に行き、男達に大金を渡しマエリアの誘拐をそそのかしたのはタニアであることが自供で分かった。
今までメイドの同僚で庶民だと思っていたマエリアが実は伯爵令嬢だと知り、おまけに俺と婚姻予定だと聞かされて…鬱憤が爆発したのだということだ。
最近、王宮から来たメイド達に大きな顔をされているのも癪に障って、休みの度に酒場に入り浸っていたのだが、例の男達とも顔見知りになり、お金で頼んでマエリアを傷つけて…俺との婚約を破棄させてやろうと画策していたらしい。
非常に下衆な女だ。それに加担したラーザというもう1人のメイドも性根が悪すぎる。
刑が確定するまでタニアとラーザは牢に入れられることになった。
しかしまだ腑に落ちない点がある。茶店から俺とマエリアを尾けていたのは、タニアでもラーザでも無い…と2人は証言しているのだ。今更この二人が嘘をつく必要もないのでは?…とのフリデミング殿下の言葉にタニア達以外の誰かがいるのでは…との結論に行き着いた。
「ルベルはよぉあちこちで色気を振りまいているからさ~」
ライトミング殿下がとんでもないことを言ってくるが、フリデミング殿下もハラシュリア様…おまけにマエリアまでもが大きく頷いている。
色気なんてどうやれば出てくるんだ?抑え方も分からん…
侵入者の件で伯爵家の家人全員が寝不足気味だったが…翌日は予定通りに宝石店に足を運んだ。
マエリアは眠そうだった。
「やはり疲れているな…今日はここだけで帰ろう」
「はい…すみません、ルベル様」
マエリアに贈る宝石は俺の瞳の色によく似た色の石にして、その日は早めに引き上げることにした。
しかし…その日はそれだけでは済まなかった。
伯爵家の門前に…男達が数人立っていた。あれは…?手を繋いでいるマエリアの手が強張った。
「ステファン=シガリーです…」
どれが…?と聞きたいけど、え~とヒョロヒョロした若い男達…4人いるが、どれがステファン=シガリーなんだろうか?
すると…その中で一番ほっそりした優男が此方を見ながら近付いて来る。
「お前っマエリアは私の婚約者だ!此方に寄越せ!」
……おい?マエリアをモノのように表現するな。しかし…これがステファン=シガリーか…細い男だな…しかも想像していたより美形だけど、声って俺に似ているのか?分からん。
マエリアは体半分を俺の後ろに隠すようにして縮こまっている。体がガタガタと震え始めた。俺は繋いだ手を握り直した。
俺は目の前まで近づいて来たステファン=シガリーを上から見下ろした。因みにステファン=シガリーは俺より頭一つ低い身長だ。
「シュリツピーア国王陛下とフートロザエンド国王陛下の両陛下にご承認頂いて私とマエリアは正式な婚約者同士で、近々婚姻予定ですが?」
「…っ!国王陛下…だと?」
優男ステファン=シガリーは、俺がわざと声を張り上げてそう言うと顔色を変えた後、マエリアを睨みつけた。
俺はステファン=シガリーの視界にマエリアが入らないように、彼女を背後に庇うようにして立つとステファン=シガリーを見た。
「ええ、正式に両国王陛下にお祝いのお言葉も頂いております。それでもお疑いなら…ああ、フリデミング殿下とライトミング殿下!」
門前にステファン=シガリー達が屯っているのに気が付かれたのか、両殿下が屋敷の中から小走りに走り出て来てこちらに近付いて来られた。
「お前がステファン=シガリー侯爵子息かっ!」
のっけから喧嘩腰ですね、フリデミング殿下。
「かあぁ~なんだこりゃ!?マツマレの枝みたいな男じゃないかっ!」
マツマレの枝とは、このフートロザエンド王国の風習で年明けに玄関先に飾る魔よけの枝の事で、白くて細い枝で魔物が嫌いな匂いを放っていると謂れのある有難い神木の枝のことだ。
ようは白くて細い男という揶揄だろう。相変わらず口の悪いライトミング殿下だ。
マツマレの枝と言われたステファン=シガリーは本物?の殿下方の登場で顔色を失くしている。
「貴様よくものこのこと伯爵家の門前に来られたものだなっ!兄上っアレを!」
アレって何だ?
ライトミング殿下がフリデミング殿下に急かされて、胸元から厚手の封筒に入った手紙のようなものを取り出して…勢いよくマツマレの枝…違う、ステファン=シガリーに投げつけた!?
ライトミング殿下の容赦のない投げだ。手紙の類の素材とはいえ、負荷魔法でもかけていたようだ。手紙は轟音を立ててステファン=シガリーの顔面に刺さった…ように見えた。紙素材の手紙が刺さって額から血が出ている。ライトミング殿下は容赦ない…
ステファン=シガリーは無事なのか?
「おいっ!厚顔無恥のお前なら受け取るよなっ!?」
な…何だ?フリデミング殿下が完全に悪の魔物のようなどす黒い魔力を放出しながら、ひっくり返っているステファン=シガリーを指差している。
額に刺さった手紙をよく見ると……招待状のようだ。フートロザエンド王国の封蝋印が見える、若干招待状が血に染まっているようにも見えるが…
「ステファン!?大丈夫か?」
「気絶しているんじゃ…」
手紙如きが当たっただけでひっくり返ってしまったステファン=シガリーを、後ろに居た男達が助け起こしている。
「大丈夫なのでしょうか?」
ついうっかり敵?の心配をしてしまったら、フリデミング殿下とライトミング殿下に睨まれた。
「ルベルッ!気を許すなっそんな枝みたいな男がマエリアを苦しめたのだぞ!」
フリデミング殿下の言葉に、俺の背後で震えているマエリアの体がビクンと跳ねたのに気が付いた。
急いでマエリアの体を抱き寄せると、俺は包み込むようにして抱き締めた。
そうだ…俺から見たら貧弱そのもののような男だが、マエリアに対して目も当てられない暴力を振るっていたのだ。弱者にしか強く出られない輩など……へし折ってやる。
「おいっ枝の仲間っ!枝に言っておけっ必ず参加しろっ逃げるのは許さんぞ…とな!とっとと枝を連れて帰れっ!」
枝を連発しながら、フリデミング殿下はステファン=シガリー達を追い払った。
「胸糞悪いな!本当にマツマレの枝を門前に置いておこうかっ魔よけが必要だな!」
枝の次は魔物扱いか…いや、あんな優男のくせに猛り狂ったようにマエリアを攻撃するのなら魔物より始末が悪い。
「どんな仕返ししてやろうかなぁ…」
「おびき寄せて、罠を張りましょう」
つい、黒く微笑む両殿下に感化されてそう呟くと、忍び笑いをしたフリデミング殿下に
「それ採用」
と言われてしまった。
そして罠を張り巡らせた国王陛下主催の夜会の当日になったのだ。
今度こそ漆黒の獣大暴れ……の予定(いつまで引っ張る;)