乙女1
需要があるのかは分かりませんが「生まれ変わって逢いた…くないから困ります!」の作中に出てきたルベル=ビジュリア卿(漆黒の獣)とエロ可愛いメイドのマエリア=アビランデの出会いから、漆黒の獣に狙われたメイドさんとのアレコレまでを書く予定です。暫くお付き合い下さいませ
はあ…困ったわ…
私はゴミ箱に突っ込まれていたメイド服を見て溜め息をついた。また嫌がらせかしら…私が何をしたっていうのよ?執事のバルンさんと話をしていたから?それともメイド長補佐に選ばれたから?
仕事を認められたいなら、仕事をすればいいのに…
こんな風な嫌がらせは伯爵令嬢の時から度々あった。どこぞの子息と親しげに話していたとか…挙げ句、集団で取り囲んで嫌味の連続…一通りの嫌がらせは子供の時から受けてきた。
ただ今回は不特定多数からの嫌がらせではないと…思う。
何故ならコーヒルラント公爵家で私に嫌がらせをしてくるのは私より三才上のタニアさんだけだ。他のメイド達は流石に公爵夫人とメイド長の厳正なる面談で選ばれただけあり、内心はどうであれ表面上は私に対して礼儀正しい。
しかしタニアさんにも困ったものね。
彼女がこうも嫌がらせを仕掛けてくるのは自分が前メイド長の娘だという矜恃があるからだろう。タニアさんは前メイド長の母親と共にコーヒルラント公爵家で生まれた時から働いていた。当然、自分が次期メイド長だと思っていただろうし、それが急に現れた私にメイド長補佐の座を取られ、おまけにハラシュリア様と共にシュリツピーア王国に行くのは自分だ…と思っていたのかもしれない。
まあタニアさん以外にも行きたい!と切望していたメイドは多数いるだろうけど…
彼女達がわざわざ他国に嫁ぐハラシュリア様に付いて行きたいという原因は、恐らくルベル=ビジュリア卿というシュリツピーア王国の近衛騎士の存在のせいだ。
黒髪にしなやかな体躯、覗く瞳は湖面の水のような蒼。爽やかな中にチラリと見える色気のある眼差し…
そうルベル=ビジュリア卿はあの『攫って騎士様シリーズ』のグーテレオンド=リブリーザー様にそっくりなのよね~!確かに私だってあの色っぽい瞳で見られたら、惚けてしまいそうになるけれど…
でも漆黒の獣はあくまでも小説の中の登場人物で、実在のルベル=ビジュリア卿はシュリツピーア王国の伯爵家の子息で近衛騎士を拝されている方…一介のメイドが近付いたりしてはいけない御方だ。
ゴミ箱から汚れたメイド服を拾い、少し雑巾で拭いてから服を抱えて自室の戻ろうと廊下を歩いていると、ジュリアーナ様がお部屋から出て来られた。
「あ、マエリア。明日は妃教育の勉強で登城する予定だから、あなたは屋敷でお留守番していてね」
「はい、いつもお気遣い頂いてありがとうございます」
コーヒルラント公爵のご長女のジュリアーナ様、次女のハラシュリア様、嫡男のハイリット様…次男のマーグリット様…このコーヒルラント公爵家のお子様達はとても聡明でお優しくて…私は公爵家の皆様が大好きなのだ。
私は元々は伯爵家の生まれであり…ジュリアーナ様とも令嬢時代は親しくさせて頂いていたご縁もあって、今はジュリアーナ様の側付きメイドを任されている。
これも同僚のタニアさんから気に入らないと思われている理由の一つだろう。私自身が伯爵家の長女だということは隠しているし、そんな私をジュリアーナ様が気を使って下さって屋敷外には出ないで済むようにして下さっているので、マエリアは特別扱いをされているわ!と周りに言いふらしたい気持ちも分かる。
分かるけど、いつまで続けるつもりなのかしら…
部屋から出てきたジュリアーナ様は周りを見ながら、私の傍まで近付いて来ると声を潜めた。
「ねえ?マエリア…この屋敷の中でずっと息を潜めているのは辛くない?」
私を見るジュリアーナ様は泣きそうな顔をされていた。ジュリアーナ様は私の事情を全てご存じで一緒に怒り、そして泣いてくれた唯一の友人だった。
今は主従の関係だけど、2人の時はジュリアーナ様は親し気に以前と同じように話しかけて下さり、労わって下さる本当にお優しい方…本当はジュリアーナ様と一緒に側付きとして登城したい…!だけど…恐ろしいとも思ってどうしてもこの屋敷から離れたくないのも事実だった。
「ジュリアーナ様…私はまだ…」
ジュリアーナ様は私の肩を擦って下さった。
「そう…そうよね、ごめんなさいね。私がね…マエリアが一緒ならいいな~と思っているだけなの?ホラ、サラジェ仲間だし?」
「ふふ、ジュリアーナ様…」
昔からこうやって攫って騎士様の話を2人で何時間も語り合ったわね、懐かしい…
そう…こうやってメイドとして働くことになったのは…元婚約者のステファン=シガリー侯爵子息…彼による所業のせいだ。私個人としては伯爵令嬢として政略婚姻なのは構わなかった、ただそれでもステファン=シガリー侯爵子息と穏やかでささやかな幸せを感じられる婚姻になると信じていた。
ステファン=シガリー子息は一見すると穏やかな物腰の綺麗な顔立ちの青年だった。だが…何が彼を変えたのだろうか…ある日、私を訪ねてくるなり私が浮気をしている…と言い放ってきたのだ。
勿論、私には覚えがないことだし必死に否定をすると彼に頬を殴られた。
最初、目の前が真っ黒になり頬の強烈な痛みに自分に何が起こったのか分からなかった…私は唇の端を切り、出血して口の中で血の味がしたことで初めて、ステファン=シガリーに頬をぶたれたと気が付いた。
すると、そんな私を見てステファン=シガリーは急に狼狽して泣き出した。思わず手が滑った…頬に当たった…と言って泣き叫んだステファンの声を聞いて、飛び込んで来たメイド達は私が茫然とし…ステファンが号泣し謝罪しているので事故だと判断し…そこで皆が彼の態度に納得してしまったのだ。
その日からステファンの暴力は始まった。初日のような頬を殴るなんてことはしなくなった。代わりに服の中で見えない腹部を殴るのだ。ここが一番メイドに見つからない所だと知っているのだろう…着替えの時に見られる腕や足の脛は絶対に狙わない。体の胴体…特に腹周りを執拗に殴られた。
泣き叫んでも懇願しても殴り…そして散々私を殴っておいて、気持ちが落ち着くと泣いた風に見せて謝罪し…浮気をしたお前が悪い…だから殴られて当然なんだ、という言い訳を常に吐いていた。
私は限界だった。言葉で何度も両親に訴えても信じてもらえなかったので、とうとう意を決して母の前で全裸になった。腹部のミミズ腫れや青あざ、おまけに最近付けられた刃物の傷…母は見た途端、倒れてしまった。この際恥ずかしいなんて言っていられないので、メイド長にも見せた。
メイド長は泣き叫び号泣しながら私を抱きしめてくれた。私は母とメイド長に付き添われて父親にも傷を見せた。
父も大激怒していた。こちらの方が下位の貴族位ではあるが大激怒した父はシガリー侯爵家にステファン=シガリーとの婚約破棄を申しつけた。
結局
シガリー侯爵は最後までステファンの仕業だとは認めなかった。私の自作自演だと嘲笑っていた。
「マエリアがステファン様と婚約を破棄出来るなら、このことを訴えたりは致しません」
私が言えない代わりに父が毅然とした態度でそう申しつけてくれた。ところが、シガリー侯爵が悪し様に私の悪口を言いふらしながら渋々ではあるが婚約破棄をしたはずなのに…何故だかステファン=シガリー本人が私に付きまとい始めたのだ。
「娘と子息とはもう婚約者ではありません!」
両親が私に会わせろ…と門前で騒ぐステファン=シガリーを何度も追い返していたがそれでもステファン=シガリーは私の周りをうろついていた。
流石に社交界でも私とステファン=シガリーの異常な関係性が噂され始めていた。夜会で私の事を『アバズレ』『頭の軽い浮気女』と暴言を吐いているステファン=シガリーはそれでもまだ私を婚約者扱いをしていると…そして私の方は社交の場に一切出て来ない。
おまけに
友人であるジュリアーナ=コーヒルラント公爵令嬢や、チュチュアンナ=ボスワンテ公爵令嬢とカサヴェラーナ=スイフィト伯爵令嬢…その他の令嬢方からマエリア=アビランデ伯爵令嬢は潔白であり今、ステファン=シガリー子息から付きまといを受けて心身衰弱されている…と擁護の声が上がっている。
ステファン=シガリーは婚約破棄までしたマエリア=アビランデ伯爵令嬢を執拗に追いかけ回している…
そんな噂を囁かれ始めた辺りからステファン=シガリーは益々社交界から白い目で見られて私にその怒りをぶつける…という悪循環に陥っていた。
そんな時、見かねた母の遠縁にもあたるコーヒルラント公爵夫人が私の保護と…そして仮初の身分としてメイドとして働いていることにすればよいのでは…と仰って下さり、コーヒルラント公爵家で隠れて生活するようになった。
家内メイドとして働いていれば、ほぼ外に出ないことでステファン=シガリーとも会わないで済む。
私は手に職を得て、やりがいも生まれこのままここでずっと生活していける…と安堵もしていたのだ。
そんな私に次女のハラシュリア様がお声をかけてこられた。
「マエリア、あなたにシュリツピーア王国へ一緒に付いて来て欲しいの。無理なお願いだとは承知しています…生活の基盤がシュリツピーア王国になってしまい、独身のあなたには婚期に関わる私事に使える時間を奪ってしまう形になるかもしれません。もし添うおつもりの方がいるのなら無理強いは致しません」
相変わらず、ハラシュリア様は聡明で凄い令嬢だわ。ハラシュリア様の打診に便乗してしまうようで心苦しいけれど、私が他国に行ってしまえばステファン=シガリーのことを怯えなくても大丈夫なのではないかと思い付いたのだ。
理由はどうあれお傍に付くからには、しっかりお世話させて頂こう…
それにしても…あのメイドの子達ったら!これだからにわかサラジェは嫌なのよ…近付こうと騒ぎ立てて、ルベル=ビジュリア卿は遠くから愛でる美しき漆黒の獣なのよ?
私がハラシュリア様に了承のお返事をすると輝く様な笑顔で嬉しそうに微笑んでいる、小さな女神。本当に可愛いわね…私には生意気な弟しかいないからこんな可愛い妹が欲しかったわ。
そう言えばハラシュリア様…
お胸が小さいのを思い悩んでいらっしゃるのかしら?私の胸を見たりご自分の胸を見下ろして溜め息をついたり…本当に可愛いわね~
ところがだ
私がハラシュリア様に付いてシュリツピーア王国に行くことを知るとタニアさんと数名の(にわかサラジェ)が夜、私の周りを取り囲んで責め立ててきたのだ。
「どうしてマエリアさんが行かれるのですか!?」
「はぁ…ハラシュリア様に頼まれましたので…」
「ズルいです!私だって行きたいのにっ!」
「頼まれましたので…」
頼まれた…これしか返す言葉がない。実際そうだし、ハラシュリア様にしてみればこの中の誰かを連れて行ってもルベル=ビジュリア卿に色目を使って仕事をしなさそうだし、私に声を掛けてきたのも分かる。
「あなたどうせ…ジュリアーナ様に頼み込んでシュリツピーア王国に行くんでしょう?姑息な手を使うわね!」
タニアさんがそう言ってじっとりとした目を向けてきた。私がシュリツピーア王国に行けばタニアさん的には目の前からいなくなるし嬉しくないのかしら?あら?もしかしてタニアさんもにわかサラジェなのかしらね…困ったなぁ
「マエリア嬢…ちょっと宜しいでしょうか?」
メイドの控室の外から急に声をかけられて、タニアさん達は小さく悲鳴を上げて逃げ出した。廊下に飛び出していく彼女達は廊下に居る声を掛けてきた男性を見て、小さく悲鳴を上げている。
まあ!ハラシュリア様の護衛として来られているシュリツピーア王国の近衛騎士のウラスタ卿だわ。ウラスタ卿は逃げ出したタニアさん達を見送った後、私に微笑みを向けて下さった。
「お困りのようでしたので…ご迷惑でしたか?」
私の為に割って入って下さったのだわ…私も笑顔を返した。
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
私は淑女の礼をしてウラスタ卿にお礼を述べた。ウラスタ卿は若干ニヤニヤしながら廊下の先を見た。
「ルベルに会いたい一心でおられるようですな~いやぁルベルも罪深い男だ」
なるほど、ウラスタ卿も漆黒の獣に群がるにわかサラジェの存在をご存じなのね。
「あの子達、分かっていないのですよ。ルベル=ビジュリア卿は目で見て嗜む鑑賞物なのですよ」
「ぶっ…!」
何故かウラスタ卿は吹き出してから…暫く声に出さないで肩を震わせて笑っていた。
あら?真正サラジェの間では既に常識でございますよ?ルベル=ビジュリア卿は遠くから愛でるものだと。
漆黒の獣が大暴れはまだ先です^^