異世界転生したら剣の鞘だった!?〜主人を守るために頑張ります〜
2つ目の短編です。初めてファンタジー的なものを書いてみました。
目が覚めると、目の前に太い太ももがあった。
周りを見渡してみるとすぐ上には人の顎らしきものがあり、下にはのびのびと雑草が生えていて、私の中には人やものを切るために鋭く加工された金属、つまり剣がある。
空を見上げてみると、太陽の近くに、同じぐらいの大きさの白く光る球体が一つ。おまけに遠目ではっきりとはわからないが、翼のある動物のような生き物にまたがって空を飛ぶ人間がいる。
おそらくこの世界には、ゲームの世界でしか見かけないような人間とは明らかに違う生き物――モンスターがいる。
つまり――
どうやら私は剣の鞘として今流行りの異世界転生をしてしまったようだ。
どうして物なんだろう。
たいていは人なのに。
おまけに「鞘」って。せめて剣でしょ。
あと主人が汗臭そうな男っていうのはやめてほしい。
しかも筋肉質。さっきの太もも、ズボンの上からでも分かる大腿四頭筋の発達具合だった。
パンパンだった。
はぁ。
そもそも私はなんで死んだんだろう。
思い出そうとしても死んだときのことや、前世で自分がどういう人間だったかはど忘れしてしまったかのようで、まるで思い出せない。
けれども、前世での常識や自分が知っていた知識だけは頭の中にあってとても気味が悪い。
そしてこの世界は本当にゲームのような世界だとしたら、前世で暮らしていた世界よりもよっぽど危険に溢れていて、安全に生活するのは難しそうだ。
それでもせっかくもらった異世界での2度目の人生(鞘生?ということになるのだろうか)。
主人が死んでしまったら最後、薄汚れて、朽ち果て、いずれ風化し崩れ去るという運命が待つのみだ。
どうにかしてこの主人の役に立って捨てられないようにしないとな。
というか、役に立つといってもそもそも鞘に何ができるのか。
……早急に今自分ができることを見つけないといけないな。
視覚は……さっき周囲を見渡した時のように見ようと思えば(目もないのに?)、上下左右360度どこでも見ることができるようだ。これは便利。
改めて自分の姿を見てみると雑な感じで作られているし結構ぼろぼろだ。
革の表面にくすみや小さなキズがある。誰かのお古なんだろう。こんな少し長めの包丁サイズの剣でモンスターと戦って勝てるのかということに不安を感じる。
さてと、嗅覚は……ないな。味覚は……口がないので確かめようがない。触覚もどうやらないようだ。
聴覚はというと、耳がないから聞こえないというわけではない。普通に聞こえる。この世界の人々の基準がわからないから良いか悪いはなんとも言えないが、前世と同じくらいだろうか。
さて、ここからがお楽しみ。
まず、動けるのかどうかだが
「…… ……! ……」
精一杯鞘の腹に力を込めて動こうとしても無理だった。
普通の方法で無理ならやはりあれしかないのだろう。
「ステータスオープン!」
そう念じると頭の中に、現在の自分の情報が表示された。
「革の鞘」 耐久度30/50
スキル [振動] Lv1
どうやらこれが今の私のステータスのようだ。
耐久度というのは、多分あとどのくらいで壊れるかを数値化したものだろう。さっき自分の姿を見たときから薄々感じてはいたが、だいぶ寿命が短そうだ。
もしかしたら何かの拍子にポックリ(鞘ならポッキリ、か?)逝ってしまうかもしれない。
スキル、というのはゲームでよくある特殊技能のことで間違いないだろう。そしてこのスキルだが、どの程度振動するのか。
試してみるか。
スキル [振動] 発動!
「ブブブ……」
だいたい携帯のバイブレーションぐらい鳴った。そのまんまだな。主人は歩いているから全く気づいていないようだ。
……これはひどすぎる。こんなんじゃ何もできないぞ。あまりの自分の無力さに震えてきた(振動だけに)(激ウマギャグ)
「ググッ!グギギギ!」
しばらく自分の非力さに浸っていようと思ったら主人が敵を発見したようだ。
相手はゴブリン。
身長は120cmぐらいで子柄で弱そうに見える。
だが、その臭そうな口を開いたときに見えた鋭い歯や、右手に持っているまともに殴られれば骨折は間違いないだろう棍棒を見ると侮るわけにはいかなさそうだ。
「ブルブルブルブル……」
ん?なんだ?スキルを発動したわけじゃないのに体が小刻みに振動する。
――ああ、これは主人が震えているのか。
がんばれ、主人。
まだ主人のことよく知らないけど、この剣で生きていくんだろ?
ならこんなところでビビってちゃだめだ。あいつに立ち向かえ!がんばれ!
というエールを込めて、私も一緒に振動してみる。
「ブブブブブ……」
「ブルブルブル……」
「フゥーーーー」
少し経って主人がゴブリンに気づかれないよう、静かに長く深呼吸をした。どうやら覚悟を決めたらしい。
まだむこうはこっちに気付いていない。攻撃するなら今がチャンスだ。
いけ、主人!!
主人は抜剣し、剣を右手に順手に持ち、腹のあたりに中段に構えて素早くゴブリンへと近づき、人間でいう心臓のあたりに剣を突き出す!
しかしゴブリンも足音で気づき、とっさに心臓を何も持っていない左腕を差し出して心臓を守る。
「ググゥ!?」
ゴブリンは思わず怯み後ろへ下がりながらも、涎をたらし、凶暴な目つきで主人のことを睨む。
「クソッ」
息を荒げながらもう一度主人がゴブリンへと突撃する。
だが今度はゴブリンから仕掛けてくる。
右手に持った棍棒を遠心力を使って大きく横薙ぎして主人の胴体を狙う。
しかしこれを主人は好機と見てゴブリンの懐へと入り込むため、猛然とダッシュする。
「グギ!?」
虚をつかれたゴブリンは慌てて攻撃をやめて防御の姿勢をとろうとするが、もう遅い。
次の瞬間には主人のナイフがゴブリンの心臓を貫いた。
「よっし!!!」
主人が心から嬉しそうにガッツポーズをする。
私も一緒に喜ぼう。
やったー!!やったー!!やっ――――
主人!!危ない!!
スキル [振動] 発動!
ん?なんだぁ?と主人が私を見てうつむく。
その頭のわずか上を、背後にいたゴブリンが放った矢がかすめていき、後方の木に突き刺さる。
危ないところだった。
さっきと違って主人はゴブリンを見つけるやいなや、素早く距離を詰めた。
先刻と同じように心臓を狙って突き――と思いきやフェイントを入れ、右手首を斬りつけ、ゴブリンが怯んでよろけたところで心臓を突き刺し、弓ゴブリンをあっさりと倒した。
主人も前の戦闘より成長しているし、敵もいなくなったし、これで一安心だ。
主人が元来た道をたどっている。
どうやら今日はこのぐらいにして帰るようだ。
お疲れ様ご主人。
主人を守るためにこれからも陰ながら頑張るから、よろしくね。
どうだったでしょうか。もしよければ感想やコメント、評価などしてくださると嬉しいです。