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30.記憶の水晶

 そうです、私はエルに惹かれてしまったんです。


 いつからそうなったのかわかりませんが、一緒に討伐に行ったりこの国の言葉を教えてもらっているうちにこの気持ちに気づきました。


 記憶を失う前の私は【聖女さま】として、エルや団長さんたちと一緒に魔物討伐に出ていました。

 私は違う世界から来た、聖なる力を持つ存在として、伝承にのっとってそう呼ばれていたんです。

 元の世界で、駅の改札を抜けた瞬間、私はこの世界に飛ばされたのでしたので。


 この世界に来て初めて会ったのはエルと団長さんで、魔物討伐の途中だった2人は私を保護してくれました。

 エルは私のことを警戒していました。近寄るんじゃないぞってオーラがあって、私も近づきませんでした。なので最初はよく団長さんや騎士団の皆さんと一緒にいたんです。

 皆さんとても気さくで、私のことをユーリィと呼んでくれて、すぐに打ち解けました。


 同行した先で待っていたのはムカデのような巨大な魔物の群れで、苦戦していたのに彼らは私を守ってくれていました。

 それが申し訳なくて、情けなくて、私も皆さんの力になりたいと女神さまに祈ったその時に、私の魔法は発現したんです。

 魔物を飲み込んで消し去り、負傷した人たちを癒す金色の光の膜を放ちました。


 その日から、私は【聖女さま】と呼ばれるようになりました。

 先輩たちは旦那さまが【聖女さま】を大切に想っていると言っていましたが、それはあくまで同僚としてです。アレット様、つまり団長さんの婚約者と同じ気持ちを向けていたわけではありません。


 記憶を失う最後に出た討伐の行きしなに、彼のアレット様への想いを聞いて失恋して、この想いを隠すことにしたんですから。



 ◇



「まずは君に全てを返そう。レイにこっぴどく叱られてしまったよ。お前のしていることは守っているんじゃなくて奪っているだけだと。確かに君は安全な場所にかくまわれるよりも外に出て人の役に立つことを強く望む人だ。私はその気持ちを踏みにじって君の望みを奪っていたんだ」


 エルが呪文を唱えると空色の瞳が光を帯びて、温かい風に包まれると私の髪は黒色に変化していました。きっと、瞳の色も変わっていることでしょう。


「私の姿を変えたのは、誰にも知られずにここに連れてくるためですね。カヴェニャック卿の家にいる聖女さまは誰なんですか?」

「……人形だ。私が君に似せて魔法で作った。魔法と記憶を封じ込めるために君にかけた魔法が解けるまで、誤魔化してくれるようにレイに頼んだんだ」

「どうして私の魔法を封じ込めたんですか?」

「君は魔力切れの反動で寝たきりになっていた。だから私は強硬手段をとったんだ。これまで君は全く言うことを聞いてくれなくて、何度休めと言っても、誰にも必要とされなくなるのが怖いと言って休まずに討伐に出て魔力を使い尽くして帰って来るばかりだったんだよ」


 確かに、魔力切れを何度も起こしていたらいつか魔法が使えなくなってしまうし、身体にも良くないと、お医者さんにはよく叱られていました。

 エルがしたことは全て、私を気遣ってくれてのこと。

 その気持ちは嬉しい。私のことを考えてくれていたんですもの。


「エル、あなたも無理をしすぎです。ちゃんと休んでくださいね」


 私は彼の前に手をかざして、懐かしい呪文を唱えました。


「光よ、呪いを癒せ」


 魔力が空気中に溶けていく感覚も、指先に感じる温かい魔力も、懐かしいです。


 掌から放たれた金色の光がエルを包むと同時に黒いモヤみたいなものがエルの身体から出ていって、消えていきました。


「エル、これでもう大丈夫だから素敵な恋をして、幸せになってくださいね」

「ユーリィ、私は――」


 その先を聞くのが怖くて、私はエルの言葉を遮ってしまいました。


「ウィル、記憶をあげるのでエルの身体を返してあげてください」

「せっかく取り戻した記憶なのにまた失ってもいいんだな?」

「ええ、私が大切な人にできることは、これくらいしかありませんから」


 むしろ、ちょうどよかったかもしれません。

 失恋の痛みを忘れられて、それに好きな人を助けられるんですから。


「そんなことねぇんだけどなぁ。まあ、お前は変なところで頑固だから何を言っても聞かないんだろうけど」


 ウィルはなにやらブツブツと言いながらチラッとエルを一瞥しました。


「腰抜け」

「へ?」

「ユーリィは関係ない。俺とエルヴェの話だ」


 目を閉じるように言われて閉じると、誰かの手で瞼を覆われて、視界が真っ暗になりました。掌は温かくて、微かに不思議な力の流れを感じます。これが魔力でしょうか。

 やがて掌は離れていきました。


「見てみろ。綺麗だろ?」


 目を開けると、ウィルは掌の中にある小さな水晶を見せてくれました。

 彼はそれを小さな木箱の中に入れて懐の中にしまいました。


「食べないんですか?」

「そうだな、今はそんな気分じゃねぇんだ」


 そう言うと私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきて、力入りすぎて痛いんですけど。


「これをもって契約成立とする。約束通り、俺はもうエルヴェの身体には入らない。誓いの証を残そう」


 ウィルが指を振ると、私の目の前に黄緑色の瑪瑙のようなものが現れて、掌を差し出すと降りてきました。つやつやの表面には金色の文字で誓約書のような文面の言葉が書かれています。


「すまない……ありがとう、ユーリィ」

「旦那さま、お役に立てて良かったです」


 記憶がすっぽり抜け落ちたような感覚というのは全くないのですが……そうですね、旦那さまが私の手を握って、悲しそうな顔をしているので、きっとなくしたのでしょう。

 旦那さまはとても申し訳なさそうですが、私はちっとも悲しくありませんからそんな顔をしないで欲しいです。

 だって、これでやっと旦那さまに恩返しを1つできたんですもの。


「エルヴェ、そろそろ時間だ。いつものやつを始めるから石碑の前に行くぞ」

「……わかっている」


 旦那さまは私の手を取って、呪文を唱えました。すると空色の瞳が仄かに光を帯びて、温かい風が吹き起って、風は私を包んだかと思うと、すぐに消えていきました。


「髪、せっかく綺麗にしていたのにほどけてしまってすまない」

「え? ええ」


 何の魔法だったのかわかりませんが、確かに先輩が綺麗に整えてくれていた髪はほどけてしまっています。

 旦那さまが髪を梳いて、耳にかけてくれました。……その、すごく優しく触れられたので心臓から変な音がしてきそうだったんですけど。


 なんだか旦那さま、身体を返してもらう前より物理的に距離が近くなってませんか?

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