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24.すれ違いのお客さま

 時戻し事件の翌日、早朝からお屋敷の門の前には使用人たちが並んで、旦那さまが乗り込んだ馬車を見送りました。


「「「「いってらっしゃいませ、旦那さま」」」」


 白んできた空の向こう側へと走っていく漆黒の馬車。

 薄暗い闇の中に消えていくその馬車を見ていると、寂しい気持ちになります。これまで旦那さまかウィルがずっとお屋敷にいましたもの。彼らが居るのが当たり前のようになっていたと思い知らされます。


 旦那さまは王都に用事があって、少しの間ここを離れるのです。

 王都にいる聖女さまのお見舞いに行くために。


 聖女さまは1年近くずっと眠られているのです。原因は魔力切れになるまで無理をしていた反動だとか。

 一緒に魔物と戦ってきた旦那さまにとって聖女さまはとても大切な存在なんだとナタンさんから聞いています。きっと、同僚以上の気持ちがあるんでしょうね。


「お見舞いに行くなんて、旦那さまはやはり聖女さまを好いていらっしゃるのね」

「そうね。初めはバワロン伯爵令嬢の失恋から救い出してくれたと思っていたけど……ねぇ。まさかこの先も眠ったままかもしれないだなんて」

「旦那さまって恋愛運がないのよね。あんなにイケメンなのにもったいないわ」


 メイドのお姉さま方は溜息をついています。

 今日はお屋敷中、聖女さまの噂でもちきりです。


「おまけに、今はカヴェニャック公爵家で預かっているんでしょう?」

「片思いの相手がかつての恋敵の家にいるだなんて複雑よねぇ」

「因縁の相手ってとこかしら」


 身寄りのない聖女様は団長さまの王都のお屋敷(タウンハウス)で眠っているそうです。

 王家が責任をもって引き取ろうとしたところ、旦那さまと団長さんが説得して引き取ったんだとか。今は団長さんの婚約者のバワロン嬢が毎日お屋敷を訪れては様子を見てくださっているそうです。

 先輩たちの言う通り、なんとも複雑な状況ですね。

 だってその婚約者って、かつて旦那さまが想いを寄せていた相手ですもの。私が旦那さまなら、そんな状態は嫌だと思ってしまいそうです。


 旦那さまはもしかして、このお見舞いに行って聖女さまを引き取りたいと仰るつもりなんでしょうか。今まで旦那さまと聖女さまのお話をしたことがないからわかりませんが。


 なんだか胸の中にモヤが広がっていくような感覚がします。



 ◇



 使用人ホールで休憩をしていると、先輩たちが眉根を寄せて話し合っていました。


「ブランシュ嬢、またうちに来ていたそうよ」

「あら、最近は来なくなったと思っていたのに意外ね」

「旦那さまは聖女さまのお見舞いに王都に行ったって伝えたらガックリしていたらしいわ」


 その名前を聞くと、街中であった出来事が蘇ってきて冷や汗が出てきます。

 彼女はやはりまだ旦那さまが好きなんですね。王都からまたここに来たのにすれ違いになってしまうだなんて思いもよらなかったでしょうに。


 遭遇しなくて良かったです。

 恐怖体験をした者としてはその1言に尽きます。

 あの時は旦那さまが居たから助かったものの、今お会いしたら確実に私はあの真っ黒な澱みの中に引きずり込まれてしまいますよ。


 そんなことを考えながら箒を持った私は、まだ考えが甘かったのかもしれません。もっと警戒するべきでした。


「あなた、この前の使用人よね」


 お庭を掃除していると、柵越しに声をかけられました。

 振り返ってみるとそこにはブランシュ嬢が見えて、驚きのあまりドクンと心臓が大きく脈を打ちました。


 今日は淡い水色のドレスを着ていて、以前よりも落ち着いた雰囲気です。


「い、いかがされましたでしょうか?」

「エルヴェさまは聖女さまの元に行ったそうね」

「はい、今朝がた、王都に向けて出立されました」

「本当に、タイミングが悪いですわ。最後の希望をかけてエルヴェさまに告白するつもりでしたのに。もはや結ばれない運命だったのかしら」


 ブランシュ嬢は柵に背を預けて私の顔は見ようとしないまま、話しを続けます。


「エルヴェさまはバワロン嬢を諦めてから長い間誰にも興味を示していませんでしたわ。でも、聖女さまが現れてから変わられましたの。私も馬鹿ですわよね。そんなエルヴェさまを見て、もしかしたら今度こそ私の方を向いてくださるチャンスかもと思ってしまったんですの。でも、変わったのは聖女さまに惚れたからでしたのね。お見舞いに行くくらい今もなお聖女さまのことを想っていらっしゃるのがよくわかりましたわ。私には出る幕がありませんでしたのよ」


 私に話しかけているようで、そうじゃない口調です。まるで、独り言を聞いて欲しいかのようで。

 私はただ黙ってそのお話を聞いていました。


「もう馬鹿らしくなりましたわ。呪ってまで一途に追いかけていましたのに、永遠に振り向いてくれないんですもの。私の心は報われないままずっと縛られていますのよ。初めて社交界デビューした夜に、転んだ私に手を差し伸べてくださったあの時から」

「え、の、呪い?!」

「私の物にならないなら一生そのままでいるといいですわ。好いた相手にも触れられないで苦しんでいる姿をずっと拝んであげましてよ」


 一瞬、彼女が何を言ったのか理解できませんでした。

 何度も頭の中に反芻させてようやくその内容を理解しました。

 好いた相手にも触れられない呪い。旦那さまの拒絶反応の原因はブランシュ嬢のようです。


 わかった途端、腹立たしい気持ちでいっぱいになりました。

 いくらなんでもやっていいことと悪いことがありますし、旦那さまは苦しんでいますのに、自分ばかりが被害者のような口ぶりですもの。


「勝手がすぎます! どうして好きな人を苦しめるんですか?」

「あなたに何がわかると言いますの?!」


 ブランシュ嬢は振り返って緑色の瞳で捕えてきました。以前見た時のような、怒りに燃えた瞳です。でもその怒りがあまりにも自分勝手で幼稚な理由から沸き起こったと思うと、怖くありませんでした。

 負けじと睨み返すと、フンと鼻を鳴らされました。


「綺麗なことを言っていますけど、あなたも同じですのよ?! あのお方の心は聖女さまのものですからね! 使用人のあなたには勝ち目なんて無いんですのよ! ちょっと優しくしてもらったからって勘違いして浮かれていられるのも今の内ですのよ!」


 彼女はそう言い捨てると、さっさと停めてあった馬車に乗り込んでしまいました。轍の上を車輪が滑っていく音が少しずつ遠ざかっていきます。


 最後に渾身の一撃を喰らわされたような気がします。

 胸の中に立ち込めていた靄がどんどんと広がっていくのと同時に、ずきんと胸が痛くて。

 使用人の私が旦那さまと恋をすることなんてないですのに、彼女の言葉が突き刺さってドス黒い何かになって染みわたっていくんです。


 さっさとお仕事に戻って忘れてしまわないといけませんね。

 ブランシュ嬢の呪いの事、旦那さまにどうお伝えしましょうか……。



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