第93話 逆襲の狼煙
〇東京新宿区 【殲滅者】志波蓮二
倖月の敷地を後にし、今は合流地点へと向かっている。
倖月家など母の死の真実が知れた今、俺の中ではどうでもいい存在にまで格下げになったので、もはや興味さえない。あの場に居た主要メンバーの死は既に確認しているので今後の立て直しも考えればこちらにちょっかいを掛けてくる暇さえ無いだろう。かけてきたらその時に対応を考えればいいだけだ。
もっとも、この一連のクエストが終わったら直接母を殺した病院と医者には落とし前を付ける予定だ・・・・・特に主犯にはたっぷりと苦しめるように地獄を見るような呪殺でも行えばいいだろう(その家族には手を出すつもりは無いが)。
(下手するとそれなりの日数を空けることになる。終わったら母の病院に見舞いに行かないとな)
母が入院してから碌に見舞いにもいっていない。治療する薬を手に入れるためにレベリングをしていたから仕方がないといえばそれまでだが・・・・・・・。
(いや・・・・・・・・それは嘘だな)
それは言い訳に過ぎないと自分でも理解していた。もっともらしい理由を付けて母の見舞いを避けているのは怖いからだと内心では分かっていた。
(俺は今の養母さんの状態を実母の時と重ね合わせている)
今の母が入院している状態は、実母が入院して衰弱していく状態とあまりにも似ていた。それが自分のガキの頃、母のお見舞いに頻繁に通っていたことを思い起こすのだ。時間の都合がつく限りお見舞いに行って、その度にやつれた母を見た光景が、俺に心配をさせまいと明らかに無理をしている母の姿が今でも脳裏から離れない。
もし足を運ぶたびにやつれていく姿を見てしまったら、自分の心が『もう駄目なんじゃないか?』・『薬なんて間に合わないんじゃないのか?』と折れてしまうかもしれない。
そんな状態で高難度ダンジョンに挑むなど自殺行為だ。心の迷いを抱えたまま挑めるほど甘い場所じゃない事は既に承知している。
(だがこのクエストが終わったら・・・・・流石に顔を出さないとな)
恐らく今までで一番勇気を振り絞ってそう決心すると、殲滅を開始すべく今度こそ頭を切り変えることにした。考え事をしている内に合流地点のすぐ前まで着ていた。
クレアとアイリスに合流した俺たちは、このクエストが終わった後に実行する策の進捗に付いて話している。
「それじゃあ国防軍の上層部の不正と政治家や官僚の不正の証拠は集められたんだな?」
「イエス! 既にマスターのオーダーに沿うだけの成果を出せる証拠は揃ったと判断します!」
アイリスは声に喜色を浮かべ自信満々にそう答えた。機械なのに感情豊かだな。始原の技術ってすごい。
「あ、あのレンジ様・・・これを機に政治家と国防軍の上層部の一部を一掃する策についてなのですが・・・・・・」
クレアの様付についてはもう注意する気も起らない。せめて人前では言わないでくれ、とお願いしておいた。
そのクレアが申し訳なさそうな声で意見を言いたそうだったが、俯いて黙ってしまう。どうしたんだ? 俺はクレアに向き直ると、真意を問うてみることにする。
「クレアどうした? 意見があるなら怒ったりしないからハッキリ言ってくれ。後になってしこりが生まれる方が問題だからな」
言いたいことを我慢して、不満を溜め込まれる方が後々問題になる場合が多い。言いたいことや、意見があるなら、どんなことでも怒る気は無いし。ハッキリ言って欲しいので、優しく諭すように訊ねる。
「・・・・・・あの、確かに人の上に立つ身でありながら国民を守る責務を放棄した国防軍の上層部や政治家の行動は許しがたいです。でもそうではない人もいます。通信を傍受していましたが、今井少佐とその部下の方々は立派です。彼らだけでも助けていただけませんか?」
それでも中々切り出さなかったがやがて意を決したように口を開いた。
その口から出た内容は意外なものだったが、大きな勘違いがあったので訂正しておく。
「ああ、そんな事か、安心して欲しい。端から今井少佐を陥れるつもりは毛頭ない。俺が貶めたいのはあくまでも腐敗した上層部の一部だからな」
その言葉にクレアが安堵の表情を浮かべたので「それに・・・」と言葉を続ける。
「今井少佐の武勇は俺でも知っているほどだ。戦功よりも民間の救助を優先する気高き軍人。現代の英雄ともっぱらの評判だしな。もっとも政治が苦手のようで、上層部からは疎まれがちだとネットでは噂されているらしいが・・・・・」
正直者は馬鹿を見る、は言いすぎだが。どの世界でも上に行くほど足の引っ張り合いは、残念なことに存在するのが現実だ。現場の人間ではそのような権力闘争を生き抜いた魑魅魍魎とは反りが合わなさそうだし。件の噂は高確率で事実だろう。
俺が排除したいのはこの事態を巻き起こした無能————もっと言えば、事態を甘く見て避難勧告すら出さなかった連中だ。馬鹿どもに振り回されて命を賭けて戦った現場の人間を排除するなどもっての外だ。クエスト後に行う一連のパフォーマンスは腐った屑どもが現場に責任転換しないようにする意図もあるから心配無用だ。
「最後に確認をしたい。連中の不正の証拠はどのような内容だ? あと今井少佐を助けることは構わん。しかし、それに対して最も有効な方法は何だと思う?」
この手の屑がやりそうな不正など心当たりは幾らでもあるが念のため確認しておく。
それに俺が何でもかんでも指示を出すのは良くない。ただ人の指示や命令に従うだけじゃなく、自分でも考えることは大切だ。
「国防軍に関しては、佐藤少将を始めとした高級士官の裏切り行為が確認されました。具体的に説明しますと、こういった場合は事前に国民に避難勧告を伝えておくものですが、見通しが相当甘かったようでシェルターへの避難指示さえ出されていません。それ以前に『近代兵器に頼るのは危険だ』と今井少佐を筆頭とする現場からの意見も荒唐無稽と握りつぶしていたようです。
守備部隊が壊滅状態になった後も、今井少佐から司令部に近隣住民に避難勧告を出すように要請があったようですが。これを無視しています。件の佐藤少将ですが、部下からの人望は相当低かったようで、今井少佐と共謀した側近がこれまでの不正の証拠を臨時総司令部に送り付けたそうです。また、今回の失態を今井少佐に押し付け、濡れ衣を着せようとしているみたいですが。恐らく不可能でしょう。アレらに待つのは破滅だけだと予測します・・・・・・・」
そこまで淀みなく喋ると、暫し黙考して今度はちょっと自信なさげな声音で話し出した。
「今井少佐を助けるに当たって鍵となるのは国民の感情でしょう。今井少佐は国民や下士官には人気があるようですが、上層部、特に政治将校か『有能だが厄介者』という扱いです。事実今回は被害を出したわけですから。これを好機と捉えて排除しようと考える者は出て来るかと。今井少佐と部下の奮闘を世間に知ら占めることで減刑を求めるのが一番かと思います」
その作戦は悪くは無いが、甘い。人の悪意を甘く見ている、根が善良なのかね? クエストの告知があってからは東京に入る事は出来ても出る事は出来なかったそうだ。だがクエスト開始までは都外にも通信は出来ていたようだし(クエスト開始からは都外への連絡は何故か出来なかったようだ)、佐藤少将の屑っぷりを予想として告発準備をしていたとしたら、今井少佐は相当な切れ者だろう。
「ああ、それは良い考えだ。だがもう一歩進むべきだろう」
頭ごなしの否定は軋轢を生むだけ。なので考えを完全には否定しないでおく。案の定、クレアが訝しげな表情をしたので、説明をしておくことにする。
「その策は悪くない、だが国民を扇動するだけでは弱い。この国の国民にかぎらず、人を手っ取り早く動かすにはメディアを利用するべきだ。俺の作戦としてはこうだ、あれたちが集めた証拠や画像をアイリスが見栄え良く編集して大手のメディアを通して複数にアップする。奴を使って情報操作を行い国民を扇動して世論を作り上げたのち、政府や軍の上層部を攻撃。腐った上層部に比べて今井少佐の部隊がいかに奮戦し、国民を守るため体を張ったかを大々的に取り上げ英雄に仕立て上げる。それだけの情勢で今井少佐や部下を処罰できんさ。たとえどんなに上層部が排除したくとも、醜聞をバラされて上でそれだけ注目が集まれば内々に処理することは不可能といえる。普段ならまだしも、国民やマスコミが注目してるからな」
作戦を全否定する気は無いので、ちょっとだけ肉付けする提案をした。いつの時代も人は解り易いヒーローとヒールの物語が大好きだ。今井少佐というヒーローと、佐藤少将というヒール。国民を救うために奮戦した者と我が身可愛さに役目を放棄して逃げ出した屑。どちらを擁護するかなど子供でも分かることだ。ヒールお得意の袖の下や賄賂も、証拠が大っぴらに公表されれば効果は薄い。
「マスター、でも政府や軍部も馬鹿じゃありません。そう上手くいくでしょうか?」
アイリスの疑問はもっともだ。だが策はある、俺は人の悪い笑みを張り付けその策を聞かせた時。
アイリスとクレア、二人の表情は対照的といっていい程分かれていた。
◆◇◆◇
「見事だった。護国の勇士たちよっ! 君たちの死に場所は此処ではない。この場は私が引き受ける、直ぐに後方まで下がり給え」
「・・・・・・・・・・はぁ!?」
突如現れたレンジの言葉に国防軍の兵士が息をのむ気配が伝わってくる。
(まぁいきなり現れてこんな芝居がかったセリフをイキナリブッパする奴は狂人に見えるかもな)
レンジとしては『好きでこんな事してんじゃねぇぞ、ゴラァッ!』 とキレそうになるが、羞恥を堪えて我慢する。自分が彼らの立場だとしたら同じ反応をしただろうと思い至ったからだ。
だが彼らが息を飲みフリーズしたのは突然現れた不審者に驚いたからでも、時代錯誤なセリフに失笑したからでもない。
レンジの今のファッションは、禍々しいオーラを放つ漆黒の黒衣に煌びやかなマント。頭部にはフルフェイスのマスクを被っている。だが、その頭部が問題なのだ。
前面には凶悪な鬼の衣装が施されと仮面が張り付き。後面には髑髏の衣装が施された苦し気な亡者の仮面が張り付けてある。その姿は不審者通り越して、凶悪犯さながらだ。
その衣装と纏っている禍々しいオーラと共に、地獄から這い上がってきた死神を思わせる井出達となっている。夜に子供が見たらトラウマモノの極悪ファッションと評せるだろう。
では彼らはレンジの姿に驚いたのか? 否、彼らは歴戦を戦い抜き数多の死線を超えて生き残った軍人だ。今はレベルも上がり現在の人間では強者に入ると秘かに誇っていたが、レンジを見てそのような自身は木っ端みじんに打ち砕かれた。その纏っている覇気と膨大な力を感じ取り、委縮してしまったのだ。
(な、何なんだよ、この男は? に、人間なのか? あ、悪魔とか悪鬼の類じゃねぇのか? お、俺たちに味方してくれるのか?)
ある程度の戦歴を積めば、戦場ではあり得ないような幸運と偶然から命が助かるケースは多々ある。木戸少尉もそれを経験しているが、今回のケースは余りにも突飛過ぎたのか混乱して思考がまとまらないようだ。
(確かにこの男は俺たちに逃げるように言ったが、俺たちを救って男の得がある? この状況で騙す必要などない。ほっとけば俺たちは自爆していたしな。俺たちを殺す気ならほっとけば良かっただけだ。そんな事は判っている。だが俺たちにはまだやるべきことが・・・・)
そんな心情を読み取ったのかレンジは彼らの懸念を払拭させるために望むであろう言葉を発した。
「護国の勇士よ、此処は命の捨て場ではない。君たちが心酔している今井少佐は既に安全圏まで逃がした。心置きなく退却するが良い。それにこの悪鬼共は私が殲滅する。巻き込まれたくないなら早々に下がれっっ」
その言葉と同時にレンジは手に持っていた大剣を一閃させる。いや、この場にいる全ての者にはその剣の軌跡さえ見えなかった。剣を振り上げた残心で一閃したと判断しただけだ。
(こんな距離で剣を振って何の意味があるんだ?)
木戸少尉たちがそう思うのは無理も無いだろう。だが彼らは無知というのは可哀そうだ。彼らはジョブを極めた先にある力を何も知らないのだから。
(敵とはまだ100メートル以上離れている。これだけ距離が空いていたら剣風さえ届かないだろ?)
木戸少尉たちはレンジの行動が無意味なパフォーマンスと判断して思わず失笑しそうになるが、それはとんでもない間違いだったと直ぐに気付くことになる。
シャンと澄んだ音が聞こえた気がして思わずオークがいる方角を凝視してみると。オークの体は切り裂かれ、切れ目に沿って上半身が地面に落ちようとしていた。巨体のオークの上半身が地面に落ちる不快な音————生ものを高所から地面に落としたようなグシャッとした音が響き渡った。
次の瞬間には強大な炎が降り注ぎ、斬撃から生き残ったオークたちを蹂躙する。余りの高熱と光に失明を恐れたのか、目を庇うように手で覆ってしまう。彼らが高熱が収まり手を眼球から退けた時、其処には焼死したオークの死体が転がっていた。
「「「「「ハァッ!?」」」」
彼らは何が起こったのかもわからず、ポカンと大口を開けて間抜け面を晒してしまう。次いで起こった感情は驚愕と恐怖だった。
(お、俺たちが銃器を使っても、足止めが精一杯だった豚共をたったの一撃で殺しただと!?)
正確には剣スキル『斬空一閃』と黒魔法『煉獄火炎』の連撃によって殺し尽くしたのだが。歴戦の軍人である木戸少尉でさえ何が起こったのかまるで分らない。
人は理解できない物に恐怖する。驚愕は恐怖となり、体を竦ませる。此処が戦場であることも忘れ放心した様に立ち竦んでしまった。
そんな木戸に構わず。、仮面の男—――レンジは苛立たし気に言葉を放つ。
「私の力が理解できたようだな。ではサッサと立ち去るがいい。これからオークの本陣に強襲を掛ける。さすがに私といえども手加減をする余裕はない。これが最後だ、せっかく拾った命を粗末にするなっ」
それだけ言うと・・・・・もう用は無いとばかりに歩み出してしまう。
「ま、待ってくれ!」
混乱した頭では何を言っていいのかわからなかったが。「何か言わねば!」と咄嗟に、叫ぶように口から出た言葉はコレだった。
仮面の男は足を止めると振り返ってくれたことで『案外律儀な人間らしい』とそんな馬鹿なことを考えたが、それ所では無いと思い直し。どうしても聞いておきたいことを訊ねてくる。
「あ、アンタ。い、いや貴方の名前を教えてくれ?」
男は首を傾げている。そんなこと今聞くべきことか? とでも思ってるのかもしれない。確かに今聞く事じゃないかもしれない。でも聞かずにはいられなかった。いつまでも無言なので名乗る気が無いのか?と気落ちするが。歩き出す気配が無いことから、答えに窮しているだけかもしれない。
「私の名前・・・・か。私に名前など無いが・・・・呼びたければ、そうだな『フェイスレス』とでも呼べばいい」
「『フェイスレス』、顔無し・・・か」
あまりにもマンマなネーミングセンスに笑いが込み上げてきたのか、それとも単にツボに嵌ったのかニヤニヤとした表情で噛みしめるように反芻する。
「ありがとよ、フェイスレスっ!! アンタは命の恩人だ。他力本願でちと情けないが豚共に一泡吹かせてやってくれっ。総員コレより後方に退却する。せっかく拾った命だ、流れ弾に巻き込まれて失うなよっ」
「「「了解っ!!」」」
レンジの圧倒的な力を見せつけられ、自分たちが居た所で足手まといになると即座に判断したようだ。素早く命令を出したが、彼はそれだけでは終わらなかった。
「総員、フェイスレス殿の武運を祈り敬礼っ!!」
「「「御武運をっ」」」
威勢のいい掛け声に、生き残りの軍人全員が俺に敬礼してくれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
レンジは気恥ずかしさもあり、何も言わずに踵を返し。戦場————敵本陣へと歩み出した。
何も言わなかったのは彼らの敬礼に応える資格が無いと理解していたからだ。自分の都合でこの地に被害が出ることを良しとしたレンジにとって、彼らの姿は———弱くとも自分の信じるモノの為に命を賭ける彼らは余りにも眩しくこれ以上直視することが出来なかった。
(ふん、生き残れよ。あんたらはまだ死んじゃいけない人間だ。たとえ不様でも、みっともなくても。最後まで生き残るため足掻きな)
レンジ的に彼らのようなタイプは嫌いじゃない。ちょっと偽悪的になったが、これは紛れもなくの本心だ。
(ちょっと予定と違うが、これよりオーク本陣に奇襲を掛け対象の殲滅を開始する。クレアは縮小化してこのまま俺の懐で待機。アイリスはこれまで撮影した映像の編集と、俺がオークを蹂躙している映像をドローンで撮影してくれ。その後のパフォーマンスの映像を世界中に拡散する準備も忘れるなよ?)
「「了解です!!」」
淀みのない返答に満足そうに頷き、芝居がかったような動きで両手を天へと翳すと高らかに宣言する。
「これよりオーク殲滅作戦の実行に移る。一匹も逃さず鏖殺せよっ」
このクエスト終了後。世界中で話題の中心となる男が遂に動き出す。
そして後に、世界中で大波乱を巻き起こす男が、初めて表舞台に立った瞬間だった。
お読みいただきありがとうございます。
レンジの装備一覧
〇『魑魅魍魎のフルフェイスマスク』・・・前面に鬼、後面に亡者の仮面が張り付いた怪しい一品。
〇『天夜叉のツナギ』・・・光と闇に同化する漆黒のツナギ。暗い場所だと首だけ浮いているように見える。付属のフードを被ると光と闇と完全に同化する。
〇『天夜叉の手袋』・・・光と闇に同化する手袋。他の装備を付けて手袋だけ外すと手だけ浮いているように見える。
〇『天夜叉のブーツ』・・・光と闇に同化するブーツ。他の装備を付けてブーツだけ外すと足だけ見える。




