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第90話 傍観者


 今井少佐を後方に退避させることが出来た木戸少尉は満足そうに頷くと、残った部下に号令を掛ける。


 彼はとっくに気付いていた、自分たちが今回のクエストとやらの捨て駒にされたことに。国防軍の上層部は無能な屑もいるが、全てが無能のはずがない。上層部の良識派は今回この場に派遣された佐藤少将や、その後ろ盾となっている国部中将といった国防軍の癌を纏めて切り取ろうと画策しているのは間違いないと確信していた。


(今回の件で東京に派遣されたのは俺たちのような上層部に使いづらい、いわば厄介者が多い。俺たちが死ねばよし、生き残っても佐藤の屑の失態を告発させてその後に使い潰してよしの二段構えの策と見るべきだろうな)


 粗暴な口調と態度から誤解されがちだが、木戸少尉はかなり頭が切れる。外見が厳つく考えるより先に動けが信条なのでそうは見えないが、インテリ脳筋と呼ばれるだけの知性と分析能力は持ち合わせている。


 実際に木戸少尉の考えはほぼ正鵠を得ていた。上層部はこの度のクエストで国防軍の恥部とでもいうべき者たちを一掃する予定だった。クエストの内容は半信半疑だったが、万が一を考えて近代兵器の類は一切持ち込んでいない。防衛戦に使用したのは元々東京に配備されていた兵器だけだ。


 今井少佐たちが派遣されたのは、箔付のため。防衛戦に英雄が参加し成功すればよし、失敗すれば今後のために魔物の脅威を民衆に知らしめることが出来る。どう転んでも不要な存在は排除されるように取引がなされていた。


 上層部の中には意思統一のために『クーデターでも起こそうか?』という冗談のような意見もあった。だがこのクエストの混乱に乗じて近隣国家———特に大亜連と新ソが攻めてこないとは誰も保証できなかったので、戦力の大半は主要地点に配備する以外の選択は無かった。


 ・・・・・今井少佐たちは今後のために生贄に捧げられたといっていいだろう。


 もっとも、今井少佐やその部隊はその程度はとっくにお見通しだった。彼らにしてみればいつものことに過ぎないからだ。どんな地獄にも笑って出動してボロボロになりながらも生還する歴戦の精鋭部隊。だが木戸少尉は理解していた、今回ばかりは奇跡は起こらないだろうと。


「へっ! 少佐は逃がせた。後は田口が上手くやるだろうよ。俺たちゃ最後に一花咲かせようじゃねぇかっ! なぁお前ら~っ!」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」


 木戸の粗暴な山賊のような掛け声に、これまた獣の唸り声のような返答で返す。まさに不良軍人ここにありといったところだ。


「しっかし少尉? 爆弾抱えて特攻なんざ第2次大戦中(WWⅡ)の旧日本軍ですかね。この近代化の時代に時代の逆行をするとは思いませんでしたぜっ」


「おいおい。あの時代の人間魚雷やカミカゼ特攻隊に比べりゃ予算や経費が掛からないだけお手軽だろ? 経費削減だの事業仕分けだの時代のニーズにはあってると思うがな?」


「「「「少尉殿~。そりゃ~ね~ぜ? ギャハハハハハハハ」」」


 黒すぎる———ブラックすぎるジョークに、この場の全員が大爆笑をし始める。死が迫っているのにこの胆力。この神経のド太さは流石を通り越して呆れ返ってしまう。だが彼らは満足そうだった、自分たちの英雄————今井少佐を助ける事が出来たのだから。


「だが、幸いといっちゃいかんが。この地には佐藤の屑を始め、腐った将校が多い。もし生き残ったとしても、今回の失態と命令改竄、虚偽報告などの不正告発で奴らはお終いだ。上層部も少佐を疎んじていても、その能力は買っているはずだ。この場にいない寝返った連中には俺たちが佐藤と組んで少佐を軟禁し、独断専行したと証言するよう頼んである。上は不審に思うかもしれんが、少なくとも国民の非難が少佐に向かうことは無い・・・とは言えんが、あっても弱くなるはずだ」


 木戸少尉は急に笑い顔を引っ込めシリアスな表情で、この件の後始末について話し始めた。上層部はこの失態を隠すためのスケープゴートとして嫌われ者の佐藤少将を選ぶはずだ。今井少佐を嫌っていようと国民の人気の高い今井少佐を罰するのは今後を考えると悪手だというくらいは上も理解しているはずだ。木戸少尉は佐藤少将の配下の多くは佐藤を毛嫌いしているのを察していた。その為、かなり前から寝返り工作を行っていたので連中に対しては一定の信用と意思疎通は出来ていた。


「はは、手柄を欲しさにしゃしゃり出て来たのがあの連中の運の尽き・・・ですな」


「国防軍の膿、いや癌共を切り離せた事だけが我らの唯一の成果とは・・・・・呆れを通り越して笑えて来ますな」


「俺たちも戦犯として歴史に名を刻むな。俺たちに家族がいないのがせめてもの救いだぜ」


「そうそう、犯罪所の身内は肩身が狭くなるからな。この時ばかりはモテなくて独身だったのに感謝、・・・・・できるかよっボケがぁっ」


 彼らは全員が孤児の出身だ。自分たちが死んだとしても後顧の憂いは何もない。気晴らしの軽口を叩いてる内に、ちょっと黒い感情と本音が出てしまったようだ。やはり、彼らも元は人間、死が迫れば本質が出てしまうのも当然だろう。そんな中でも誰一人逃げようとはしないが。


「その強面で彼女が出来るかよ? 女は何だかんだ言ってもイケメンが好きだぞ? お前の場合は強面ってよりも、ゴリラの親戚って言った方が適切かもしれんがな」


「あ? やる気かこらっ!!」


「あ~、その辺にしとけ。それだけ元気なら最後に特攻かけるぐらい楽勝だろ? はみ出し者らしく派手な花火を打ち上げようぜっ」


「「「「オラァァァァァァァァッ」」」


(今井少佐。俺たちはここまでです。必ずこの国を守り、俺たちの敵を討ってください)


 荒れ果てた生き方をしてきたこの場の軍人たちを救ってくれたのは間違いなく今井少佐だった。口先だけの他の上官とは違い、あの人の言葉には地獄のような戦場で常に部下を如何に救うかがあったのだ。人生の恩人に心中で感謝を伝えると、同僚たちの野太い声の返答を苦笑ひとつで受け止め。今まさに敵軍に飛び込まんとした時、その声が耳朶に飛び込んできた。


「見事だった。護国の勇士たちよっ。君たちの死に場所は此処ではない。この場は私が引き受ける、直ぐに後方まで下がり給え」


 全身を黒ずくめの衣装で包み。顔には前後に禍々しい鬼と亡者の意匠の施された仮面を張り付けたフルフェイスマスクを被った。異形の男?が光輝く大剣を持ち、兵士たちの真上からそう告げる。




 ・・・・・・・この地獄を終わらせる存在が東京の地に舞い降りた。


◆◇◆◇


 時は少し、二日目の始まりにまで遡る。


 レンジはアイリスに急造させた球形のドローンを大量に東京上空に浮かべ、各地の戦況を逐一分析させていた。


 また、自分でも各地の抵抗勢力とオークの戦闘を眺めていたが、その顔は不機嫌で染まっていた。理由は自分の予想を遙かに超えてこの国の上層部が腐りきっていたからだ。


 レンジの予想では一般市民への被害は最終的に相当小さくなるはずだった。確かに建物などの建造物は被害を受けるが、人的被害は軍人たちに集中すると考えていた。そうならなかったのはこのクエスト————魔物を舐め切っていた政治家と軍上層部が都民へシェルターへの避難勧告を出さなかったからだ。そのせいで一般市民にまで相当な被害が出てしまった。


(大方、近代兵器を信用しすぎて魔物を軽視したってとこだろうな。この国は魔物の出す被害によって政府や軍の信用は下降の一途を辿っている。それを取り戻そうとして却って大失態を演じるとは・・・・・怒りよりも先に呆れてくるね)


 レンジを呆れさせているのは政治家や軍人だけじゃなく抵抗勢力の戦闘にもある。ハッキリ言ってその感想は「お粗末」その一言だろう(あくまでレンジ基準だが)。


(何だアレ? 魔法職は敵の前でいちいち詠唱して馬鹿か? 戦闘中にそんな隙を晒してたら殺されるに決まってんだろ! それに武器の使い方がお粗末すぎる。隙も見せずに武器スキルを使ったところで対処されるに決まってんだろ? そういう使い方は格下なら兎も角。格上には隙を見せてどうぞ殺して下さい、って言ってるようなもんだぞ!! あ、あの連中は阿呆か? 集団戦で寡兵側が敵を討つには奇襲か意表を突くのが鉄則なのに、デカい声出して突撃とか。・・・・・戦国武士でさえ、もう少しマシな兵法を心得てるぞ! あ~あ~、こっちが敵を釣り出して囲まなきゃならんのに逆に囲まれてらっ! 敵の方が遥かに強いのに囲まれたらお終いだ。あ~また策も無しに突っ込んじゃってまぁ~、無双が出来るのは雑魚相手だけだ、強者相手に蛮勇が通じるかよっ!)


 他人が聞けば辛すぎると感じるレンジの批評だが、レンジとしては余りにもお粗末なスキルや魔法の使い方に呆れてものが言えない(言ってるが)、が本心だ。


 自分が使用できるようになってから、スキルや魔法の検証を必死で行い。生き延びるための努力を怠らなかったレンジにとって、地球が変貌してからある程度の時間が経過しているのに、あそこにいる奴らはそういった努力を全く怠っている、怠けているようにしか映らなかった。


 もし自宅地下にダンジョンが出現しなくても、魔物と遭遇した経験からスキルや魔法に関しての検証は確実に行っていたという自信がレンジにはある。


 それらもせずに格上相手に無策無謀で挑んでいる。ハッキリ言わずとも愚かとしか言いようがないのだろう。

 

(・・・・・・効率のために格上相手に無策無謀な喧嘩を売り続けたのに。その事は完全に棚上げして言いたい放題いってる超バカがいるようです。‥‥誰ですか? 俺だよクソっ!)


 このままだと予想以上に被害が拡大しそうだ、介入するべきか?と不謹慎なことを考えて冷めた目で傍観していると、アイリスから通信が入る。


「マスター、倖月家周囲に放ったドローンからの映像を送信しま~す。先に言っておきますと、防衛線が突破されて敷地内にオークの部隊が侵入したようです」

 

「了解だ。俺は倖月家の近辺に移動する。引き続き一帯の監視を頼む。めぼしい情報が入ったら報告を忘れるな」


 それは待ち望んでいた報告だった。この戦争に介入した理由の何割かが含まれるほどには。


「りょ~か~いで~す!」


 以前と異なりアイリスは間延びした軽い感じで返答するが、これは別に壊れたわけではない。

 

 アイリスの堅苦しい話し方は、少々肩が凝るので如何にかならないかと聞いてみたら。幾つかの人格パターンが提示されたので、その中からちょいとポンコツ風味の性格をチョイスしておいた。


 弁解するなら話し方がちょいと砕けて、言動はチトポンコツ気味になるが、仕事は完璧なので容認している。


(ふん。高貴ぶって見せたところで、所全は前時代の思想に取り憑かれた愚か者共だ。俺がわざわざ手を下すまでも無い。絶望に浸りながら滅びるとイイさ)


 レンジが倖月家に行くのはあの屑どもを助ける為じゃない。どうしても確認しなければならないことがあるからだ。本心をハッキリ言えば、豚共に蹂躙され死んで欲しいくらいだ。


(アレと義弟、義妹は不在のようだが。それ以外は本邸に居る事は既に確認済みだ。あの家にもかつての親族、使用人共にも良い思い出など無い。いや、かつてはあったかもしれないが、その後の仕打ちで憎悪に塗り潰されたといった方が正しいかね)


 嘗ての父をアレ呼ばわりしても一切の抵抗は無い。もはやレンジにとってあの男は他人以下の存在に過ぎない。


(俺が就職した時期から連中の嫌がらせは無くなったが、あの屑どもが今後何か仕掛けてこない保証は無い。そして俺はあの家の連中をまったく信用していない、するつもりさえ無い。後顧の憂いを取り除くためにもあの連中は此処で確実に始末する)


 何も復讐だとか仕返しのために奴らを殺す気は無い。そもそも連中を殺すのはオークでありレンジはただその光景を傍観しているだけ。倖月の連中が殺されてもこの事態の責任は軍や政治家が負う物であって。間違ってもレンジが責められる謂れは無い。このクエストを良い様に利用するだけなのだ。


(タラレバの話をしても仕方がないが。もし、もしも連中が俺の追放された後に約束を守り、俺たちを攻撃してこなければ嫌いはしても、ここまで憎むことは無かった。今回の件にしても助けてやる気が起きたかもしれん。しかし、そんな気分に全くといっていいほど成れないのは連中が行った行動の結果。つまりは自業自得、甘んじて受け入れるべきだろうさ)


 それだけの事を倖月家はレンジに————志波家に対して行ってきた。契約の不履行に始まり、養父の経営する道場の誹謗中傷、レンジの就職の妨害など積もりに積もったその恨みは深い。


 誤解なきようにいっておくとレンジは義弟、義妹には全く悪意も隔意も持っていない。次いで嘗ての父も嫌ってこそいるが他の連中ほどには憎んではいない。


(大企業のトップで名家の当主にとって家の存続こそが第一だ。あの時は俺を追放することが最善だったと俺も思うし、後妻の家との関係を考慮すれば、俺はあの屑(義母)やその実家にとって生まれた子が当主になるための障害、厄介者以外の何物でもない)


 その理屈は理解できるので、倖月家を追放された事自体には思う事はない。母の死後行ってきた虐待はあの屑の嫉妬によるものだと理解もしている。・・・・納得はしていないが。

 

(アレとしては、下手に倖月に置いておき家中の悪意に晒されるよりも、祖父母の下で育てられた方が安心だったという事もあるだろう。その考え自体は正しいが、アレの失態は俺が引き取られた後に親類—――後妻の悪意を軽んじた点だ)


 そのせいでレンジの中にある倖月家の憎しみは常に燻っていた。力————倖月家と戦える力が無かったので、今まで大人しくしていただけに過ぎない。


(当主の兄弟連中は母が庶出という事もあり、内心で母を蔑んでいたのは少し見る目がある者なら簡単に判る、当主の前では猫を被っていたがな。そして母が存命中は俺には普通に接していたが、目の奥には常に侮蔑が宿っていた。母の死後、当主の見えないところで俺を虐げていたのがいい証拠だ!)


 当主はレンジの養育費が未払いである事も追放後に後妻と親族が結託してレンジを虐げていた事さえ知らないはずだとレンジは考えていた。あの男は少なくとも帝王学を受けている口約束なら兎も角、しっかりと当主の名に於いて交わした契約を破るほど愚かではないとも。追放後の行いは後妻と親族の暴走と読んでいた。


(アレは優秀だが、身内を信用しすぎというより身内には甘いとこがあるからな。まぁ俺だったら身内でも無条件では信用しない。人を信じるのは大切だし否定しないが、身内だからと無条件で信じるのは組織のトップとしては優しすぎだというべきか・・・・まぁいいか、俺の知ったこっちゃない)


 実際にレンジには倖月がどうなろうと興味さえわかないし、他所様の人事に口出しする気も無い。身内だからと実績も無いのに重用すれば組織がおかしくなるのは当たり前だ。コネと無縁の組織は無いといっても倖月は明らかに行き過ぎていた。


 トップである以上は(恐らく)連中が勝手にやった事でも責任は取るべきだ。レンジは追放される際に「二度と倖月と関わらない」という条件で誓約書を書いている。

 その対価として「倖月家は志波蓮二が20歳までの間。養育費として毎月10万円を支払うものとし、それ以外において志波蓮二に金輪際干渉しない」と契約を結んでいる。


 そしてその契約は守られていない。毎月の養育費の未払いを始め、実家への嫌がらせ(レンジ個人への嫌がらせの数々)など数えきれないほどの悪意ある仕打ちを受けてきた。


(今回始末するのは屑でも倖月の中核だ。親族を大量に失うことで、今後の立て直しが大変どころか相当厳しくなるが・・・そんなこたぁ俺の知ったこっちゃない。恨むとしたら連中の所業と【運営】を恨んでくれや)


 かつての親族を嘲笑を含んだ言葉で切り捨て、かつての実家へと歩を進める。 


 倖月邸へ向かうのは今まで知りたかった事の確認に過ぎない。倖月邸で何が起ころうが興味が無いし、嘗ての仕打ちを思えば助けるつもりは一切湧いてこなかった。 


 もし真実がレンジの考えた通りの物であったなら、倖月という組織は近い将来に永き歴史に幕を下ろすことになるだろう。 

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