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第86話 デート


 〇満島屋 【商人】畑野英子


「彼女に似合う夏物と秋物の服を何着か見繕ってくれ。金額は気にしなくていい」


(は? ウチの商品が一体イクラするのか知ってんの? 一着くらいならともかく、何着も買うなんて。間違ってもそこいらのサラリーマンが手を出せるような金額じゃないんだけど!!!)


 いかにも冴えない風体の男が店に入ってくるなり私を呼び止めると。イキナリそう言い放ったセリフに私は困惑と同時に嘲笑を堪える羽目になる。


 確かにウチは超高級店では無い、が高級店の部類には入る。この一流デパート『満島屋』に店舗を構えるとはそういう事だ。


 冴えない風体のわりに、連れの人はトップモデルや女優と言っても信じてしまうほど美人だ。

大方、美女の演技に騙され彼氏面をして貢がされている馬鹿か。美女の前で舞い上がってしまい、無い金を絞り出して見栄を張っている哀れな男なのだろう。


 どっちにしろ騙されていつかはボロ雑巾のように惨めに捨てられる馬鹿な男でしかない。

本来ならお手頃な(それでも庶民には結構な出費だが)品を見繕うところだが。どうせ夢から覚めるなら早い方が良いだろう。この店で最高クラスの品を見繕ってその金額でド肝を抜いて恥をかかせてやろう。そうすれば美女も呆れて去っていくだろうし、男も儚い夢から覚める。これも私なりの優しさだ!! 先日、彼氏に振られた鬱憤もあってか、自分の失礼な考えを肯定的にとらえ始めた。


(しっかし、本当に綺麗よね! これだけ美人だと人生楽しいんでしょうね。神様ってホント平等じゃないわね!!!)


 長年この業界に勤めているから、綺麗な人間にお目にかかる機会など幾らでもある。

現にモデルや女優の服のコーデを任されたことは、一度や二度ではない。

 だが、そんな私でさえもこの女性、クレアさんと言うらしい。ほどの魅力を持った女性にはお目にかかった事が無い。クレアさんの美しさは人間と言うよりも、人ならざる魔性のような。言葉に出来ない美しさと魅力を兼ね備えた女神のような魅力がある。


 (しかし、あらためて見ると顔が綺麗とか美しいだけじゃない。手足はスラっとしなやかで。ウエストはキュッと引き締まっているのに。バストとヒップだけは下品になるギリギリのラインで主張している。まるで、そう男を引き付けて虜にするために神が創り出したような完璧な造形美だわ!!)


 そんなバカげたことを考えてしまうほど。クレアさんの服を選ぶため試着室に入り。着ていた服を脱ぎ棄て下着だけになった姿は神々しかった。


 このレベルの美女になると、逆に下手な服では完全に見劣りして美しさを損なってしまう。

その点さっきまで着ていた服は、デザインこそ少し古いが。かなりの高級ブランドか一点物のオートクチュールクラスのモノだ。


 この女性の見立ては正しい。先ほどまでクレアが着ていた服は蓮二の実母、美夜が着ていた服。

倖月家当主の妻が、みすぼらしい服を着ることなど許されるはずがない。あの服は蓮二のかつての父、宗一郎が当時の世界的デザイナーに依頼して美夜のために仕立てた一点もの。

 一流の高級品とはそういうものだ、安物はすぐ駄目になるし、時代と共に流行遅れになるが。真の高価なものとは例え時代が変ろうと流行が変ろうと使用していても違和感を与えない。


 もっとも、美夜はこの高価な服を着るのに気後れして数回しか着なかったため。この服は宗一郎の後妻、七海のお門違いの八つ当たりから免れ原形を保っている(蓮二を追放した後、七海は美夜の私物やよく着ていた服を切り刻み、ボロボロにして蓮二に送り付けた)。ちなみに捕捉するなら宗一郎は七海が蓮二に行った仕打ちを知らない。


 


 クレアは店員、英子から渡された服を試着してあ~でもない、こ~でもないと嬉しそうにハニカミながら姿見に移った自分を見ている。

 その姿は着飾った自分を意中の異性に見せたい恋する乙女のような愛らしさがあった。

やがて購入する服を決めたのか、持って来た十着以上に服から数着選び英子の前に置いた。


「この服を購入したいのですが?」


「はい、とてもお似合いかと思います。お客様はセンスが御座います。これを着て街を歩いたら異性の視線を独占できます。それにすれ違っても振り返らない男性はいないと思いますよ?」


 普段はお世辞でこういった言葉を使うが、今回はお世辞でもお追従でもない。もしクレアがこの服を着てパーティーにでも出席しようなら男が、それもハイステータスな紳士が群がってくるのは間違いない。それほど着飾ったクレアの美しさは異常だった。


「他の殿方にどう思われようが興味さえありません。蓮二さんが見て、気に入って下さるかどうかが私にとっては重要です」


 だが英子の誉め言葉をクレアは冷たく切り捨てた。


 実際クレアにとっては先ほど不躾な視線を向けていたような、有象無象の男など眼中にさえない。クレアは既に蓮二を自分の主と考えている。これは拾ってくれた恩義や捨てられないための保身からではなく、蓮二を観察してその行動や強さに惹かれた故のモノだった。


 クレアは記憶を消去されているから自分の過去を知らない。だが、クレアの生まれた場所では強さこそが尊ばれる。外見が醜くとも強さ、此処で言う強さとは戦闘だけでなく知力、財力、権力、決断力、行動力。これ等があるものが評価され、たとえ容姿がどれだけ優れていようとも力の無い者は価値を認められない実力至上主義社会で育った。

 

 それ故に強者は優遇され、多くのモノを手に入れて当然。弱者は、正確には弱者に甘んじているモノは冷遇され、限られた自由で生きていくのが当然。といったその価値観が根幹にある。

 子供を産むことさえも、村落の長によって決められた強者同士が交配を許され。女は子を孕むことが出来る。現代社会なら人権団体からバッシング待った無しの仕来りだ。


 しかし、強者同士が交わることで、より強い次世代を産み出し。そうして生まれた子がさらに強者と交わりより強い子孫を増やしていく。

 弱い子が生まれれば、その子は不幸になるだけだという風潮から生み出された掟。

強者と強者によって生み出された者たちが、振るいに掛けられてさらに強者を産み出していくシステム、一種の蠱毒と言っても過言ではない。


 しかし、過酷な環境で生きていくためには当然のことだ。クレアの生まれた場所では、親がどれだけ権力を持っていても、基本子供がその地位を受け継ぐことは無い。正確には実力が無い者はそれらを引き継げない・・・・・・だが。

 生きていくのも困難な環境において、無能が指導者として人の上に立った時。どれだけの悲劇が起きるのかを身を以って知るが故に、当然の結論かもしれないが。


 親が無能でも子供が実力を示して結果を出せば認められ。親が有能でも子が無能なら認められない。人によってはおかしいと断じるだろうが。まぁある意味では平等と言えるだろう。

 地球、いや極東では有能無能に関わらず、親のコネや家柄、財力が大きくものを言うのは今も昔も変わらない。

 どれだけ有能でも能力を見ずに、生まれた家や親の権勢によって判断される場合があるのは否定しようがない事実・・・・・・・・。あくまでも一部では、と信じたいが。

 これらの事を鑑みていれば、実力をつけ結果を出せば、キチンと評価される環境や社会は実力者にとってはありがたいし、正しいと思うだろう。少なくともどれだけ頑張って結果を出しても評価されない社会よりは・・・・な。


 クレアはそのことを憶えていない、記憶を消去されているから当然だ。ただ、何世代も繰り返し行われた・・・・。気の遠くなるほど昔から繰り返された掟を。理屈や記憶ではなく、遺伝子が憶えているからだ。

 そしてダークエルフの女性(クレアの集落の女性)は一度愛した男よりも強い者が現れたからといって簡単に裏切り、乗り換えるような真似はしない。寿命で先立たれたような例外的なケースを除いて、愛した者と生涯を共にするのだ。


 そんなクレアにとって顔の美醜など些細な、いや興味さえない。あくまでもクレアにとっての異性として見る条件は生物としての強さ。そんな蓮二はクレアの求める強さを持っている。長き時を超えて育まれた本能が叫んでいるのだ、『この男と共に生きよ』と。



 クレアの絶対零度の視線に思わず鼻白むが、何とか愛想笑いを堅守する。


 まぁこの態度はクレアが行き過ぎ、というよりも店員が悪い。クレアはこの店員の蓮二に向ける軽んじた感情に気付いている(悪意感知を持つ蓮二も当然気付いている)。

 自分の意中の男性を軽んじる店員に対して、良い感情を抱くわけがない。

そして曲がりなりにもお客様に対してそのような感情を抱き、あまつさえその感情を悟られるようでは店員として失格だろう。


(何よ! ちょっと美人だからって調子に乗って。ちょっと容姿がいいからってあんな冴えない男に惚れるようじゃ男を見る目は絶望的みたいねっ!!!! あのモブ男もどうせこれの精算時に恥を掻く事になるんだからっ。いい気味だわっ!)


 本来なら自分の態度を反省するべきなのだが、自分を正当化して正しいと思い込んでいる愚者は救いようがない。


 その内心を読み取ったクレアはこれ以上馬鹿に構うのも嫌とばかりに、さっさと試着室を出て蓮二のもとに歩き出してしまう。

試着室を出て店内を見回し、蓮二を発見すると嬉しそうに足を進める。


「蓮二さん、いかかでしょうか? 何着か見繕っていただいて、その中から選んだのですが?」


 細やかな花の刺繍の入った白いノースリーブのマキシワンピース。その上からは羽織るのは薄っすらと上品に透けている刺繍の入った黒のカーディガン。決して華美では無いが、その上品な美しさはクレアの魅力を引き出している。

  

 少し気の利いた男なら思いつく限りの美麗字句を並べ褒め称える美しさだ。しかし、志波蓮二の答えは・・・・・・。


「・・・・・・つまらんことを聞くな」


 ・・・・・・・・・・・コレである。


 その言葉でレンジの機嫌を損ねてしまったと思い込み、落ち込んだ表情を見せるが。これはまったくの勘違いだ。 


「お前ほどの美女がブランド物で着飾れば映えるに決まっている。だが、俺は生憎と女性を褒めるスキルは無いからな。正直なところ、よく似合っているとしか言えん・・・・・悪いな」


「・・・・・あ、ありがとうございます」


 表情を落ち込んだものから満面の笑顔に切り替え、蓮二の腕に抱き着いた。


「ではこれはそのまま着ていくとしよう。欲しいのはその服だけか? 何着か見繕うよう頼んだはずだが!?!」


「あ、店員の方が持ってきてくださいました。でもこんなに買って頂いてもよろしいんですか?」


「構わん! 別に俺はそう趣味があるわけじゃない。偶に散財するのも世のためだろう!」


 クレアが遠慮していると感じたレンジは有無を言わさぬ口調でそう断じる。実際にゲームくらいしかレンジには金を使う趣味は無い。


「この服はこのまま着て行くから後の服は包んでくれ。それと清算をお願いしたい」


「ありがとうございます。コチラが合計金額になります。それと当店は分割払いは受け付けておりませんので。申し訳ありませんが、一括払いでお願い致します」


(ふん、調子に乗っちゃって。この金額はあんたじゃ払えないでしょ? 見栄を張って代償として彼女の前で恥を晒すとイイわ!)


 蓮二が清算の金額を見て驚き、焦る不様な顔が見たいのだろう(付け加えるなら情けない姿を見て呆れるクレアの顔も見たいはず)。その瞬間を思い浮かべて英子は内心でほくそ笑んだ。


「店員さん、ちょっと聞きたいんだが?」


「はい! 何でしょうか?」


(はん! 泣きを入れるなら今の内、早い方が良いわよ? この店が場違いであることが分かったんなら今後は身の丈に合った店にいくのをお勧めするわよ?)


 そんな内心を鉄壁の愛想笑いで堅守し、英子は暗い愉悦で心が満たされていく時が近いのを感じ取り、小躍りをしたくなるのをグッと堪えた。


「この合計金額は確かか? 間違っていないだろうな」


「はい、何度も計算しましたので間違い御座いません。これでもかなり勉強させていただいたのですが?」

 

 言葉こそ丁寧だが、暗に『お前には過ぎたモノなんだよボケっ!身のほどを弁えろやっ!!』と侮辱している。ハッキリ言わずとも店員風情が客に対して取っていい態度ではない。


「そうかね。余りにも安すぎるので閉店セールかバーゲンでもやっているのかと思ったよ。実に良心的な値段だね。もっとも店の品格に店員の品位と質がまるで追いついていないがね」


 そう吐き捨てて、懐から端末を取り出し清算を済ませる。呆気にとられたようにポカンとしている店員を無視してクレアを伴いさっさと店を出る。

 

「ふむ。この後はせっかくだし靴も見てみようか? 先ほどの店は実に良心的な値段だったので懐には余裕がある。次の店ではもう少しマシなサービスが受けられるだろう」


 敢えてさっきの店員に聞こえるように喋っているのがレンジの人が悪いと言われる故だろう。

出際に『お前のような店員を採用しているならこの店も長くないな』と嘲笑い。今は『この店の接待に比べればどこでもマシだよ』と侮辱しているのだ。


 二人が腕を組んで仲睦まじい様子で去って行くのを英子は悔し気に見ているしかなかった。その心は敗北感とみじめさで占められている。この場合、風体でレンジを判断した自分の見る目が無かったと認めるようなモノだ。恐らくはあの男はもうこの店に来ないだろう、上客をみすみす逃がした自分がひたすらに滑稽だった。


 店員の対応は最悪だったが、服は良い物が購入できたのでレンジもクレアも機嫌がよかった。店内の案内アプリから次に覗く店を探し、仲良さげに腕を組んで見て回るその姿は、どこから見ても恋人同士だった。


 次の店では服装に合わせてブーツやヒールを選び、その店は店員の対応も良く楽しい時間を過ごすことが出来た。


 ◆

 【殲滅者】志波蓮二


 最後は予約を入れておいたフレンチの店に行きフルコースを楽しむ予定だ。

クレアはどことなく緊張しているようだったが、幸いにこの店はそれほどマナーには煩くない。

 何度か接待で利用したことがあるが。シェフも『堅苦しいマナーを守り、食事を楽しめたいくらいならマナーなど気にしなくてイイ』といった気風なので安心だ。


 俺は倖月時代にこの手のマナーは、嫌と言うほど覚えさせられたので身に就いている。しかし、今回は敢えてそれを無視している。俺だけ形式ばっているとクレアが気を遣うし、食事は楽しく食べるべし、というシェフの理念には賛同するからだ。


 食事とワイン(飲酒運転と思うだろうが、現在の車は目的地を設定すれば自動で到着する)を堪能し、帰り際にふと気になったので訊ねてみる。


「クレア、今日は楽しんでくれたか?」


「はい。色々な物を買って頂き、美味しい食事も食べられて嬉しかったですし、楽しかったです! もしよろしければ、また連れて行ってください」


「そうか。楽しんでくれたのなら何よりだ。ひと段落付いたら、またどこかに行くとしようか? まぁ取り敢えずは明日から頑張ろう」


 明日からの過酷な強行軍に付き合ってもらうんだ。この程度で喜んでくれたのなら安いもんだ。


「はい。明日から頑張りましょう! それと、これは今日の・・・・・御礼です」


 そう言って近づいてきたクレアは、目を閉じると俺の頬に優しく口づけをする。

ビックリした俺が問いただす前に、顔を真っ赤にしたクレアは車の後部座席に乗り込んでしまう。


(やれやれ、明日のために早く寝ようとしたのに、なかなか寝れそーにないな)


 「つい最近もこんなことを考えたよな~」と苦笑しつつ、二人は帰路についた。


 明日からはこの地球にとっては最初の試練。そして蓮二とクレア、ついでにアイリスにとっては盛大な祭りが始まる。








 ◆


 レンジにとってこのクエスト単体の難易度は決して高くない。だが現在の地球のレベルではそうではないのだ。


 誰が呼んだかこのクエストは『世界血戦』として後世まで語り継がれ歴史にその名を刻むことになる。世界というには少々限られた地域だが、この世界の大国で起きたその悲劇は人類にこの世界の法則が変った事を知らしめた悪夢の事件となった。だがこの事件はもう一つの出来事とセットで語られる。


 後世までその名を語られる英雄が初めて表舞台に現れた、その英雄譚の始まりとして世界中で語り継がれることになる。

お読みいただきありがとうございます。


次話より3章終盤に入ります。



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