第81話 受付嬢の憂鬱
〇冒険者ギルド・ファーチェス支部
「・・・・・そうですか。彼はそのようなことを」
副ギルド長、エイダは深刻そうな表情で溜息を吐き、何事かを思案し始めた。
エリスは先ほどの出来事・・・シレンの言動について、副ギルド長であるエイダを始めとした受付嬢全員に説明していた。
「はぁ? シレンとかいう冒険者ってまだEかDランクでしょ? ナッマイキ~、絶対調子に乗ってますよ。ちょっと知り合いの冒険者に脅してもらおうかな~」
年長の受付嬢が冗談めかして発言する。口調こそ軽いが、目はまったく笑っていない!
その目は『新米風情が生意気!』と語っている。
「止めておきなさい。最悪その冒険者は帰らぬ人になるでしょう。それに、彼の言動は正しい。私たちは落ち度がありながら、彼に対して謝罪さえしていませんでした」
だがその威勢はエイダの冷ややかな声と威圧で黙りこくる羽目になる。
エイダの言葉は丁寧だが、『余計なことはするな!』と含みがあるのはこの場にいる全員が理解している。
「で、でもでも。そんな駆け出しにギルドが謝罪するなんて、ギルドの面子が丸つぶれになりますよ? それに粋がってみたところで、適当な理由を付けて買取を拒否すれば直ぐに困って泣きついてくるはずですよ」
この受付嬢。モモの意見は正しい・・今回の相手に限っては『通常ならば』と付くが。
「彼がその程度のことを考えていないとは思えません。それに彼はギルドとしての謝罪ではなく。あの時にあの場での出来事を黙認していた、受付嬢からの謝罪を望んでいるように思います」
エイダは静かにかぶりを振りながらそう答えた。
「はぁ? そんなの何の得もないじゃないですか? そんな事のために人様に頭を下げさせるなんて、ソイツ頭がおかしいんじゃないですか?」
「それはあなたの価値観や基準ですね!! 人によって価値観や基準は異なります。貴方がくだらないと思う事でも、彼にとっては譲れないモノかもしれません。逆に貴方が大切なモノでも、彼にとっては無価値かもしれない」
それに・・・・。と付け加えそうになりながらも。エイダは結局は口を閉ざしてしまうが、この場に居る者は彼女の言いたいことが分かっている。
エリスの背後にあるこの場を覆いつくさんばかりの大量の素材。簡単に手に入るものもあるが、大半は高ランクの冒険者でさえも容易に入手できない希少な物や、この近辺では滅多にお目にかかることのできない素材が占めている。
この量は有力クランの一か月の獲得量に匹敵する。シレンは基本的に誰かと組まないので、ソロでこの量を手に入れてきたことになる。
確かにソロならば獲得した素材を独占できるし、自分の采配で物事を進めることが出来る。ならばソロで活動すれば良いと思うルーキーは、実際のところかなり多い。
しかし、直ぐにその考えは甘すぎることに気が付く。
『俺は特別だ、他の連中とは違う』と豪語して、泣きべそをかきながら帰ってくるルーキーをこの場の受付嬢たちは数えきれないほど見てきた。
でも多少怪我をしても帰ってこれただけでも幸運なのだ。生還叶わず野に骸を晒したルーキーは星の数ほどいるだろう。
それほどソロとはハイリスクハイリターン。いや、ハイリスクローリターンだ。
一人で採取や討伐できる量には限りがあるし、探索に必要な役割を一人でこなさないといけないため負担は何倍にも膨れ上がる。そして何よりも不測の事態が起きた時の対処が難しい。それこそソロが敬遠される理由だ。
◆◆
エリスたち受付嬢は知らぬことだが、シレンがソロで活動できるのは【天魔種】の特性によるところが大きい。索敵や危険察知などの斥候スキルによりダンジョンをソロで攻略できているからだ。
また、魔法スキルによって、多数の敵を殲滅できることも重要な要素と言っていいだろう。何よりも、それらのスキルを使いこなすことが出来る・・・シレンという男の異常性によるものだ。
もしも地球でシレンと同じスキルを所有していても、同じように使うのは不可能・・・とまでは行かずとも。厳しい修練と血がにじむような努力が必須だ。
そのことは直に解ることである。また、シレン自身も自分の異常性に全く気付いていないが、もし仮に自分が異常とわかっても彼は全く気にしないだろう。
◆◆
「非公式にではありますが、彼に対して謝罪を行うことを決定します」
「「「「!!!!!!??????」」」」
エイダ副ギルド長の決定にその場にいたモノ達は息を飲み込んだ。ギルド側から一冒険者に、それも高ランクならまだしも低ランク冒険者に前代未聞だ。
正式に謝罪をすることは、ギルドの非を認めた事であり。面子問題にもなってくるからだ。
「あくまでも非公式に・・です。その場には責任者として私。当事者としてミレットのみ立会い。彼に対して正式に謝罪します」
エイダも周囲の言いたいことは理解しているのだろう。だが、ここで彼としこりを残すことはギルドにとってマイナスと判断を下したのだろう。
「で、でも。ギルドの側から謝罪をするのは・・・・・・」
「ですからあくまでも非公式に・・・です。彼はキチンと誠意を見せれば根に持つタイプではないし、それを笠に横柄な態度を取ることは無いと思います。でもこちらが誠意を見せない限りは決して許すことは無い・・・そういった傲慢さも持ち合わせています。貴方達もわかっているでしょう? これだけの素材をソロで手に入れられる彼と揉めるのは、当ギルドにとってもマイナスでしかないと!!」
モモはやはり納得いかないと言い募ろうとするが、エイダの正論にぐうの音も出ず黙ることになる。
モモはギルド云々よりも低ランク冒険者に謝罪するのが嫌! ・・・・が本音だろう。
しかし、実際に冒険者ランクと実力は、必ずしもイコールでは無い。現にジークはトップジョブを得てから冒険者となったので、最初から並外れた強さを誇っていた。
まぁジークは冒険者歴自体が浅いので、素材の採取などに関しては拙い点もある。だがソレを補って討伐などは他の冒険者と比べても群を抜いている。
シレンは討伐は基より素材の管理や採取も手馴れているのか一級品のモノばかり持ってくる。
エイダから見ても、正直言って最低でもBランクを与えられてもおかしくない。
まぁ今まで持ち込んだ素材の量や討伐実績から言っても。半年もたたないうちにBランクが与えられるのは確実だろう。
「このギルドの職員全員に強く言っておきます。彼に対して今後は失礼な態度や対応をしないように心がけなさい。何も特別扱いや、遜れと言っているわけではありません。一冒険者としてキチンとした対応をする、ギルド職員として当たり前のことを言っているだけです」
「「「「!!!!????!?」」」」
穏やかな表情を一変させ、鬼のような顔で殺気さえ纏いながら。この場の全員に対して圧を掛けた。
「貴方たちの中には彼の噂や悪評を信じて、私の言葉に納得いかない者もいるでしょう。
しかし、彼は本物です。決して不正やイカサマなどをする人間ではありません。
私の言葉よりも、この素材の山を見ればそれは理解できるはずです」
「で、でもFランクがどうやってこれだけの素材を・・・・・」
納得のいかない一部の受付嬢が、なおも言い募ろうとするが。エイダはそれに取り合わなかった。
ギルド長から『バリアン湿地帯』での出来事は聞いていたし。
実力者などに対するヤッカミも自分が現役時代に経験済みだ。冒険者の大半はDランクで生涯を終えることが多い。なので有望な若手やルーキーが現れると、嘆かわしいことに足を引っ張ろうとする者も一定数存在するのが現状だ。
エイダも女性という事もあり、Bランクに到達するまでは嫌がらせや嫉妬の対象になったものだ。個人的には『他人の足を引っ張っている暇があるのなら、鍛錬でもしてろ!!』と思っていたが。
・・・・・まぁその事は今は関係ない。
「ならば、どうやってこれだけの素材を手に入れたのですか? 誰かに貰った?買い取った?これだけの素材があれば一財産です。買い取るにしても莫大な金額が必要ですし、これだけの素材を気前よく渡す冒険者など存在しません!!!」
冒険者は過酷な職業だ。昨日元気でも次の日には依頼や探索に失敗て満身創痍になり引退してもおかしくない程には。
ゆえに高位の冒険者になるほど、万が一を考えて貯蓄をしておく。
これだけの素材を換金すれば、万が一引退しても贅沢な暮らしをしなければ。人間種ならば十分老後まで暮らせる金額になる。
「まだ何か言いたいことはありますか? 後になってグチグチ言われるよりこの場でハッキリ言ってもらった方が。言う方にとっても、聞く方にとっても良いと思いますが?」
「じゃあ、さっきエイダさんは買取拒否に関してアイツに考えがあると言ってましたけど。どうすると思うんですか?」
『そんなことさえも考えつかないのか』と苛立ちを覚えるが。一切表情に出さず淡々と冷めた口調で言い聞かせるように話す。
「ああ、そんなことですか。別にこの街のこだわらなくても、冒険者ギルドは幾らでもあります。そこに持ち込むのは当然として。この街の商店や近隣の貴族などに直接売り込んでもいい。
簡単に手に入れられるものなら兎も角。これほどの素材が定期的に入手できるのなら、有力商人は勿論。大物貴族でさえも彼の提案に飛びつくでしょうね!!
そして彼はこう言えばいいのです。ファーチェスギルドでは難癖を付けられて、素材を買い叩かれる!とか俺の事が気に入らないのか理由を付けて買取自体行ってくれない」
そうなったら、後は解りますね?と目が何よりも雄弁に語っている。
「彼は自分に利を与える者や、親しい者には寛容ですが。敵対する者、自分の周囲に害をなすものに対しては恐ろしいまでに冷酷な対応を取るタイプに見えます。
私の勘で申し訳ありませんが『彼と敵対するな』『絶対に怒らせるな』そう警鐘を鳴らしています。出会ったときはそこまでではありませんでしたが、今回の件でそれがより顕著になりました」
たかが勘だと笑い飛ばせる者は此処にはいなかった。歴戦の冒険者の嫌な予感がどれほど的中するか。彼女たちは経験から知っているからだ。
ましてや、現役時代は【鮮血姫】と恐れられたエイダの勘。それも相手が恐ろしいとまで断言する勘を大げさと言えるほどこの受付嬢たちは鈍くはない。
後にこの場にいた受付嬢は語る。あの時のエイダの判断が無ければ、どれほど恐ろしいことになったのか想像がつかない。・・・・と。
シレンと言う冒険者の恐ろしさ。それをこの世界が知るのは、決して遠い未来ではない。




