第77話 会社の方針
〇<白崎商会会議室>【殲滅者】志波蓮二
重い雰囲気の漂ってきた会議室だが、更に空気が重くなる発言をしなけらばならない。流石にいい気分がしないが、それでも言わないわけにもいかない。
「そして、豚どもにより、東京が壊滅したと仮定して問題はその後です。クエスト終了と同時に兵器が解禁されたとしたら、軍がどのような行動を取るのかは予想できません!!! 東京壊滅によって、政府の機能は完全にマヒするでしょうし、国防軍に指示できる政治家は大半が東京です。 軍が独断専行で動く可能性はかなり高いと思います」
「もしかしたら国民を守るという大義名分を掲げ、東京に向かってミサイルなどの戦術兵器を使用するかもしれない・・・・・という事か? 志波が言いたいのは?」
社長は「まさかそこまでするか?」という表情だが、甘い考えは捨てるべきだ。
「あくまでも可能性の話です。しかし、決してゼロではないと考えます。どうせ豚共を始末するなら、他県に侵攻されて、散らばったのを撃破するより。まとまっている時に纏めて始末した方が効率がいいですから。無論、【運営】の考えや、東京壊滅の流れなどは俺の勝手な想像です。間違っている可能性の方が高いでしょう・・・・いや、間違っていて欲しいですね!!!」
そもそも「【運営】が絶対に勝ち目のないクエストを課す。という考え自体も否定したいです」と付け加えて発言しておく。
・・・・俺だって別に東京が壊滅して欲しいわけじゃないからな。
「志波の言う【運営】の意図が読めない以上。日本国民全体が『明日は我が身』と言いたいわけだな?」
さすがは社長だ。俺の考えをよくわかってらっしゃる。
「そうです。今回は東京でも、次回はこの神奈川で、いや日本全てで似たようなクエストが起きないと断言することは・・・誰にもできないと思います。・・・・少なくとも今回の件を画策した【運営】以外には・・」
連中の意図が読み解けりゃ苦労しない。未だにおちょくられてるからな・・・・腹立たしい事に。
「つまりは、ここから会社を移そうが、逃げだそうが安全圏とは限らない。いや、安全圏などそもそも地球には存在しない可能性もある・・・・か」
社長は疲れた様に溜息を吐く。俺の話しが質の悪いジョークではないと理解しているのだろう。
少なくとも【運営】はこの地球で何事か成し遂げたいことがあるのは確実だろう。今回のクエストは、その為の土台作りのようなモノかもしれない。恐怖を植え付けて自らを守れるのは自分だけという意識を植え付けるため、魔物の脅威を地球全体に知らしめたい・・・・・そんな気がするな。
「正直、当社としても今まで以上に立ち回りが難しくなります。お得意さまや懇意にしている企業が絶対に巻き込まれない・・・・・なんて保証は誰にも出来ません。いや、まだ国民に危機感がまるで足りていませんが、会社以前に日常の生活さえも脅かされているのが現状です。今回のクエストで東京が壊滅したら、この国は最悪の場合秩序を失い。国家としての体裁さえ保てないかもしれません」
これは決して脅しでもない。魔物の脅威は既に日常になりつつある。誰もそれを公に口にしていないだけで、どの国家でも確実に被害は増えているはずだ。
「おいおい。いくら何でもそれは飛躍しすぎじゃねぇか? 首都壊滅までなら理解できるが、何で国家崩壊までするんだよ!!!」
龍太が悲鳴のような甲高い声を上げるが、それに対して笑う者、非難の声を上げる者はいなかった。この発言はここにいる全ての社員の気持ちの代弁だろう。そう思えるほどには他の社員たちの顔色は悪い。
ここで気休めを言うことは簡単だ。しかし、それではわざわざこんな話をした意味が無くなってしまう。申し訳ないが最悪の事態と、この世界がもはや今までの常識がまるで通じない程、変わってしまった事だけでも認識してもらうしかない。
俺は感情を一切込めず。淡々とした口調で説明をすることにした。
「人は何故国家に従うんですか? なぜ会社員は会社———社長や上司に従うんですか?」
突然、話が全く変わったことに皆ついて行けないようだ。頭が混乱しているのか、訝しげな表情を浮かべている。まぁ当然かもしれんな。
「国家に従うのは法の恩恵にあやかるため。社長や上司に従うのは・・・恩義や敬意など色々な理由はあるだろうが、生活のため。もっと簡潔に言えば、金のためだろうな」
いや、社長だけは俺の話の本当の意味を理解していたんだろう。戸惑いもなく答えてくれた。
俺は軽く頷くと。聞いて貰いたかった話しの真意を告げた。
「そうですね。要するに国家や社会、その秩序の庇護下に入るために従っています。ですが、それは恩恵があるから従っているんですよね? もし、国家が自分たちを守ってくれない。自分たちを生贄・・・は言いすぎですね、犠牲にしようとしている。そんな国家に従いますか? 明日、自分たちが死ぬかもしれない。その可能性が濃厚になった時、人は理性を保っていられるでしょうか? 首都壊滅は更なる悲劇の引き金に過ぎないかもしれませんね」
俺の余りにも恐ろしい予想の続きは社長が引き継いでくれた。
「首都壊滅によって国防軍と政府の信用がガタ落ちになり。最悪、国家という枠組みが崩壊した場合。この国は日常的に略奪や強姦が横行するようになる地獄と化す・・・・かもしれない。という事だな?」
それには同感だ。残念な事に人間の過去の歴史がそれを証明している、理性を失くした人間は獣、いや獣よりも質の悪い最低の存在になる。WWⅢで壊滅的な被害を受けた南米やアフリカでは、終戦前後で地獄のような光景が起きたのは誰もが知っている事だ。現在でもそれらの地域は地球でも最悪レベルで治安が悪い。
「そのような事態になって欲しいとは思っていません。この国は長年、大規模な震災や自然災害に見舞われてもモラルハザードを起こしませんでした。しかし、それは自然災害だからこそであって魔物と言う未知の脅威に晒された今、どれだけ市民が理性的になれるかは予想さえできないですね!!」
相手は耐えていれば過ぎ去る自然災害でも話し合いや交渉の余地がある人間とも違う。全ての魔物がそうかは知らんが、オークは人間を餌か苗床くらいにしか思ってないはずだ。
俺の話が荒唐無稽な与太話の類ではなく。少なくない可能性で起こりえる現実であることを理解できたのだろう。・・・全員が黙り込んで、更に重たい空気が部屋を支配した。
「会社としての方針は一先ず置いておこう。実際問題、志波・・・・お前は東京が壊滅すると思っているんだんな?」
社長として、会社の行く末は一大事だろうに。そのようなことを聞いてきた。
「そうですね!!・・・・不謹慎ながら可能性はかなり高いと思います。」
そこまで言った後。懐に手を入れ、俺は本命の話を切り出す。
「話は変わりますが、俺は【獣人種】で【闘士】というジョブに就いています。そしてレベルは3です」
そう言いながら、俺は擬態スキルによって犬耳をピンと立たせ。ステータスカードを皆の前に提示する。(無論、装飾と特性で偽装したデタラメ氏ステータスとスキルだけどな!!)
「!!!!!!??????」
全員が言葉にならないといった表情で、俺の顔をまじまじと窺う。
「種族変更の日に俺は種族を決めずにランダムに任せました。その後ステータスカードを確認したら、こうなっていました。恐らくですが、事前に魔物を倒していた時の経験値が反映された結果だと思います」
今の話は全くの出まかせ。嘘八百というやつだ。なぜこんな嘘を付いたのか? その理由はゲームでも高ランクプレイヤーの情報は、金銭を払ってでも手に入れる価値のある有益なものである、その事から解る様に。情報とはそれ自体が価値を持っている。だから俺は自分の(本当の)情報。スキルやステータスを明かす気は誰であろうと無い。(アイリスに知られてはいるが、これはイレギュラーとして処理する)
万が一にも俺の力を知られることはあってはならない。俺のステータスやスキルを知られた場合のリスクがデカすぎる。 もしも政府や軍が俺の能力を知れば、何が何でも自分たちの管理下に置こうとするのは火を見るより明らか、あんな連中に知られたら死ぬまで扱き使われるのは明白。
俺一人ならいくらでも逃げ切る事は出来るだろう。しかし、母を人質にされたら俺には打つ手が無くなり、連中にとっての体のいい道具として使い潰されるのは確実だ。
「魔物を倒すことでこのジョブ?のレベルを上げることが出来る。それに伴いステータスが上昇することは確実でしょう。今の俺は選択前の倍近いステータスを得て、身体能力が上昇しているのは確認済みです」
「だったら何ですか? 『みんなで生き残るために魔物を倒しましょう!!!』とか言うつもりですか? 何で俺たち一般人がそんな危険なことをしなくちゃならんのです。まったくバカバカしいったらありゃしない。さっきから皆を不安にさせる妄言はばかり。いい加減にしてくださいよ!!」
俺の言葉を遮って発言する者がいた。そいつの名は『黒山慎太郎』帝大経済学部を卒業した秀才。この社長の長女であるエリカの同期で、3年前にこの会社に就職した男だ。
エリカに惚れている事もあり。(本人は隠しているつもりだが、周囲から見れば一目瞭然)
社長一家と家族ぐるみで交流のある俺が気に入らないのか。やたらと俺に突っかかってくる勉強だけはデキる男だ。
「はぁ~! そんな事はお前が決めることだ。人に強制されてやるもんじゃない、好きにしろよ!! それ以前にお前の考えを俺に押し付けるなっ!!」
「ナッ、ななな・・・」
自分の考えが絶対正しく。それ以外の考えは間違っている、と思い違えている者をいちいち相手にするだけ時間の無駄だ。馬鹿が狼狽してる内にサッサと切り上げることにする。
「俺は自分が得た情報を伝えただけだ。正直、レベル上げのために魔物と戦う事を取を推奨する? そんな危険なことを知り合いはおろか、他人にも進める気はサラサラないな。魔物を倒すために魔物と戦うリスクを冒すなんざ、ハッキリ言わずとも本末転倒だ」
それをやってる自分が・・・・高ランクダンジョンを攻略するために力を求めてる俺が言うべき台詞じゃないな。
———余りの滑稽さに自嘲が漏れる。
「さっきも言ったように【運営】の意図が読めない以上。今回のクエストで、魔物の襲撃は終わりかもしれないし、終わりじゃ無なく始まりかもしれない。もし自分たちの身に危険が迫った時。震えながら隠れて助けを待っているだけなのか。・・・それとも最低限の生き延びるだけの力を危険を承知で手に入れるか。・・・・・それは自分で考えて自分で決めればいいことだ」
「人に頼るな、任せるな・・・・・。すべて自分で考え判断しろ。そうして自分の意志で行った行動に対して他人に責を押し付けるな・・・・。志波はそう言いたいんだな?」
「ええ、まぁ・・・偉そうに言わせて貰えばそう言うことですね。ちなみに、俺は東京の結果次第でこの国の命運は決まると見ています。それを踏まえて、会社の方針は現状保留・・・・何もせず下手に動かないのがベストだと思います。・・・・・・しかし、俺はこの会社の従業員ですから、最終的には社長のお決めになられた方針に従います」
これは当然のことだ。俺が勝手にやって損害を被ったら他の社員にまで迷惑が掛かる。俺には会社が倒産した場合、彼らの生活を保障する事は出来ない。この会社の最終決定権は社長にある。
社長は暫し真剣な表情を作り、深く考えていた・・・・まぁ俺たちは元より、自分の家族の今後も含まれるんだ、当然ともいえる。
「・・・・・・・志波の意見には確かな根拠と、それに伴う信憑性がある。俺は自分の意志で志波の意見を採用することにした。・・・・・・文句の有る者はいるか?」
社長はそう告げると。グルリと全社員を見回した。・・・・社長がここまで言ったのに反対できる馬鹿は「ちょっ、ちょっと。ま、待ってください!!」・・・・・・いたようだ。
「しゃ、社長。志波さんの意見は余りにも荒唐無稽です。もっと先を見据えて積極的に行動するべきですよっ」
俺は黒山の意見を白けた表情で聞いている。そもそも積極的に何するのかを言わんと伝わらんよ? それ以前に周囲を見ろやっ!
社長が方針を決定したのに、生産性皆無の無駄な意見を喚き散らす黒山に周囲は迷惑そうな感情を隠しもしないが、生憎と当人はそれにさえも気づかない、気付いていない。
「ならばその先を見据えた積極的な方針と我が社が取るべき行動を教えてくれ。それに対して費用対効果が釣り合っているならばもう一度検討しよう」
「・・・・・・・・」
社長の厳かな言葉に対して、何も言い返せずに沈黙するだけに終わった。コイツの言葉は外見だけはご立派だがいつも中身が無い。
「確かに志波の意見は荒唐無稽の妄言かもしれん・・・・が、それに伴う具体的な根拠と分析に基づいたものだ。具体的な根拠に欠ける発言や、反対のための反対意見は周囲を混乱させるだけに終わる。周囲を納得させ賛同を得たいのならば、皆を納得させるだけの具体性と会社にとっての利を示すことだ」
静かな、しかし重みのある言葉が会議室全体に響いた。それは、この会社の創立メンバーで最古参の【猫井薫】専務の口から発せられたものだった。
普段は余計なことを言わない分、その発言には確かな重みがある。
この言葉はこの場の全員に対して述べた発言だろう。しかし、本音としては、まだ何か言いたそうだった黒山に対しての皮肉だったことは誰が見ても明らかだ。
「社長。方針が決まったようでしたら、これでお開きといたしませんか? 次の集合はクエストとやらが終了した翌日の早朝でどうでしょうか?」
明らかに空気が悪くなったのを感じたので、場の空気を入れ替えるため。軽い口調で社長に切り出した。方針が決定した以上、ダラダラとしているだけ時間の無駄だ。サッサと切り上げたい。
明らかに俺の越権ともいえる行動だが。場の空気が軽くなった事もあり、それを咎める者・・・不満げな視線を向けるのは黒山しかいなかった。
「それで構わない。では次回集まるのは、クエストとやらが終了した翌日の午前9時とする。場合によっては取引先への連絡や在庫の確認などの業務を行う可能性もある。各員、作業着とスーツを持ってくるように!!!」
「社長、業務だと違反で給付金が貰えなくなるので『会社を想う者が勝手に行う有志活動』の方が良いと思いますよ? 社員が自主的に動くならバレたとしても政府や役所も何も言えないでしょうしね! もっとも、クエスト終了後に行政機関がまともに動けるのかもわかりませんがね」
俺の訂正と皮肉に社長は軽く頷くと、皆に向けて「ではそうする」と言葉を放つ。自分が間違っていたら下の者の発言でも即座に取り入れるのが社長の長所だ。
ヤレヤレと思いつつも、一礼して会議室から出ようとする俺の背に社長から言葉が向けられた。
「志波・・・東京が壊滅するという、お前の意見は一理あるだろう。・・・・その上で、もしも東京が壊滅せず、助かるとしたらどういった場合だと思う?」
興味を引く言葉に足を止めて振り返ると。俺は一礼して真剣な表情で自分の意見を社長、・・・だけでなくこの場の全員に告げた。
「そうですね。もしもそんな絶望から無辜の民衆を救ってくれる存在がいるとしたら。・・・それは救世主。いや、ヒーローだけかもしれませんね」
余りにもあまりな言葉に絶句している場の雰囲気に。再度、背を向けると振り返ることなく、会社から帰宅した。




